カリフォルニアピザ

もう、来ないとと思うよ。

胸のなかに深く言葉を埋める。埋めようとする。掘り起こす道具を探さない。結果より努力の過程が大事だって、陳腐な啓発本みたいな言葉を、まるで他人事のように感じる。
時間が過ぎたら、この感傷も、むかし歩いた遠足までの道のりとか、毎年だいたい食べている、バースデーケーキの、生クリームのくどさとか、とるに足らない、けれど、淡く塗り重ねられ奥行きを増した思い出のように輝くのを、わたしは、よく、知っている。

決意を意識した瞬間、こめかみに、肩に、首筋に、這う指の感触を忘れられないでいる。

あのときのシャツは生乾きで、わたしたちが動くたびに、雑巾みたいな愛にそぐわない匂いがした。

やめろよ、今、仕事中だろ。
サーバールームのファンが、熱を逃がすために回転する音と、光太の唾液がわたしの耳の穴で溢れる音が、まざりあう。
所々色調のちぐはぐなフロアカーペットの隅っこに、輪ゴムが2本重なって落ちていたのが、光太のメガネに見えたから、わたしは重傷だと、思った。

そうやってささやかれるのになれた頃、光太は、わたしの前に現れなくなった。

最初からいないみたいに、いなくなる前のあの雨降りの暗い夜に、わたしは引き戻されたようだった、でも、望んでいたのかもしれない。
わたしが、光太を忘れるための言い訳を。

ガス会社のDMと、ピザ屋のカラフルなチラシに混じって、光太から絵はがきが届いたのは、クリスマスを3日後に控えた、霙混じりの悪天の日だった。

白いタキシード姿で、わたしの母親ほどの女性と見つめあう光太の、見慣れたえくぼを、冷たい風が通りすぎた。

ピザを頼もうと思った。陽気なやつ。ビールもつけて、チキンスティックも、ポテトも、この際デザートもだ。
アプリのアクセスが悪く、しかたなしに、ホームページの電話番号をタップする。

「パイナップルののってるやつで」
と告げると、同姓の砕けた調子で、店員の男が生地の種類を問う。

インターフォン越しに、男がピザの到着を告げる、わたしと同じ低い声で。


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