忘却された兄妹 5巻
日の傾きが夏より少し早くなっていた。
ボクは長らく続けた新聞配達を辞めた。
『正哉、今朝の配達が最後やってん。』
『なんやバイト辞めたん。』
『うん。辞めた。』
正哉が少し戸惑いながらボクにアルバイトを辞めたわけを尋ねてくるので、アルバイトを辞めた理由を話すことにした。
『なんで辞めたん?それやったら、俺もバイト辞めるわ。』
『もう、来年は高校受験やから、勉強せなあかんやろ。だから辞めたんや。』
『なんや自分、高校受験するんか?』
『そりゃ、高校にはいきたいからな。』
『正哉は高校受験せんのか?』
正哉は黙り込んだ。そんな正哉を見かね、ボクは尋ねてみた。
『あのな。正哉、妹のことか?』
『いや。妹のことやないねん。俺の問題や。』
『どないしてん。なんや言いたいことがあるんやったら話してくれ。』
『俺も、皆と同じ高校にいきたいで。せっかく仲良くなたんやし。でも、俺ずっと学校に通ってなかったから勉強がわからんねん。』
『そんなん、俺も勉強なんてわからんで。学校に通ってるだけでずっと寝てばっかりなんやから。』
少し沈んだ声で正哉は高校にはいきたいと言うのである。しかし今まで学校に通っていなかったことから学力不足を気にしていたのだ。
そんな正哉にかける言葉が、なかなか見つからなかった。
『正哉、もう少しで修学旅行やなぁ。』とボクは話題を変えた。
あからさまに話題を変えたが、正哉は意外と口調が軽くなった。
『俺な。小学の修学旅行も遠足もいったことあらへん。』
『そうやったんか。それやったら正哉も修学旅行にいくんやな。』
『うん。修学旅行を楽しみにしてんねん。』
この日、学校が終わってから、正哉の家を数人の同級生達と一緒に訪ねることにした。
修学旅行の話をするためである。
正哉の家に上がり込もうとした一瞬だった。正哉の妹が慌てて廊下から部屋へ走り抜けたのだ。
このとき、ボクはあらかじめ正哉に妹がいることを聞いていたから妹だとわかっただけで、目に飛び込んだ妹の姿は髪がボサボサで、ボロを身にまとっているようにも見えていた。
若いのか?年寄りなのか?それさえわからない状況だった。
一瞬の妹の姿を見たとき、ボクは思わず息を呑んでいた。
このとき一緒にいた同級生達も、『なんやあれ?』と口々に言葉を漏らした。
『なぁ。正哉、今のは妹なんか?』
『そうや。妹や。』
『あのな。正哉、今頃やけど妹の名はなんていうん?』
『あぁ。妹の名は真希。』
この日、ボクは妹の姿をはじめて間近で目にし、名をはじめて知った。
※つづく
※『ひよこ』
※ノンフィクション
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