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エッセイ|天井に座った月
普段降りない駅から降りて、少し離れた場所のラーメン屋を目指して歩く。
最近は忙しすぎて、のんびり散歩することもなかったな、と思い、深く息を吸い込んで、ゆっくり吐いた。
澄んだ空気が、舌から喉にかけて滑っていく冷たい感触は、水を飲む時のそれと似ていた。
顔の皮膚は、冷えた薄い空気の膜に覆われてしっとりしている。
そういえば、少し前の秋が始まったばかりの頃に見上げた空は、深海を思わせるほど深く、広く見えたことを思い出し、また空を見上げてみた。
日がすでに落ちてしまった黒に近い紺色の空は、前とは対照的にのっぺりして見えた。
まるで平らな天井が頭上に広がっているようだ。前回見た空は、日が落ちて間もなかったため、陰影がついて深く見え、今回は日が完全に沈んでいるから陰影がなくてのっぺり見える、と少し考えれば簡単な話に思える。
しかし、それだけでもなさそうだ。
濃紺の広い天井の中心には、月がある。こざっぱりして見える。まるで、服の乱れを正してちょこんと床に正座する行儀のいい子供のようだ。
少し離れたところには、小さな星が月の侍人のようにじっとしている。
空気が澄んでいると、光が引き締まって落ち着いて見える。空には光が散逸しない。それも、空がのっぺりと見える要因だろう。
ちかちかとうるさく明滅することなく、しゃんとしている月と星をみて、僕の気持ちもなんだかしゃん、としてきた。
空を見ていると、フランク・シナトラの『Fly Me To The Moon』を知らず知らずのうちに口ずさんでいた。
月に連れて行ってくれるのはだれなんだろうとか、月に行くには、天に伸びる透明な細い管の中を自分の体が流れていくだろう、などというとりとめもない空想をした。
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