夜明けに鳴いたコオロギ

なかなか夜眠ることができない。一度何かを考えると、そのことについていつまでもいつまでも考え続けてしまう。

少し眠って目が覚めたのは、3時30分ごろで、再び眠ることはできないだろうと、諦めて床を上げた。苦しくて、肘掛椅子に座って白み始めた空を眺めた。

水を飲もうとリビングに出ると、机の上に一枚の封筒が置かれていた。こわごわした紙質の封筒には、筆で宛名が書いてあった。一瞬、連絡が途絶えて久しい師匠からの手紙かと思った。しかし、裏の名前を見ると、友人の名前が書いてあった。封筒を手にした感じが、かなり分厚くて、何が入っているのだろう、と思って胸が躍った。

部屋に戻って中身を取り出すと、それは蛇腹折りになった長い手紙だった。そこに毛筆で書かれているのは、彼の僕に対する親しみの感情だった。

銘句には、彼の好きな種田山頭火の詩が書かれていた。大きくて丸い字に、コオロギの鳴く声が響いているようだった。

彼は僕と詩人を重ねてこの詩を選んだのか、それとも、彼と僕の関係にこの詩を見たのか、どちらなのだろう。いづれにしろ、安らぎの中に彼は美しさを発見したのだろう。それが文字に高く澄んだ音を響かせるのだ。

僕は勉強机に長い手紙を広げて、しばらくその手紙を見つめた。心の枷をうっちゃるような快活な笑いが飛び出した。

愛してるよ、の言葉が優しかった。

相手のことを考えることが待つことだとすると、手紙を書くことも待つことかもしれないと書かれてあった。

彼は、友人のおばあちゃんの部屋の静かな時間に、僕に思いを馳せていた。時の静穏な流れが、手紙の中にあるような気がした。

自分なんかがこんな手紙をもらって良いのだろうか、そんな頼りない気持ちになり、椅子に座って窓から見える空を再び眺めた。手紙を送り主が穏やかな気持ちで書いたのならば、それを受け取る自分も穏やかな気持ちでいなければ、としゃちこばった気持ちだった。

薄い水色の空を下地に、紫色の雲がたなびき、雲間からは朝日の溶けるような緋色が溢れていた。

まどろみの夜が明け、爽やかな朝が来る。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?