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夜の窓

大学の課題に行き詰まってくると、外の空気が吸いたくなる。ドアを開けて街にでる。西の空の燃えるような紅潮もさめ、静かな桃色に落ち着き、空は眠りにつくようだ。

日が暮れて、街に墨の様な闇が流れ込んでくると、ポツポツと家に明かりが灯っていく。僕は、その明かりを眺めながら歩くのが好きだ。冬の冷たい空気に、手は悴み、鼻先はツンと冷たくなり、耳は燃える。そんなとき、家の窓から、溢れる橙色の灯りは、暖炉になる。

大抵、窓は、レースカーテンに覆われている。けれど、そのレースカーテンに、窓辺の花瓶などが、柔らかい影を映し出す。それが、家庭の生活、外の冷たく、厳しい世界から隔離された暖かい生活を想起させる。

冷たい場所から窓を眺めることで、母親の、子を抱きしめるときの、胸がキュッとしまる様なときめきを感じる。それは、自分の傷すら愛おしくなるようなものだ。自分という存在が風雨を全身に受け、傷つけられる代わりに、ツルツルとした肌の生き物が、無傷で安らかな表情で、眠ることができる。そんな身勝手な想像をする。

ツルツルとした肌の生き物の目に、刃物の様な鋭い光がチラと光った。僕はそれを知らなかった。


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