Unforgettable.1 【おっさんずラブリターンズ アナザーストーリー】
車内での張り込みも二日目になると、体がギシギシと動きにくくなる。
「飯買ってきます」
周囲の様子を見て、俺は車のドアを開けた。
「ああ」
さっきまで目を閉じていた男は、運転席から体を起こして前を向いた。
「まだ寝てればいいじゃないっすか」
「いや、いい」
不機嫌そうな声も、ぼんやりした瞳も好きだけど、敵を見つけた時の鋭く光る瞳が一番ゾクゾクする。
俺は上着を脱いで後頭部座席に投げ入れ、ジャンパーを引きずりだし羽織った。上質なレザーが俺の体を包むと、あの人のにおいが俺の鼻孔をくすぐる。
あの人のものを身につけるだけで胸の奥が苦しくなる。こんなはずじゃないのに。
「行ってきます」
それには答えず、大きな手が「行け」と告げていた。
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目をつむると、あいつの息遣いを感じるようになった。
バディを組んでから3か月、警察学校では問題児だった秋斗も、公安に配属されてからは優秀な実績をあげチームに合流している。
足利さんから「真崎か六道のどちらかをお前に任せたい」と聞かれた時、俺はなんと言っただろうか。
覚えているのは「真崎とは相性がよさそうだな」という足利さんの言葉だけ。
あれから、ずいぶんと二人で張り込みすることが多くなり、お互いを知るには十分なくらいに話をした。生意気なガキだと思っていたが、正義感も強く芯がしっかりしていて、ブレがない。
「昔の和泉を見てぇだな」
足利さんは、そう言って笑ったが……俺もあんな風に尖っていただろうか。
「戻りました」
秋斗が買い出しから帰り、助手席に腰をおろした。
「和泉さん食べます?」
「ああ、動きがある前にお前も食べとけ」
俺は秋斗から牛乳とジャムコッペパンを受けとり、袋をあける。
「馬鹿の一つ覚えみてぇに、ジャムコッペかよ」
「疲労回復には糖分が必要じゃないっすか。タンパク質は牛乳で摂れるし、ベストバランス」
「まあな」
秋斗は少し背伸びして、俺の方を向いて話し始めた。
徹夜で二日も張り込むと、アドレナリンがでるのか気分がハイになる。
ここ数日は大きな取りものが多かったせいか、秋斗の目が赤くなっているのが見えた。
「先週、和泉さん本部呼び出しで俺1人だったじゃないですか。んで、足利さんが人手足りないからって駆り出されたんですけど。ジャムパン買って渡したら、アンパン買ってこいって怒鳴られて。アンパンっていつの時代なんすか」
パンを一口かじると、秋斗は息をつぐむ間もなく話し始める。
「足利さんはアンパンとコーヒー牛乳派だって、菊が言うんだけど。知らねぇって俺、頭は殴られるしパワハラですって」
「お前、足利さんのあだ名知ってるか?」
俺は、つまらなさそうな顔の秋斗に問いかけた。
「えっ、なんですか?ぬらりひょんとか?」
「お前…もう少し上司に対して敬意持て」
「和泉さんにはちゃんとしてます」
「ガキが」
こいつの口の悪さは、警察学校からの筋金入りだ。今さら驚きもしない。
「で、あだ名。なんなんですか?」
「死神」
「なんすか?それウケる」
「あの人の目つけられたら、死ぬまで逃げられねぇってことだよ」
秋斗は俺の目を見て言った。
「和泉さんは、狂犬って呼ばれてたんですよね」
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「あーあ、俺、その頃の和泉さん見たかった」
少し口を尖らせて秋斗が言う。
1日のほとんどを一緒に過す張り込みは、警察学校時代とは違う秋斗の素顔が垣間見るには十分な時間だった。
「そんなもん見て楽しいのかよ」
「足利さんにパシリにされてる和泉さんとか、怒られてる和泉さん見られるかもしれないじゃないですか」
「うるせぇ」
甘いパンを食べながら話すのはビターな会話。
秋斗は、滑稽で自然と笑みがこぼれるような話をする。
ジャムで真っ赤になった唇からこぼれるのは、皮肉だけでなくささやかな疑問。
「和泉さん、相談があるんですけど」
「何だよ」
「好きな人に全然相手にされない時、どうすればいいんですかね」
「あぁ?そんなこと俺に聞くな」
「えー、和泉さん俺より年上だし。モテそうだから、そういう駆け引きみたいなの教えてくださいよ」
「残念だな、俺はモテない」
最後のパンを口に放り込み、牛乳で流し込んでいく。
「噓でしょ。俺、本部に顔出すと必ず聞かれますよ和泉さんのこと」
「んなわけあるかよ」
俺は秋斗の額を指で小突いた。少し顔をしかめて、俺の顔を真剣な顔で見つめている。
「真崎くん、和泉さんと組んでるんでしょ?ねぇ、プライベートな話とかするのとか」
「和泉さんって怖そうだけど、本当は優しいって本当とか。あとは……」
「くだらねぇ」
「和泉さん、彼女とかいるか知らないって聞かれたんで、いつも仏頂面で俺をガキ扱いする人に、いるわけないじゃないですかって言いました。あと、和泉さんすぐに助手席のシート倒して俺にのしかかるんですよ、って」
「ぁぁあああ!!」
「心配ないです。そのおかげで敵に見つかることなく任務遂行できてるし、命の恩人ですよーって」
「お前、面白がってるな、そういうところがガキだってんだよ」
秋斗は何かを言いかけて、またパンを口に運ぶ。少しうつむいた横顔が、どこか寂し気に感じたのは俺の錯覚なのか。
アジトは相変わらず静かで、今日も動きがない事を物語っている。
あと何日、こいつとこの狭い空間で過すかをぼんやりと考えた。
それも悪くない、いつのまにかそう考える自分がいる。