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深爪を気にしながら埋める余白

深爪を気にしながら埋める余白
米を研ぐ午前三時
真四角のテーブルの上で
ごはんですよときゅうりの浅漬けを
泣きながら食べていた母親を思い出しながら

米を研ぐマイナス五度の台所で
神様の悪口を思いつく限り数えながら
やれるもんならやってみろよって
わざと聞こえるように歯軋りをしながら

米を研ぐ指先が
かじかんで赤紫色になるのを少し気にしながら


あの日
カウンセラー志望の女の 子宮に入れたのは人差し指で
聞こえてくるのはすすり泣くような声ばかりで
心ではなかったいつだってそうだった

米を研ぐ大人になる前に死んだ友人を思い出しながら
川に捨てた黒いランドセルを思い出しながら
砂場に埋めたウルトラセブンを思い出しながら
ボールペンで塗り潰した電話番号を思い出しながら

電気炊飯器のスイッチをONにする
炊けるまでの間

書き損じた希望の詩を
ビリビリと裂いては燃やした
灰になったらやっぱり土にもどそう
もしかしたらあなたによく似た白い花が咲いて
いまよりずっとましになるかもしれないから

切った爪と新約聖書の最初のページと
絡まってしまった赤い糸もついでに燃やした
灰になったらそれは海に撒こう
みんなそのうちそこへ帰るから
寂しいのは しばしの間 きっと今だけ 

少々調子はずれの電子音が数秒鳴った
ごはんが炊けた合図

のりたまかけて食べる
甘くなるまで何度も噛んでは飲み込んで
できるだけ楽しい事ばかりを考えて

いつかの過去と真新しいだけの朝に
挟まって身動きがとれなくなった時
苦し紛れにかけたおまじない

それでも生きていたいですって
別にそんな真剣な感じじゃなくて
ただ口をなぞるように動かしてみた
そのうちそれが本当になればいいなとか思って

手の届かない背中の穴のかさぶたを
割り箸かなんかでぼりぼり掻きながら
からっぽの水槽に水を入れる

生きているだけで
あんなにうれしそうだった金魚を思い出しながら

同じ場所でつまづいてばかりいるのなら
いっそ二足歩行に見切りをつけて
床に手と足をついて

すかすかになってしまった希望が
満ちるまでしばらくそのままで

いっぱいなる

きっと
あと少しで

こんがらがったまましゃっくりばかりする「あ」から「ん」まで
それにもコップ一杯の水をやる

本当に伝えたい事がいつも途切れ途切れで
思うように伝わらないのはそのせいだ

ぶつくさと半信半疑でもそれでも
繋がっていたいと思うのなら
怖いのはお互い様

なにも信じていなかったら詩なんか書かないよ

薬もちゃんと飲んだし
ゆっくり話せば私にもわかる

なにも信じていなかったらあんなに憎んだりしなかったよ
そうだろ

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