VINTAGE⑪【御大の降ろせない肩書】

学園祭が終わり、どことなく年末の忙しなさが木枯らしにのってやって来る。季節の移り変わりに少し郷愁を感じるのは少し熟成した人間になったということであろうか。VINTAGEの中も秋の深まりを感じるようになった。カウンターテーブルに何気なく置いてある団栗がどうしても自分に時の経過を告げているようで、少し残酷であった。
ニット帽のSさんは草臥れた様子で、店内に入ってきた。家の掃除やら仕事やらで一日中フル稼働だったらしい。いつものように世間話をしていると、ふと窓際のテーブルに目がいく。小太りの白髪御大が一人物憂げに新聞を眺めている。とても几帳面なのか、テーブルに自分のハンカチを織ってメガネ置きにしているようだ。どことなく怒っているのだろうか。仏頂面で自分を目が合った。

「学生さんかい?」

「はい、そうです。どうも初めまして」

「よくくるんか?」

「はい。仲良くしてもらっています」 

とっさにマスターのおばさんが自分の紹介をするのに話に割って入ってくれた。
「○○さん、彼はね~」
楽しそうに自分の紹介をしてくれているのを見て、少し気恥ずかしくなってしまった。

「おうおう、そうか。東北からねぇ。遠いところによく来たもんだ」
急に親しげな口調になり、自分に話しかけてきた。人見知りなのか、もともと話し好きなのか、よく分からないが、先ほどまでの怪訝そうな顔つきが嘘のように綻んだ。

ひとしきり話した後、その御大はそそくさと店を上機嫌で出て行った。

「なんか不思議な人でしたね」

つかの間の静寂を終わらせるように自分が声をだした。

「あの人はね元駅長さんなの。そんな雰囲気だったでしょ?」

マスターは自分に教えてくれた。

「確かになかなか声をかけにくい雰囲気でしたよね。気難しい人なんですか?」

「そうねぇ。やっぱりプライドがあるんじゃない?」

そう言われると、確かに頷くものがあった。そうかもしれない。
「本当は人恋しいんでしょうね」
自分がふと声に出すと、となりのSさんが、
「君が心の岩戸を開けたのかもしれないね」
と笑顔で話してくれた。

そう、人なんてそうそう自分の肩書きを外せるわけじゃない。元海軍の東京帝国大学卒業日本銀行OBの御大だってそうだ。自分のキャリアを高らかに掲げるわけではないだろうが、その時間をなかったことにするにはあまりにも長い時間看板を掲げてその人たちは生きてきた。彼らの本心はボクらと同じ一人の弱い人間で、肩書きはその弱さを隠すための看板だ。
優しく声をかけると、その看板からひょっこりと生身の人間が顔を出す。それは弱々しい支え合って生きるボクらと同じ人間だった。

人生の中で培ってきた時間は自分自身に自信を持たせるのと同時に、尊大な自尊心を形成してしまう。それが日の自分を生きにくくしているとも知らずに。

ボクは彼にとって田舎の息子のような存在になったのだろうか。そのときは無意識だったが、とにかく優しく接することを心がけようと思った。理由は分からずとも彼の孤独を察して。

福島県のどこかに住んでいます。 震災後、幾多の出会いと別れを繰り返しながら何とか生きています。最近、震災直後のことを文字として残しておこうと考えました。あのとき決して報道されることのなかった真実の出来事を。 愛読書《about a boy》