チート転生したけど転生先はテラだった4
少しはヤクザらしくなっただろうか?
前の世界でヤクザらしくなりたいなどと言うと、白眼視されるに違いないが、この世界では一定の社会的地位と、組によっては尊敬すらされる場合もある。
光栄なことに天鳳会は仁義のある側のヤクザだと評価されている。
里中が交流を公言しても差し支えのない程度には、よいパブリックイメージがあるのだろう。
テラと言うか、極東のこういう形式張らない世界に魅力を感じてしまう。
勿論、それは命が安いこととトレードオフではある。
"可哀想ランキング"とか"お気持ちバトル"なんてものは存在せず、明け透けな闘争がそこにはある。
転生するならロドスの内勤だろうと思っていたが、あそこだって社会である以上、仲良し倶楽部ではいられまい。
そうであるなら今、一国一城の主である事は幾らか気が楽な所もあるだろう。
気が楽か……
別に会長という立場が楽であると言う訳ではない。
私がいらぬ所で狼狽えれば組織の屋台骨が揺らぎ、不用意な発言をすれば内乱が発生するだろう。
権威と権力を誇示し続けなければ、ヤクザみたいな組織は瓦解してしまう。
暴力的になる必要はない。私が強いのは誰もが知っているのだから。
極東に於けるほぼ絶対的な価値観は、ナメられたら殺すである。
ナメられると言う行為は、元の世界なら相手から見下される程度の意味でしかない。しかし本邦に於いて反撃してこない相手と言うのは、自分の権利を自分で守る能力や意思のない人間だと言うだけのことだ。
自分の事を自分で守る意思のない人間に、極東の社会は厳しい。
日本人は耐えに耐えて、ある一点でキレて大きな騒ぎを起こすのだと言われる。だけど極東のこうしたスタンスを見ていると、"耐える"というプロセスを道徳に落とし込んだからこそ、まだ満足して社会を維持できるようになっただけに思える。
折衝をして落とし所を見つけて関係を維持する――日本人にはそうした事が出来ない人間が多い。じゃぁ、それは極東も同じかと言うとそうでもない気がする。
少なくとも命が掛かる問題だ、少ない頭でも考えるだろう。
それに極東は何だかんだ言ってウルサス帝国や炎国に国境を接している。思った以上に島国根性を感じない。
相手の名誉を不用意に傷つければ自分の命に関わる。
そういう所から極東人は礼儀正しい。ヤクザのような社会ならなおのことである。
私は"元々"礼儀正しい方だった。それが役に立つ。
あの大親分が礼を尽くすのならば、不義理は絶対に出来ない。
そういう風に人をまとめていくのは、思ったよりも気分のいいことだ。
里中にはあれ以来会っていない。それが暫くぶりに連絡を入れてきた。"爆発の原因"に関する相談だ。
自分でもよく分からないが、"火薬"が原因じゃないかと言ってしまった。
火薬……前の世界の物質だ。レインボーシックスコラボイベントで、ニトロセルロースが未知の物質扱い去れた。きっとそれだ。それが連想された。
残念ながら化学の知識はないだから、私に言える事はここまでだった。
ただ、それが何らかの信頼の証しになったようだ。それから頻繁にやり取りをするようになっていた。
メッセージでやり取りしている分には割とマトモな人なのだなと思えた。
里中とのやり取りで、その火薬が起爆装置と共に利用されているのではないかと言うのだ。
私が記憶を失った時の、あの爆発もそれだという。
もしそうであるなら、私はまだまだ命を狙われていると言う事だ。そして、その爆弾が再び目の前に現われるかも知れないという。
光――電磁波を好きに検出し、操作できる私の能力は、相手が源石を使った回路であろうと、シリコンベースの回路であろうと使える筈だ。
相手が爆弾なら、半径五十メートルよりは近くに設置されるだろう。それなら私だって検出可能だ。
じゃぁ、何故、前の私は検出できなかったのだろうか?
その疑問は、それから数日後に判明した。
「会長、二次団体からの贈り物です。源石、アーツユニットの類は検出されませんでした」
事務所に詰めている組員が一抱えの箱を持ってきた。
組に限らず、ある程度大きな組織ともなると、爆弾に狙われる事は十分にあり得る。だから、術士や検出器を使ってその中身を探ってから開けるのが普通だ。
尤も透視できる訳じゃない。危険物じゃないという判断をするだけだ。
そして、組員の術士が数人確認してOKが出たものが運ばれる。
私はそれに何処となく違和感を感じた。
何かよく分からないけど、回路らしい何かを感じる。でも、それは周囲のパソコンやスマホ、照明器具に至るあらゆる電子機器とは違う感覚だった。
「開けますか?」
組員が外装を引き剥がそうとするので「やめろ!」と叫んだ。
私は注意深く回路の構造を探っていった。
微量な電流が箱の外側を巡っている。
この感覚はこちらに来て初めてだ。前の私はそれだから分からなかったのか? 時間もなかっただろう。
「なるほど……」
私は独りごちると若頭代理に声を掛ける。
「組に爆弾処理ができるヤツはいるか?」
大事になった。
流石に爆弾処理はヤクザの仕事じゃない。
すぐに町奉行の爆弾処理班が出張ってきた。
犯人に気取られる訳には行かない。なのでこの前の地上げ屋をシメた事件に関する強制捜査という形を取った。
態々、問注所に令状を取ったぐらいだ。
荷物は慎重に解体された。
中身には釘類と粘土状の未知の物質が見つかった。
回路も明らかに異質な存在だ。
「源石を使わない電子回路なんて存在するの?」
里中は私の答えを期待しているようだった。
「私が何でも知ってると思わないで頂戴」
私が彼女の視線から逃れようとすると肩を掴まれ、正面を向けられる。
「火薬……その火とか衝撃で爆発する物質の事なんだけど、ロドスって薬屋が何か知ってそうなのよね。
貴方って、何か関係ある?」
流石にギクリとする。
「名前ぐらいは知ってるけど……あ、あのぅ……私みたいに記憶喪失の人間が幹部にいるって言うからさ。少し調べたけど。あぁ、きっとその時、何かの資料で見たのかも」
自分でもしらばくれてるなと思った。
"警官"である里中がそれを見逃してくれる筈もない。
里中は私の家に同行して、部屋で"取り調べ"をする事にした。
「懐かしいね。あんまり変わらない」
里中は私の部屋を見渡して微笑んだ。
「何か思い出した? と言うか、貴方は何を知ってるの?」
友達としての接し方半分、警官としての接し方半分という口調だった。
私が言葉に困っていると「ねぇ、私と貴方の仲じゃない? あの事件の後から貴方変よ――記憶を失ったのは分かるけど」と続ける。
「ごめん、私、分からない」
「でも、火薬のこと知ってるなんて変じゃない? ロドスがそれを何処で手に入れたのかは伏せられているし……ロドスの幹部の事だって、大っぴらには言われてない情報だよ。
貴方、あそこと何か関係があるの? 言えない事? 確かに険呑な製薬会社だって聞くけど……」
「多分、私、あの幹部と同じものを見たかも知れない」
私はなんとかこの状況を誤魔化したかった。
私は何か別な世界を見た記憶がある。
でもはっきりと覚えていない。
それを見てから私はすっかり変わってしまったわ。
自分でも自分が何者か分からない。怖い。
そう言うと里中は私を抱きしめた。
「みおが誰だろうといいわ。私が貴方を守るわ。いままでもこれからも」
その言葉に私は何かが溶けていくのを感じる。
本当に私は前の世界にいたのだろうか?
前の世界とはなんだろうか?
何か異質な社会があった気がする。
私は本当に何を知っているのだろう?
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?