【全年齢版】ケモミミ少女になったのでエンタメで覇権を取りたいと思います③

 あるおっさんが、目覚めたらケモミミ少女だった話。


 母上が若返っているのはもはや明確だった。
 健康面もずっと良くなったと喜んでいる。
 気がつけば妾の容姿で母上と言ってしっくりくる程度の年齢差になっていた。

 人気になるにつれて、良くない人間にも出会うようになる。
 そういう人間は、常に邪悪な意思が滲み出ている。

 最初は妾の名前を出して数珠を売りたいと言う人間じゃった。
 監修と言っても会社の人間が持ってきた、何種類かの出来の悪い数珠から選ぶだけでいいと言う。
「妾の信用を金に替えろと言うのか!」
 その男はすぐに叩き出した。

 アパレル関係の人間もやって来た。
 モデルをやってくれと言う話までは良かったが、何か怪しいと思って調べれば、コピー商品の常連のメーカーじゃ。
 いくつかのデザイン画は、明らかに別ブランドの模倣であった。

 宗教法人からのお誘いまで来たが、自分達が用意した本に名前を貸してくれと言うのじゃった。

 金は社会の大切な血液じゃが、しかし個人で見ればそれに目が眩み、どんな手を使ってでも、誰を裏切り、誰の尊厳や財産を損ねてでもそれを手に入れようとする。そう言う人間は決して珍しい部類ではない。
 妾だって、何もなしに巨額を積まれて、それで黙っていると言うのは難しい。じゃが、多くのファンがいるのだと考えれば、自ずと答えは出るじゃろう。

 そして今日も、ある男がやってきた。
 しかし、悪人には思えなかった。
 彼はカプセルトイとか小さな工芸品を作っているを会社を経営しており、障害者とシングルマザーを主に雇用しているのだという。

 サンプルの品は手作りの根付や少し凝った箸置きと言った掌に収るような品だった。
 曰く、木工所やホームセンターから端材を安く仕入れているからだそうだ。

 彼は言う。
「障害者が作ったってことは、それ自体が価値にはならないんですよ。世の中のこういう会社は、障害者を支援すると言う名目を商品にするしか、障害者を雇用する意味がないんです」
 沈痛な面持ちだ。
「それで、お主はどうしたいのじゃ?」
 彼は静かに微笑みつつ答える。
「自分自身が価値のあるものを作り出せると言う自信を持って欲しいんです」

 彼の父は木工職人だったが、事故で障害を負ってから苦労の連続だったそうじゃ。
 彼自身も筋金入りの木工職人で、そしてそれらの技術は父から学んだそうなのじゃ。

 彼は妾を象ったデザインの根付を売りたいという。
 一個四千円で、ロイヤリティは五パーセントだと言う。
「ロイヤリティはいらぬから、三千八百円で売るがよかろう」
 男はきちんと約束を果たしてくれると思った。

 その後、サンプルのやり取りが何度か続き、製品化した。
 妾はそれを宣伝するのじゃが、特に障害者のくだりは述べることもない。
 三千八百円は木工細工としては変な値段ではない。
 作りは精巧で、仕上げも良く、手によく馴染む。
 世間では、妾が漸く金にガメつくなったのだと笑う者もおったが、しかし、根付はよく売れた。

 根付は「持っているとちょっといい事がある」と口コミで話題じゃ。
 妾はそう言うものを期待して買うものではないと言っておるが、一番くじで一等が取れたとか、お店でおまけして貰ったとか、そんな小さなエピソードが並ぶ。

 宝くじが当たるとか、彼女が出来るとか、そんな誇張されたエピソードが上がってこないのを笑う人間がおるが、そのような人間は、先のような小さなエピソードを自嘲気味に語っているだけじゃった。

 それ以降、障害者雇用をやっていて、こんな事をしてますと言う話を持ちかける人は幾人かやってきた。妾のお眼鏡に適うかどうかは、その人物次第と言う所はある。
 安かろう悪かろうであるとか、障害者であることを前面に出せばもっと売れるだろうとか、そう言うつまらぬ言葉を聞くとウンザリする。
 だが様々な人間に出逢えば、中には志を持つ人間もおる。

 それが社会に資すると判断した事業には、なるべくの事をしてやりたい。
 勿論、自分の判断が常に正しいのだと言う自惚れは出来ぬ。
 なので慎重に話し合い、嘘や誤魔化しがないか考える。
 幸いな事に、妾に協力的なところの醜聞は、いつぞ耳にすることはなかった。

 母上は二十代を名乗っても恥ずかしくないところまで若返った。
 親子から兄弟に見られるレベルとなったのじゃ。
 世間としては妾の世話をしてくれる優しいお姉さんの印象となっている。
 不思議なことに、若返りについて触れるものはいない。
 単に露出が少ない事もあるが、それでも近所で何か嫌な噂が立つこともない。
 ただ、母上が少し恥ずかしがるので、菜瑠美ちゃんと名前で呼ぶことにした。

 配信一周年を経て振り返るのは、妾が目に掛けた人や店や会社の繁栄じゃった。
 近頃の大須では、妾の姿がちょっとした名物になっている。
 繁盛する店は何かしら良い気配がしている。
 妾はそれを見つけているに過ぎぬ。
 じゃから妾が何かしらの幸運を招き入れているのではないのじゃと説明した。

 無理に妾を引き込もうとするお店もあるが、そのような店からは良くない気配がするものじゃ。
 すぐに駄目になるのを見て、呪いだなんだと言う者もいる。
 妾の力はそんな大それたものではないのに。

 様々な観光地から、妾に旅行に来て欲しいという誘いがあった。
 一言で言えば、無料で歓待するので、宣伝してくれと言う話だった。
 あまり気分のいい申し出ではなかった。

 妾と菜瑠美ちゃんは、そのような誘いは無視して、普通の旅行をする。
 良い宿良い観光地は何となく察する。
 その話を例のカメラの子、美彩に話すと旅行に同行したいと言う。
 すっかり有名になった彼女は、恩返しをしたいというのじゃった。
「絢香ちゃんの喜びそうな事って考えると、写真集作って収益を寄付したらどうかなって思って!」

 美彩の言う事だから、その気持ちに偽りはないじゃろう。
 二泊三日の旅行は、美彩の運転であれこれ巡った。
 海沿いの観光市場で貝だの魚だのを食べる。
 海辺を歩き、展望台に登り、古いお社をお参りする。
 ところどころ懐かしさを覚える。

 菜瑠美ちゃんに子供の頃に遊びに来たことがあるか尋ねるが、そんなことはないと言う。
 妾は何を覚えているのか、何を知っているのか。
 近頃は随分と馴染んでいるが、時々些細なことで違和感を覚える。

 美彩はそういう妾の姿をしっかり写真に収めていく。
「フィルムだから現像を楽しみにしておいてね」
 そう言っていちいち飛びついてくるので、迷惑じゃが可愛い娘じゃ。

 宿の食事、宿の温泉。
 すべてが満足に値する。
 妾は上機嫌じゃし、二人も笑顔じゃ。

 少しずつ移動しながら、あの街、この街を巡っていく。
 宿でも店でも観光地でも、妾は歓迎されたけれど、その眼差しは暖かく自然であって、不埒な気配を感じることはない。

 大喜びのまま家に帰ってくる。
 ヘトヘトに疲れながらも、配信する意欲は十分にある。
 妾は旅の報告と、写真集の話をしつつ、いつものように歌を歌う。

 妾の歌は、音楽サービスで配信され、CDも発売したほどじゃが、音質の問題抜きに、配信で聞くのが一番好きだと言う人が多い。
 何の違いがあるのか、妾にはわからぬし、その手の知識を持つ者でさえも、「不思議とナマの方がいい」と言うぐらいじゃった。

 妾が人前で歌う機会は思ったほど多くない。
 外で配信することは少ないからじゃ。
 しかし、歌や神社で求められて歌うこともあれば、キャノットで感謝を込めて歌うこともある。
 その時の人が言うには、「絶対に健康にいいよ!」と笑う。
 そう言えば、神社の隣の家のおばあちゃんに、「あなたの歌を聞くと腰の調子が良いのよ」と言われたりもした。

 妾の歌を求めている人が多いのも確かなことじゃった。
 しかし、コンサートとかそんな大それたことをしたいとは思わぬし、そんなことをされても困ってしまう。

 妾は時より神社で歌うぐらいが良いのだ。

 その神社も、妾がおるのかおらぬのかは無関係に、人々が集う場所になりつつあった。
 町内会で社務所の鍵が共有されて、茶を飲む老人がいたり、子供がゲームをしていたりと和む風景になっておる。

 神社の敷地自体は大きなものではないから、活発な遊びはできぬのだが、ここならば安心して子供を遊ばせられる場所だと思われているフシもある。
 しばしば妾が子供に説教しておるがな。

 万事がそのように上手く回っておるのだ。
 旅行のときは掃除を買って出てくれた高校生がおったし、日々の掃除を手伝ってくれる中学生もおる。
 皆に幸多からんことを。
 そういうひとつひとつが、この街を幸福なものへと変えていく。

 偏屈な人間、強欲な人間、そのような人間が寄ってこればすぐに察してしまう。
 じゃが、妾が我欲を見せぬようにしているだけで、そのような人間は立ち去っていくのじゃ。
 己の恥を理解しておるのかも知れぬ。

 ネットでもファンばかりではなく、アンチだって存在する。
 しかし、そのような人間が何を言おうとも、妾の尊厳が失われることはない。
 そのようなことを嬉々として語る人間は、遠からず信用されず、或いは同族と群れるしか居場所がなくなる。

 妾はよく、人生の目的は己が幸福になることだと述べておる。
 己の幸福を究極まで煎じ詰めれば、己が人から幸福に思われると言うことよりも、或いは己が人よりも幸福であると誤魔化すよりも、人を幸福にさせたのじゃと言う自信が己を幸福にさせるのじゃ。

 幸福を意識することはそれほど難しいことではない。
 こうして神社で茶を啜ることや、子供を暖かな目で見つめることで十分なのじゃ。
 人はそれを相対的な尺度で考えるようになって狂ってしまう。

 美彩の写真集は、チャリティということもあるが出来がとても良い。故に様々な人が手に取り、そして宣伝してくれた。
 まるでそれが徳を積む行為と思うかのように勧められる。
 あるお金持ちが、写真集をまとめて購入してめぼしい図書館に寄付したなんて話もある。

 観賞用、保存用、布教用とはよく言ったもので、リピートして購入して人にあげるとのが少しばかりブームになった。

 勿論、それが些か異常な光景なのは確かじゃ。
 じゃが、そうはあっても野暮なことを言う者は多くない。
 妾の収入は配信の投げ銭だけじゃが、それでも十分なお金になっておる。
 野心は? と聞かれても、そんなものはハナからないのじゃ。

 と、そんなところに、胡乱な雰囲気を纏う女子がやって来た。
 彼女が言うには、妾の能力が危険じゃというのじゃった。
 妾はそんなものを意識したことはないし、皆が幸せなのは、皆が幸せを意識したからに他ならぬのじゃと語る。

 女子は己を美鶴と名乗ったのじゃが、その美鶴の反論するには、妾のそういうもの自体が欺瞞なのじゃと言う。

「お主、お主はこの世の中がもっと不幸に満ちている方が良いと言うのか? それぞれの人間が、それそれに出来ることに手を伸ばし、その己の力によって幸福になることが、そんなに悪いことじゃと言うのか?
 不幸な人間、己の不幸を望む人間は、結局不幸という檻の中に己を閉じ込めることで、幸福との相対化を避けているに過ぎぬ。
 そんなものの方が欺瞞ではないのか?」

 美鶴は、それでも自然な方がいいのだと言う。
「自然であることがそんなに大事なことなのじゃろうか?
 そもそも自然とはなんじゃろうか?
 自然に病気になり、自然に自暴自棄になり、そして自然に死んでいくと言うことがそんなに美しいことじゃろうか?
 自然の美しいところに目を向けるのは結構なことじゃが、しかし自然であることがすべての美しさを手に入れることにはならぬ。
 人々は不自然であっても幸福に手を伸ばす。
 その方法が間違っている時に不幸になるだけじゃ。
 不自然であることで不幸になるわけではないし、世の中の自然にはお主のような人間が思うよりもずっと不自然なことが起きておる。
 勝手に世界の理を理解したふりをするでない」

 美鶴は妾に言いくるめられると、唇を噛んだ。
 そして「また来ます」というのじゃった。

 美鶴はその後も度々神社を訪れる。
 そこで幸福についての問答をする。
 美鶴は納得いかないようであり、そして妾の力とは何なのかを語る。
 妾の力は神の力であると言う。
 妾が神の力を有するのであれば、もっと様々な人の不幸を救えるじゃろう。
 そのようなことを言うと、「範囲が多すぎるのです」と言う。
「それは行幸。誰か一人に大きな奇跡を起こすよりもずっと良い」
 妾が笑うと「そのうち良くないことが起こりますよ」と叱られる。
 その良くないこととは何なのか、妾が尋ねてもそれはよくわからないと言うばかりじゃった。

「幸不幸にバランスなどない。皆が幸せになることは可能じゃ。
 もし誰かの幸福が己の不幸につながると思うのであれば、それは己の中に存在する不幸を肥やし太らせているだけに過ぎぬ。
 悪意を再生産するものではない」

 それから、美鶴は自分をどこぞの巫女だと名乗った。
 それが本当かどうかなど関係なかった。
「それならばこの神社の世話をしてくれぬか?」
 妾が頭を下げると、「監視のためですからね」と言って、それを受け入れた。

 それからも日常は続いていく。
 美鶴がどのような方法で生計を立てているのかは謎じゃが、しかし徐々に感化されているのは間違いなかった。

 美鶴は陰気な雰囲気を纏っておったが、割と人受けのいい人間じゃった。
 いつぞ、人に求められて歌を歌ったとき、美鶴は静かに号泣していた。
 じゃが、そのことをなんだと語る事もないし、感想を伝える事もなかった。

 美鶴は馬鹿な女でもないし、性格の悪い女でもない。ただ強情なだけじゃった。
 そして妾と顔を合わせれば、問答ばかりとなる。
 掃除をしながら話し、食事をしながら話し、神社で暇なときも話をした。

 美彩は妾と美鶴を見て、「いつの間にか仲良くなったんですね」と嫌みを言う。
 そうして、妾と美鶴のツーショットを撮っては喜んでいた。
 菜瑠美ちゃんもそのツーショットを「良い写真」と笑っていた。
 美鶴はそう茶化されると複雑な表情をしたものじゃが、しかし、それも次第に表情を柔らかくしていった。

 ある時、音楽関係の人間が現れて、妾に大型のコンサートをやらないかと持ちかけてきた事がある。
 妾はそれを断ったのじゃが、美鶴は「受けるべきでした」と言うのじゃ。

「ご自身がその歌を人々の幸福に資すると思っているのならば、もっと広く知らしめるべきでしょう」
 そう厳しい顔で言われるのじゃが、「それをしたら最後、妾は神社の世話などできなくなるぞ?」と言うと、いつものように納得しない顔をする。
 それから考え込んで、「そうですか、それが殺生石様の考えなら」と納得したような顔をしていた。



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