チート転生したけど転生先はテラだった2

 嵐のような女が去って、気持ち落ち着いたと思ったときに重大な事に気付く。
「私が記憶喪失って周囲に知られたらマズくない?」

 本部長のビシッと決めたペッローの男が口を開く。
「手は打ってありますが、病院に担ぎ込まれたのは間違いありません。敵対勢力が手を出さない保証はありません。
 里中様には内密にしておくように言ってあります。
 天鳳会は奉行とは上手く行ってる方なので、悪い様にはしないでしょう」
 若頭代理のキレモノ感あるエーギルが言葉を継ぐ。
「奉行は兎も角、下の連中を動揺させては組の沽券に関わります。手を打たないでは済まされません」
 事務局長のサルカズのやさぐれた感じの女が反論する。
「姉御が今の状態で戦争始める気か?」
 それからは喧々囂々となってしまった。

 マズイ、これはナメられる。ヤクザだの鎌倉武士の世界、ナメられたら殺す勢いでいないと、こっちが殺されるハメになる。
 あらん限りの声で叫ぶ。
「黙れコノヤロウ!」
 思った以上に声が張った。
 口にした自分が一番驚くが、口ごもる訳にはいかない。
「事の発端はなんだ!? 地上げだろう。地上げ屋を詰めろよ」
 背景も分からないのにかなり危険な発言だが、咄嗟にはそれぐらいの事しか思いつかなかった。
 舎弟頭のリーベリが「儂のところでやります」と名乗りを上げて話は収った。

「話を聞きたい、何人か残れ」
 そう言うと、特に言い争う事もなく、本部長のペッロー、舎弟頭のリーベリ、若頭代理のエーギル、事務局長の女サルカズ、老獪なオニの顧問が残った。

「姉御、腹を割って話しましょう。記憶喪失は本当ですか?」
 ペッローが訊ねるので「その……正直何も……」と、急に自信がなくなる。
「事務所の連中に口の軽い馬鹿はいませんが、外では絶対に知らないとは言わないでくださいね」
 リーベリが呆れた顔をしている。
「でも、どうするの? 黙ってたらそのウチバレちゃうよ」
 サルカズが言うので、エーギルが「私が一緒に動きます」と話を進める。
「所で、若頭代理って、若頭はいないの?」
 私が素朴な疑問を呈すると全員がため息を吐く。
「会長に代替わりしたのは半年前。それから正式な若頭を決めていない。会長はまだ年若いから、若頭は立てずに若頭代理としている。未だにその手腕に疑問を持つ下部組織は多い。
 そこに来てこれだ」
 顧問が厳しい顔をしている。
「分かった。人前では大きな顔をしておくよ!」
 必死になって答えた。

「組長付きは今日のことで死んでしまったし、部屋住みについては何も知らないヤツに代えた方がいいだろう」
 映画と漫画程度のヤクザ知識をフル動員して、役職を整理する――部屋住みは言わば付き人だ。私が何者だったか、彼等から聞くのは悪くない。そのように言うと「危険です!」と本部長が口を挟む。
「だが、記憶が戻る切っ掛けになるかも知れない」
 エーギルが異論を呈する。
「その部屋住みと私の前の関係ってどうだったの?」
「上手くやってた方かなぁ。小遣いも気前よくやってたし」
 サルカズがそういうので、「じゃぁ、そのままで」と伝えた。

 さて、ここからが勉強タイムだ。
 天鳳会は那古市に拠点を置く、南朝では有力なヤクザの一つだ。
 正面から敵対しているのは国士会で、この那古市に於いて正面から勢力を伸ばそうとして来ているのだ。
 一般的に南朝では、ヤクザが北朝と繋がりを持つと武者が突っ込んで来て斬獲されると言う。だが、それは表向きの問題だ。国士会と北朝とは繋がりあるのではないかと言われている。
 天鳳会は、そういう意味で南朝政府と上手くやっているタイプのヤクザである――それ故に多少ナメられるきらいがある。
 市内にはシラクーザや龍門のマフィアの息の掛かった組織もいる。かなり険呑な状態だ。
 里中が天鳳会と私に目を掛けるのは、幼馴染みだからだという。それと、叔父が国士会に殺されているのも原因の一つだ。公式的には天鳳会が裏社会を押さえていれば、奉行的に楽できるという所だ。
 勿論、政府にとってヤクザは迷惑な存在でしかない。しかし、政府の中にヤクザを便利に使う人間がいるから許されている。そういうバランス感覚なのだ。

 私自身にテラの大まかな知識があるので、「どこから記憶がないんですか?」と疑われる始末だ。
 流石に転生して憑依したなどとは言えまい。
 ざっくりとした前提を聞いたところで、若頭代理に「お疲れでしょうから、今日はここまでにしましょう」と言われた。
 そんなに疲れているのかな?

 そういう訳で屋敷に向かう。
 車で五分程度。
 その五分で眠ってしまった。
 会長の名誉に関わると、到着してすぐ若頭代理に起こされる。
 五人の部屋住みが出迎える。
 五人ともカタギとは思えない面構えの女の子だった。
 ヴィーヴル、ヴァルポ、サンクタ、龍、ウルサスだ。
 全員それぞれに見た目に可愛さがあるが、同時に厳しさも感じる。
「会長! お帰りなさいませ!」
 声を張っていて、可愛げがない。

 ここで若頭代理に頼ったら威厳がないと思って、私は若頭代理を帰した。
 組からついてきた十人ばかりの護衛も下りたが、彼等はそれぞれの持ち場に散っていく。

 私は広間に部屋住み五人を呼び出し、護衛には人払いをお願いした。
「お前達に一つだけ言う事がある」
 なるべく威厳を出そうとして声を張るのだけど、どことなく空回りしている自覚がある。
 その微妙な空気に全員が固唾を呑んだ。
「私は今日、記憶を失った。思い出す手伝いをして欲しい」
 そう宣言すると、一人、また一人と噴き出した。
 サンクタの顔に傷のある女の子などは、呼吸困難になるほど笑っている。
「みおちゃん、それマジ?」
 目つきのキツい龍の女の子も笑いながら聞くし、ヴィーヴルの女の子も「ドッキリとかないよね? 絶対に笑ってはいけないヤクザ事務所24時間とか」と訊ねる。
 仏頂面のウルサスの子も口元が緩んでいる。

「笑うな!」
 そんなの笑うに決まってるか……五人ともひとしきり笑った挙げ句に、「本当に記憶喪失なの? そっくりさんとかじゃないよね? そうだったら明日には那古港に沈んでるよ?」と言うので、「残念ながら本当らしい。何かの間違いで入れ替えとか起きていなきゃ」と真剣に答えた。
 流石に冗談ではないと気付いたのか笑い声は止んだ。

「ねぇ、私と貴方たちってどういう関係?」
「組長と使いっ走りだけど?」
 大人びた顔のヴァルポの子が答える。
「いや、そうじゃなくて……」
「他に人がいないときは友達だよ。みおちゃん、子供の頃から友達いなかったしね」
「どういうこと?」
「先代ができるだけ普通の子に育てたかったみたいだよ? まぁ、私達がいるって時点でお察しだけど」
 全員がニヤニヤしてる。
「そんなに?」
「暗い子だったからね。でも、半年前に先代が急死して、遺書もないから自動的にみおちゃんが組長になったんだよ。
 本人は……って本人の前でいうのもアレだけど、結構嫌がってたみたいだよ。
 そんなんだから、マジどうしようってなっててさ。
 術士としては凄いから、一度鉄火場を味わうといいってんで事務所強襲したらこのザマでしょ?」
 何となくアウトラインが見えてきた。
「私ってそんなに強かった?」
「才能まで忘れちゃわなければ、市内で最強なのは間違いないよ」
 ウルサスの子が、アーツユニットらしい杖を持って来てくれた。
 それに触れると、私の身体が拡張された気がする――否、完全に拡張されている。
 周囲の電子機器の状態が手に取るように分かる。
 護衛の通信や、個人的な電話など、全部が頭に入ってきて、それが整理されて意識上に提示される。
 私の驚く顔を見て「才能は生きてるみたいね」とウルサスの子が笑う。
「みおちゃんのアーツは、光子を操る能力。半径五十メートル以内の電子機器は制御下に入って、二十五メートル以内なら群れて飛びかかってきた人間を殆どの場合"無力化"できる。手を頭に触れたらその人の意識も読めるって言ってたね」
 心の中で「チート過ぎるだろ!」と叫んだけど、私は淡々と説明を聞いた。
「あの里中って子は?」
「あぁ……」
 全員が残念そうな顔をしてる。
「親同士が仲良かったんだよね。それで腐れ縁って言う感じじゃない? そういうのをみおちゃんは煙たがってたけど、あの子アプローチが激しいから……でもまぁ、ちょこちょこ連絡してたし、ある程度気を許してたんじゃないかな?」
 ふと自分のスマホの連絡先を見る。
 五人の"友達"と幹部連中の名前、護衛の呼び出し、そして里中の名前だけだった。
 もう少し仕事上の繋がりとかいろいろあるだろうと思ったけど、本当にそれしかないのだ。
「彼氏的な人なんていないよね?」
 私がおどおどと訊ねると、全員がどっと笑う。
「いるわけないじゃん!」
「そ、そうなの?」
「私達も弱点作るといけないってんで、恋人が作れないことになってるんだよね。だから運命共同体。みおちゃんが頼りになる旦那さん作らないと、私達も解放されない」
 サンクタの子が笑い声で説明した。
「結構しんどいんだから、しっかりしてよね!」
 ヴァルポの子が背中を叩いた。
「最後に……私達の関係ってマジだよね?」
「そうじゃなかったら、私達、明日には那古港に沈んでるよ!」

 そういう訳で、私は自室に戻った。
 女の子の部屋にしては地味だな。
 化粧品は高そうなのが揃っているけど、控えめな色合いばかりだ。
 そう言えば、化粧ってどうしたら? どんな服を着てるのだろう?
 そんなことを考えつつ、鏡台を覗かずに私は倒れ込むように眠りに就いた。

 考える事が多い。自分の容姿を未だはっきりと見ていない。
 そう言えば、明日は何をするのだろう?
 ヤクザの親分って何をすればいいのだろう?

 夢の中でも思考が巡る。考えなきゃ……覚えなきゃ……

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