チート転生したけど転生先はテラだった1

 俺は仕事中に倒れたようだ。
 平成初期の建築物にどうにかこうにか今時の内装を施したオフィス、総務に何度言っても変えてくれない古びたオフィスチェアが軋み、そのまま床に崩れ落ちる。
 周囲の人間が騒いでいるが、何を言っているのか、声が遠い。
 視界が暗くなってくる……俺の人生はここまでか。

 今までの人生はいいことなしだった。
 親は皮肉屋、学校ではいじめられ、それでも腐らず勉強して、奨学金とバイトで国立大学も出たが、ブラック企業で使い捨てられた。
 仕事仕事の毎日で休みなんかはない。当然友達もいなかった。
 遊びらしい遊びと言えば、スマホに入れたソシャゲぐらいだ。
 ゲームぐらいが努力に見合う成果をくれたのだ。
 あぁ、ゲームの世界に転生したい。

 気が付けば、自分の身体は見えず、視界はただただモヤが掛かっているようだった。
 人の声がする。女の人の声とも、男の人の声ともつかぬ。

「今までの人生ご苦労様でした。
 苦渋に満ちた人生を諦めずに生きていた貴方に褒美をあげることにしました。
 そう、人から好かれる容姿と、その世界で活躍できる素晴らしい能力を授けましょう。
 転生先は――そうですね。貴方のよくやっていたゲームにしましょう。ここ一年で、一番プレイ時間が長いのは……
 アークナイツですか。
 分かりました、貴方をアークナイツの世界。テラに転生させましょう!」

 俺は全力で「やめてくれー!」と叫んだが、声は一切出なかった。
 そして、再び意識が薄れていく……

 確かに、ここ一年はイベント目白押しだった。水チェンは苦労して手に入れたし、リィンは少人数編成に必須になったし、狂人号の元素ダメージにはハニーベリーを必死で育てた……ここに来て、ゲームのことを考えるとは……もっと細かくシナリオを読み込んでおくべきだったな。

 気が付いた時、私は病院にいた。
 如何にも町医者という風で――それが町医者と思える程度には、そこは日本だった。
「おぉ、気が付いたか」
 そこには猫耳を付けた、年老いた医者がいた。
 私は「ここは?」と聞くと、親切そうな医師は「中村区のいつもの病院だよ。お前さんが倒れるとはな。どんな術をうけたんだよ?」と微笑んでいる。
「中村区?」
「お前さんのシマだよ。那古市中村区は天鳳会のものじゃないか、何を言ってる?」
 老医師は馬鹿にされていると思ったのだろうか? 如何にも当然と言う顔をしている。
「わからない……」
 私が答えると、「おい、まさか!」と部屋を飛び出した。

 処置室のベッドには、厳つい顔のループス、クランタ、オニ、サルカズがいる。
 今、さらっと種族名が出たのはゲームの影響の所為だ。そのはずだ。
「姉御……」
 全員が心配そうな顔をしている。
「済まないが、記憶がないんだ……」
 私がそう言うと、「姉御は、天鳳会の組長、稲葉みおの姉御でございやす!」とクランタの男が言った。
「そうか……鏡を見せてくれ」
 そう言うと、少しスカしたサルカズの男が手鏡を出した。
「コータス?」
 深く赤黒い目をした白く長い髪の毛と、細長い耳、気が付けば小さな尻尾――それはコータスそのものだった。
 その毛並みは美しく、自分で言うのもナンだけど可愛いのだ。
「そうです、姉御は神民の末裔、稲葉家の跡継ぎです!」

 状況は何となく見えてきた。しかし、なんでこんな厳つい男ばかりなんだ? それ以上に、私が何故病院にいるのだろう?

 医者は「他は大丈夫だ、"源石爆弾"じゃないかと思ったが、そのセンはなさそうだ。安心しろ」と太鼓判を押した。
 他の人間が言うには、天鳳会の資金援助で設備は揃っているそうだ。
 以前の自分に感謝して病院を出た。

 そうか、鉱石病ではないのか。
 アークナイツ世界に来て一番の懸念が消えたわけだ。
 それだけで、自分がヤクザの親分だろうが、ここがマッポーと名高い極東だろうといいような気がした。

 現場にいた組員は全員死んでしまったので、詳細は分からないそうだ。後続の連中がすぐに応戦して事なきを得たという。

 黒塗りの高級車に乗ってから移動はあっという間だった。
 事務所は窓の少ないビルの一つ外側を高い塀で囲んでいる要塞のような建物だ。
「西成署みたいだな」
 ふと呟くが、聞き返す組員はいなかった。

「姉御! 大丈夫ですか!」
 幹部っぽい連中が次々に声を掛けてくる。
 ペッローやエーギル、サンクタも混じっている。
 サンクタとサルカズが一緒にいると言う事は、そこそこ民族的な仲違いは少ないのだなと安心した。
 よくやってるじゃないか、前の私……と思っていたが、そんなほのぼのした話ではない。
 私と私の警護をしていた組員をやったのは、国士会の連中らしい。
 最近勢力を伸ばして調子をこいているそうで、私の命を狙った事件は、地上げ絡みでならず者を詰めていた事務所を、私が殴り込みに行く時に起きたようだ。

 どうも、その事務所自体が罠らしく、国士会のチンピラも多数死んでいたらしい。
 流石に、そこまでの事件ともなると、町奉行が出てこないわけにはいかない。
 落ち着いたら、直々に事務所に来るという――と言うか、連絡はしてあるからすぐ来るようである。

「お奉行が到着しました!」
 ドスの利いた声が響く。
 瞬間、大袈裟な音を立てて重厚な扉が開く。
「みお! 大丈夫か!?」
 現れたのはフェリーンの美人さんと、後に続く警官だった。
「貴方が那古市一、いや、この南朝で有数の術士なのは分かるけれど、無茶はしちゃダメでしょ!?
 部下のためと言うのは分かるけど、無理をしたら許さないからね! 貴方は私のお嫁さんになる人なんだから!」
 制服をビシッと着たその女は早口で捲し立てた。
「お、お奉行……」
 声を詰まらせる組員、お付きの警官は押し黙っている。
「なによ!?」
 声を掛けた幹部は、私が記憶喪失だと伝えた。
「そ、そうなの!? じゃぁ、私と結婚の約束してたのも覚えてないの!? ねぇ、明日から撞木町の屋敷で一緒に暮らすとかいうのも忘れてるの? まぁいいわ、それはそれでいいから、一緒に行きましょう!?」
 ハイテンションで続けようとするのを、私のとこの幹部が止めた。
「そんな約束してないでしょう。
 それに、那古市も南朝も同性婚はありません」
「うるさいわね!」
 奉行の一喝で幹部は引いた。
「それで、貴方はどなた?」
 私が訊ねると、「みお! そんなことも忘れたの? 永遠の愛を語り合った私と言う人を!」と勝手に盛り上がる。
「そういうのいいから……」
 私が呆れていると幹部の一人が耳打ちしてきた。

 相手の女は里中詩子で那古市の町奉行だ。我々の世界で言うならば、警察本部長と言った所か。
 そんな立場の人間が、ヤクザの親分に会いに行くって、常識的にヤバイだろと思ったのだけど――ここはテラの極東の地、マッポーを極めているか。
「これからライン生命の事務所に行きましょう! あそこなら女同士でも子供が作れるでしょう!」
 里中は暴走気味だった。

 私は横の幹部に尋ねる。
「前からこうなの? 私はどうしてた?」
「最初からこのようなお方です。塩対応でよろしいかと」

「元気な顔を見たら、もう十分でしょ? こっちもこっちで大変なのよ」
 私がそう言うと、里中はハッとして、そして声色を低くして一言添える。
「お願いだから、こっちの邪魔はしないでね。国士会は私が潰すから」
 そこまで言うと、「お大事にね。記憶が戻るのを祈っているわ」と優しい声色を去り際のセリフにして、扉を開けて去っていった。

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