チート転生したけど転生先はテラだった3

 朝、何に邪魔されることなく目が覚めた。
 かつてないほどの気持ちの良い起床だ。
 スマホに手が伸び、時間を見る。
「ヤバイ! 遅刻する!」
 一瞬、最悪な光景が頭を過ったが、次の瞬間「何か焦るようなことかな?」と正気に戻った。
 よくよく考えれば、自分は転生した身であると思い出す。けれどなんとなく、それも嘘のような気持ちにもなる。
 シャワーを浴び、メイクをして身支度をする。

 鏡に映る私の姿は見慣れているような気もするし、全く新鮮なものにも映る。
「私、こんなにも可愛いのか」
 ふと口にしたけど、冷静に考えると恥ずかしい。なんでこんなことを口走ったのだろう?

 部屋住みの子たちと一緒に朝ご飯を食べて、少しばかり雑談を楽しむ。
 具体的に何がどうと言う事もない。
 ご飯が美味しいとか、新しい服を買ったとか、今日はメイクの載りがいいとか……そんな程度の話だ。
 あれ? 自分って記憶喪失だったような?

 何となく引っかかる気持ちを感じつつ、若頭代理のエーギルの到着を待つ。
「みおちゃん変わったね」
 ヴァルポの子が笑う。

 若頭代理が迎えに来ると、「元気そうでなにより」と微笑んだ。
 念のために大きな病院に行くという。
 流石にヤクザの力が行使されるだけあって、検査は上げ膳据え膳で次々に進んでいく。
 最後の問診で、エラそうなお医者さんに「特に悪い所はありませんね」と、困った顔をされた。
 曰く、今日にも記憶が戻るかもしれないし、永遠に戻らないかもしれないと言う。なんとでも言える予言を賜ったものだ。

 それからおあつらえ向きの採石場へと向かう。
「会長のことを疑っていませんが、従来通りアーツが使えるか見極めさせて貰います」
 アーツユニットを握るだけで半径五十メートル以内の情報はいとも容易く手に入る。一点集中すれば、もっと遠くの情報操作もできそうだ。
 光を一点に集中させる。
 何を労すると言う事もない。ちょっと意識を向けるだけだ。
 杖の先から紫色のレーザーのような強力な光線が伸びる――その瞬間には遠くにある石の壁が木っ端微塵になった。

 若頭代理は「ほぅ」と言って、「これも出来ますか?」と一握りのコインを空に放り投げた。
 意図はすぐに理解した。
 "計算"は自分の外側の何かがやってくれるような気がした。
 大まかにコインの中心を射貫くイメージをすれば、私のアーツユニットはその通りに幾筋もの光を飛ばし、全てのコインの正鵠を射貫いていた。

「予想以上です」
 彼は再び微笑むと「以前より上手くありませんか?」と言うのだった。
「もういちど初めからやりましょう。ヤクザとしての所作と考えを」
 そう言って、彼は私を様々な場所へと連れて行く。
 今日は何処何処の事務所、明日は何処何処の会社。
 声を荒げるべき場所。機嫌良くしているだけで上手く進む場面。"ならず者"の中にある不文律や、空気感。
 私は自分で言うのもどうかと思うが、真綿のように吸収していく。
 部屋住みの子達は、私の変化を歓迎した。
 私の父親が願ったのとは違う形で、私の成長を喜んでいる。
 彼女達の親は、組のために殉じた構成員だ。先代はその責任を負っていたのだ。

「みおは本当に記憶喪失なのだろうか?」
 天鳳会を評価していた分析官は、会長は影武者の可能性が高いと判断していた。
 問題は、あんなにも"似ている"人間をいつまでも隠せていただろうか?
 そして私が接触したあの感覚は、間違いなくみおだったのだ。
「自分で自分が信じられなくなる時があるよ」
 部下に笑うと「お奉行、それはここだけにしてください」と釘を刺される。

 みお、どうなってしまったんだ? 変わってしまったのか?
 あの自信も力強さもない彼女。
 天下無比のアーツを扱う彼女――それをいつまでも嫌がっていた彼女。
 会長という重責に耐えきれない彼女。

 みおが襲撃で倒れたという一方に私は動揺した。
 友人が倒れたという意味でも、これで彼女が少しでも楽になるだろうと思った意味でも、そういう事を考える自分にも。
 だけど、その日の夕方には彼女の顔を拝めたし、平気な顔をしている事に安心できた。
 安心なのだろうか?
 もやもやした気持ちは、追ってもたらされる情報で更に深まる。
 みお。愛おしいみお。
 彼女は今でも友達と言えるだろうか?
 彼女から連絡が入らない。そして、私からも入れる勇気がない。
 この街の治安を守っている身として情けない。

 鑑識の情報にも目を通す。
 みおが倒れたあの現場はすぐに調査が入った。
 源石は検出されなかった。そればかりかアーツを使っただろう痕跡もないと言う。
 幾つもの監視カメラを検証して、現場の様子を探る――屋外での映像しかないが、部屋がオレンジ色の炎に包まれるのが分かる。
 外からアーツが打ち込まれた様子はないし、建物にいたのは天鳳会と国士会の構成員だけだ。そして、みおを除くと部屋にいた全員が死亡している。
 建物から逃げた人間や、死亡した人間に術士はいないし、それらしいアーツユニットの残骸もない。
 何か証拠らしいものと言えば、源石を使わない何かの"回路"である。
 私の知る限り、源石を使わない電子回路なんて存在しない。
 だが、"普通の痕跡"が微塵もないのだ。

 私は藁にもすがる思いでみおに連絡していた。
「みお、元気? 私のお嫁さんになる覚悟できた?」
 私の言葉に、「貴方がお嫁さんでもいいのよ?」と返ってくる。
 かつてのみおでは絶対にない返事だ。
「ところでさ……アーツも源石も使わないで爆発って起こせる?」
 彼女は術士だ。その術士にアーツを使わない方法を訊ねるのが間違っている。
 彼女は躊躇いもせず「火薬とか?」と言う。
 火薬とは何だろうか? 彼女は「火を付けると爆発する? よく分からない」と言うのだ。
「分からない話しないでよぉ」
 私が戯けると「分からないのはお互い様でしょ」と笑った。
 ヤクザの修行を再開したと聞いていたので、「少しはドスの利いた声が出るようになった?」と言うと「お嫁さんがそんな声出すの聞きたいの?」なんて言われる。
 全く拍子抜けだった。
 あのおどおどした彼女は陰も形もない。
 でも、これはこれとして愛すべき人物だった。

 "火薬"の情報は最高機密にした。
 そんな言葉も物質も、鑑識が知ることはない。政府の中央研究所に聞けば少しは情報があるだろうか?
 慎重に情報を照会している間にも、様々な事件が起こる。
 奉行所はヤクザの相手をしていればいいと言うものでもない。
 チンケな窃盗や喧嘩、刃傷沙汰、殺人。事件のない日はない。
 詐欺グループ、強盗団、そして北朝の差し金。
 間諜を潜り混ませ、組織解体の糸口を見つける。

 北朝や海外の勢力に対抗する機関は多数ある。
 中央の町奉行、近衛府、朝廷の外交府、地方の守護人奉行、そして我々のような町奉行――それぞれがそれぞれの政治的バランスで動いている。
 勿論、那古市町奉行としては朝廷に従っているし、情報は各機関と共有している。
 しかし、一番きな臭いのは国士会とそのバックだ。
 何かしら怪しい動きをしているのは間違いない。

 国士会は元からそういうヤクザではなかった。
 三年前、ある親子が急にのし上がってきた。
 次期会長を狙う立場にあり、それ故、対天鳳会の急先鋒である那古市の事務所を任されるようになった。
 あまりにも急な話で情報は多くない。息子が特別なアーツを使えると言うのが理由と言うが、詳細は分からない。ただ、政敵を殺しまくったらしい事は間違いない。
 それで勢力図が一気に変わったのだ。
 何せ、潜入していた間諜や忍者まで殺されたのだからただ事ではない。

 そして、今日も一人の部下が殉職した。
 何か大きな情報を掴んでいた。
 守護人奉行の内部にも腐敗があると言うレポートを受け取った矢先である。
 彼が斃れた場所は分かっていた。
 弔うためには徹底して情報を拾わなければならない――鑑識が言うには、アーツでも源石でもない爆発が起こったと言う事である。
 "火薬"か……火薬とは何であろうか。そしてそれは誰が作っているのだろうか?
 問題の"息子"が? 慎重に考える必要がある。

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