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西尾維新&岩崎優次『暗号学園のいろは 1』雑感

「これから三年間諸君には暗号を解いて解いて解きまくってもらう。内憂外患の企みを銃後から暴け!」
「YES,MA'AM!!」

(第一号『第四次世界大戦は紙と鉛筆でおこなわれる』より)


前置き


 昨年(2022年)11月に週刊少年ジャンプで連載が開始された、西尾維新さん(原作)と岩崎優次さん(作画)による漫画作品──その単行本第1巻。
 デビューから20年で100冊をゆうに超える小説を世に出し続けている西尾維新さんではあるけれど、その陰で漫画原作者としても精力的に活動しており、読切、連載を合わせて結構な数のタイトルを発表している(大暮維人さんの『化物語』のような、原作小説のコミカライズとはまた別に。コミカライズ作品も沢山あるのが怖いところだが)。
 その中で、岩崎優次さんとの共作は、『少年法のコロ』『くずかごマウンテン』『見え見えのオミット』『まとはずれQ道部』の4作品(2017〜2020年)。いずれも読切作品で、『くずかごマウンテン』は少年ジャンプ+、他は少年ジャンプGIGAにて掲載された。その内短編集として単行本化されないかなと自分としては密かに願っていたのだけど、まさかそれを上回るサプライズが飛び込んでくるとは……。

 私は子供の頃から少年ジャンプの読者ではなかったのだけども(そういう漫画雑誌が存在すること自体知らなかった)、書店でたまたま単行本を手に取った『めだかボックス』によって人生を劇的に彩られた読書体験があるため、それ故に西尾維新さんの二度目となる少年ジャンプでの連載というのは個人的にも大ニュースなのであった。
(そう言えば『デリバリールーム』や『240Q』で伏線を張ってはいたな、とも)
 美麗作画を務める岩崎優次さんは、過去にアシスタントとして少年ジャンプの連載作品に関わっていたらしく、それから本人名義での連載およびコミック書籍化は初のようである。

 まあ、そのような前置きはこのくらいにして、以下、各話の感想を書いていきます。
(もしも作品に触れていないにもかかわらず何かの手違いで迷い込んでこの文章をお読みになられている方がいらっしゃるのであれば、『総括または余談』まで読み飛ばしてくださいませ)

第一号『第四次世界大戦は紙と鉛筆でおこなわれる』


 記念すべき第一話ということで、人生で初めて漫画雑誌を電子書籍で購読するなど(紙でなら読切作品目当てに何度か)。

 主人公・いろは坂いろは(表紙の子)がとある理由で入学した新設高校、その名も暗号学園は、来るべき大戦に備えて暗号解読部隊となる少女達を養成する軍人学校だった。
 入学早々、ハードなカリキュラムを前にへとへとになるいろは──図書室で初日の課題であるクロスワードパズル(難易度★★☆☆☆)に苦心していたところ、白衣姿の謎の少女・洞ヶ峠凍ほらがとうげ こごえ)が、目の前に駆けつけてくる。
「かっ…匿って!」
 更に彼女を追って現れた、いろはのクラスメイトである3人組。その中心的存在と見られる悪役令嬢こと東洲斎享楽とうしゅうさい きょら)は、いろはにこう訊ねる。
「で、どうして暗号学園に男子がいるの?」


 導入部分のあらすじはこんなところで。
 ……驚愕の性別トリックはさておき、パッと触れて抱いた印象としては、原作者が得意とする分野を存分に活かした世界観を持ってきたなと思ったのであった。
 暗号。更に言えば、言葉を駆使した謎解き。

 同じ西尾維新さんの作品で言えば、物語シリーズや忘却探偵シリーズ、それから本作と同じ漫画媒体である『めだかボックス』などで暗号が登場している。
 中でも『めだかボックス』の『漆黒の花嫁衣裳』編でめだかちゃんが南極に遺したそれは、子供心に非常に感銘を受けたのを覚えている。日本語でそんなことができるのか、と。

 漫画で、それも週刊誌でこういったものを題材とすることに賛否が分かれる点は否めない──誌内に漫画がある中で、わざわざ本作の暗号解読に時間を割いてくれる読者がどれだけいるのか、なんて意見を目にしたのも覚えている(全作品に目を通す読者なんて少数派もいいところだろう。恐らく)。
 となると重要なのは、時間を割かない読者にも、何らかのものが「伝わる」つくりになっているかどうかであり──本話の謎に関しては、そういった読者にもわかりやすく凄味を感じられるというか、驚きを与えられるものになっていたんじゃないかなと、少なくとも私は思った(凄いこと自体は言うまでもなく)。
 暗号文そのものを無視しても、「この中の誰を示す暗号文なのか」という質問への答え自体に、シンプルな意外性があるのもいい。
 解読の過程もまた見どころで、スマートグラス──凍がいろはに手渡したアイテム──を利用した演出により、暗号解読が漫画という媒体に落とし込まれている。
 それこそ、とてもあざやかに。

『解(アイシー)凍(コールド)編(リーディング)!』
解凍と解答(編)、icy cold readingとI see code readingのダブルミーニングになっているみたい。
 凍のアイテムだから解凍でicyとcold、それから、彼女の名前を含めて、武力を介さない戦争を意味する「冷戦」と掛かっているのかなと思う──戦わずして戦争に勝つのが戦略(ゆめ)だと語る彼女であるが。
 あとは、凍(こごえ)だから口癖が「大きな声じゃ言えないがね」。

 そんな彼女を匿ったお礼として、グラスを受け取ったいろは。本話での彼は、終始学園や人物に翻弄されっぱなし、怖い目に遭わされっぱなしで、どちらかと言えば気弱で小動物めいた印象を受ける。しかし、自らの信念に基づいて凍を東洲斎さんから庇ったり、東洲斎さんの脅迫じみた頼みごとを突っぱねたりと、要所で芯の強さを見せている。
 そういった彼の二面性が、2つの顔として、ビジュアルにも表れており、非常に魅力的(平常時と、眼鏡をかけて暗号に挑んでいるとき)。かわいくもあり、かっこよくもあるのだ。

 ……さて。暗号そのものの難度もさることながら、彼をとりまく環境、人物相関図もまた恐ろしくハードで(唯一、教官がいい人そうなのが救いか)、果たして彼は生き延びることができるのか……といったところで、次話へ続く。

 幕間には単行本書き下ろしのおまけ漫画『裸眼!享楽教室』が収録。
 東洲斎さんが先生役となり、一話ごとに作中の暗号を丁寧に解説してくれている。
 恐ろしい目付きとは裏腹に、非常に親切な悪役令嬢である……。
 ちなみに私はカバー下から先に読みました(のちに電子版でも購読したところ、そちらでの収録は一番最後だった)
「さあ! これであなたも都道府県!」


第二号『腹が減っては暗号ができぬ』


 食堂で凍とばったり再会したいろは。2人で腰を据えて話をするために、いろはは放課後に再び、凍がいるという「とある場所」へと足を運ぶ──彼女から出題された暗号をもとに。

 前話でのいろはの暗号解読は、凍から貰ったアイテムの力で──言うならばズルをして解いただけなんじゃないかといった疑問に対する解答だったり。
 学園の設立背景だったり、各人物の目的・動機だったり。
 凍から、いろはへの勧誘──いろはの当面の目標の提示だったり。
 そんなあれこれを始めとした様々な情報が開示される第二話。

 ここで一度、いろはのクラスメイトが一斉に顔見せを果たした。……15人全員、名前も台詞もキャラデザも、何もかもが個性の塊だ……。
 特に名前に関しては、私が初めて触れた西尾維新作品である『めだかボックス』で、第一話早々に現れた不知火半袖なる人名に驚愕した思い出があるのだけど、本作は『めだかボックス』はおろか歴代の西尾作品でもトップクラスに尖っていると言っていい。
 その極みと言えるのが真蟲犇蝌蚪まむしひしめき おたまじゃくし)だろう。字面から語感まで隙がなく、最強である。

 それから本話でもうひとつインパクトが強かったのは、ラスト2ページの悪役令嬢一味のパート。
 戦争を減らすという夢を語り、いろはに対しても親身に接していた、良い奴っぽい凍が、助けてはいけなかったようなとんでもない奴として映り、逆に凍を追い回し、いろはを追い詰めた悪者と思われた東洲斎さん達が一転してダークヒーローの如く映るのだからたまらない。
 相変わらず裏表というか、ものの見方をひっくり返してみせるのがとてもあざやかな原作者である。

 まあしかし、凍の真意はともあれ、本話のやりとりを見る限り、いろはと凍はかなり性格面の相性が良さそうである。魅力的なバディになるんじゃないかなと、そう思わせてくれる。
 ……ふと、ここまでの各キャラに対する印象としては、いろは坂いろはという主人公が西尾維新作品の登場人物としては中々に異色であるように感じられた。ひねくれたところがなく素直で、シンプルにかわいくてかっこいいキャラクター。
 気さくで親しみやすそうな人柄でありながら、ギラギラしていて真意が底知れない凍や、登場するだけで全てを引き込む存在感を放つ、パワータイプ(?)の東洲斎さんなどは、西尾作品らしいなと思うけれども。


第三号『解読は踊る、されど進まず』


 凍との対話を終えたいろはの前に、東洲斎享楽と行動を共にしていた徐綿菓子おもむろ ゆかこ)と夕方多夕ゆうがた たゆう)が立ちはだかる。
 いろはの眼鏡を怪しんでいた彼女達──綿菓子はいろはに、暗号バトルか、ダンスバトルかを持ち掛けるが……?

 伝説のダンス回。究極の6コマが炸裂。
 いろはのかわいさがとどまるところを知らない……。

 ……結局ダンスの後に暗号も出てくるのだけど、本話の重要なポイントとしては、第三話にして初めて、暗号を引きに持ってきたことだろう。
 第一話、第二話と、これまではその話の中で解読が行われていたのに対し、今回は明確に次週へ持ち越し──週刊連載としては、読者に挑む、挑ませる形式でもあると言える。
 なお、難易度は第一話を上回る★★★★★。解けた読者、あるいは解こうとした読者はいるのかと思ったけれども、いたらしい(ネットの各所にて)。数日かけて解いたりもしていたらしい。さながらプロの暗号兵である。敬服。
(私は扉絵の『踊る人形』の解読で精一杯だったが……)

 物語の展開としては、眼鏡を巡って、それから凍を守るために、賭けとなる暗号バトルに挑んだいろはであるが、その眼鏡──頼みの綱であるスマートグラスがバッテリー切れで使えなくなるという、現状想定し得る最大の窮地を早くもここで切ってきた感じである。

 画面越しにいろはの勇姿を眺めて萌えている凍はいいキャラをしている。

 ここまでは少年ジャンプ+にて無料公開中。


第四号『解いて暗号の緒を締めよ』


 徐綿菓子との暗号バトルの最中、バッテリー切れを起こし、眼鏡兵器に頼れなくなったいろはは、その眼鏡を担保として、体育館を駆け出し……?

 解凍編(アイシーコールドリーディング)を封じられたことで──机の前で、紙を開き、ペンを持ち……アナログで暗号に向き合うことで、逆接的に、暗号解読の楽しさに目覚め始める。熱い展開なのだが、ラストの凍の物言いが若干の不穏さを孕んでいる。

 本話で(更に言えばこの巻全体で)一番笑えたのは、何といってもいろはの満面の笑みと共に繰り出される引き分け発言である。
 こういうかわいいだけでないしたたかな面を覗かせてくると、途端に西尾維新作品のキャラだなと思えてくる。
 その図太さは天然か、あるいは彼なりの処世術か。

 そんないろはに怒りを見せる徐綿菓子さんの、不憫な常識人感。……不憫と言うには彼女は彼女でダンスバトルを白紙にしているし、常識人と言うには眼鏡の強奪を提言して悪役令嬢に嗜められているのだが。
 一方で怒りではなく笑いが堪えきれないたゆたんこと夕方多夕さん。直後に醸し出す強キャラ感。西尾作品ではリーダー格より部下ポジションの方が能力面で秀でているといったケースはよくあるので、ひょっとすると三人組の中でも一番の実力者なのかもしれないなとも。


第五号『暗号同舟』


 暗号学園が開校して一ヶ月を迎えた。
 いろは達が所属する1年A組の担当教官である肉枝搾にくえだ しぼり)は、学級兵長の選抜試験の開催を宣言。さっそく難易度★★★☆☆の暗号『席替えテトロミノ』を出題し……?

 ここにきていろは、東洲斎一味以外のクラスメイトに焦点が当たり始める。
海燕寸暇うみつばめ すんか)、おぼろそぼろ濃姫家雪のうひめ いえすの)、雁金嚇音かりがね かくね)、牡丹山春霧ぼたやま はるきり)、そして絣縁沙かすり えんさ)。
 暗号の解読と並行して各キャラの紹介と掘り下げがスムーズに行われ、読んでいてとても楽しい回である。
 全員まとめて「強烈な個性の塊」といった第一印象だった彼女達が、これからどのように、人間として解体されていくのか。

 兵長選抜の相棒として、いろはを指名する東洲斎さん。その意図とは。

 この回から『凍博士のワンポイントレッスン』が始まる。少年ジャンプの欄外を利用して凍が作中解説を行うという、恐るべきキャラクターコメンタリー(必然的に文字が小さくならざるを得ないけれど、大きな声じゃ言えないのなら仕方ない)。
 単行本ではこれに加えて『裸眼!享楽教室』が収録されているため、使える余白は全部使うと言わんばかりのとんでもない情報密度となっている。


第六号『暗号兵は拙速を尊ぶ』


 『席替えテトロミノ』を終え、兵長選抜試験を共に戦うパートナーを選び終えた1年A組の生徒達。
 試験はここからが本番、次なる暗号はジグソーパズルを用いた『頭脳破壊の四重奏』カステット・カルテット)。いろはの機転により唯一の三人組となったチームいろは坂は、それゆえに難度の高い条件を強いられ……?

 前話今話と、いろはと東洲斎さんの掛け合いがかつての緊張感に満ちたものから一転してコミカルな感じに変化している。
 悪役令嬢一味は第一話の時点ではとても怖い人達だったけれど、今や3人共に面白い人達でもある(単行本だと『裸眼!享楽教室』の時点で令嬢は既に陥落?しているが)。
 話を重ねるに連れて登場人物が第一印象から離れた新鮮な一面を見せ始め、愛着が湧いてくる。それが物語の醍醐味であることは、私が西尾維新作品から学んだことである。

「大丈夫、絶対なんとかするから! 東洲斎さんが!」
「私がかい」
 ……このコンビの既視感は、美少年シリーズの瞳島眉美と袋井満のそれだろうか(男女逆だが……そういや不良も悪役令嬢も、肩書きに反して授業態度が良いという共通点があった)。
 東洲斎さん相手に下手に出ているようで火に油を注いだりしているいろはがある意味では一番面白いかもしれない。本当に活き活きしてきたな。

 それから、チームいろは坂の3人目・絣縁沙
かなり自己主張が強い本作の登場人物の中でも一際おとなしく控えめな性格でありつつ、学級兵長に向いていないからという理由でテトロミノを解いていない振りをしていたのだと言う、別の意味で強固な自己を持っている少女。
 パートナー選びの件から、いろはに絆されたのかもしれないし、(紹介文にある口癖からして)まだ別の真意を隠し持っているのかもしれない。
 これから準主役級のキャラになっていくのかな。

三腕樹懶の絶句働きスリー・スロース・スターター
 ミユビナマケモノ(Three-toed sloth)+スロースターター(slow starter)+怠け者の節句働き、だろうか。

 第三話に引き続いての、暗号出題による引きとなる。
(しかしこれ、次話の解答を見た後だと、紙媒体をすごく上手く利用した問題になっていたのだなと)


第七号『最後に解く者が最もよく解く』


絣縁沙の驚異的な俊敏性により、混合ジグソーを真っ先に完成させたチームいろは坂──彼らの前に浮かび上がるは三種類の暗号文。
 そんな彼らに対抗すべく、朧そぼろが取り出したのは、かつて凍がいろはに手渡した眼鏡兵器と同種のアイテムだった。更にアイテムを所持しているのは、他の生徒達も同じであるようで……?

 クラスで唯一の男子生徒であるいろはの特別性を冒頭から否定しつつ、しかし最後にいろはの持つクラスで随一の才能を提示する構成が見事。
 正解に対する嗅覚。
 ……いろは歌の「色は“匂えど”」に由来しているみたい。

 そして、そういった資質とはまた別の気質として、クラスのはみ出し者を自分のチームに勧誘したり、それが必須と見れば即断で競争相手に協力を要請したりと、いろはのそんな姿勢こそが、まさに彼がクラスのみんなの前で宣言した、全ての戦争を停めるその第一歩になるのかもしれない。

 ……少年漫画の主人公に欠かせない、夢や目標・目的。
 『めだかボックス』の主人公・黒神めだかは「見知らぬ他人の役に立つ」「全ての人間を幸せにする」というのが、当初の夢であり、目的だった。
 一方で、いろはが誓った戦略ゆめ)は、彼女のそれに並ぶほど真っ直ぐで、大規模で、難易度★★★★★では済まないほどの大言壮語に思えるものなのだが、果たして……?


総括または余談


 同じ西尾維新さん原作の『めだかボックス』は、『箱庭辞典』によると、連載一年はおとなしくするという戦略をもって始まったそうなのだが(一年を経て登場したのが球磨川禊)、対してこの『暗号学園のいろは』は『めだか』と比較しても、序盤からフルスロットルであるように感じられる。
 第1巻に収録されている計7話の中で、登場した暗号は全9問。引っ張らずにすぐに解答されるような小問から、話を跨いで解答されるような、大掛かりな仕掛けが施されたものまで、種類は様々。……週刊連載で、このペースで出せるとは到底思えないようなクオリティである。
 まあでも、あの原作者なら、実績が実績だけに、少なくとも『めだかボックス』くらいまでの巻数なら、このペースで走り切ってもおかしくはないのではないかといった、信頼というより畏敬の念に近い感情が私の中にあるのも否めない(やはりと言うべきか、暗号制作における監修?の人なんかも特にいないみたい)。
 勿論、こうしたバラエティ溢れる数々の暗号をとてもあざやかにビジュアル化する岩崎優次さんら作画担当の素晴らしさに関しても触れておきたい。……画への感想を述べる語彙または感性が足りないがために、具体的な絶賛ができないのがとても悔しい。

 ところで、本作に対する感想の中には、近いうちに『めだかボックス』のようにバトル展開(頭脳戦ではなく、肉体や異能を交えた方のバトル)に移行していくのではないかといった予想が少なからず見受けられた。
 たしかに(塹壕学園あたりで?)バトルが始まってもおかしくはない世界観ではあるのだが、個人的にはそうはならないんじゃないかなと思う。
 その根拠として挙げたいのが、第一話におけるいろは坂いろはと洞ヶ峠凍の問答──どうしてこの学校に来たのかといったいろはの問いに対する凍の答である。

「俺はね、大きな声じゃ言えないがね。暴力をふるわなくてもヒーローになれるから、だぜ」

「前線で武器を使うことだけじゃなくて、銃後で頭を使うことも戦争だ。力が強くなくても、暗号に強けりゃ仲間や家族を守れたりする。(略)だからこそ戦うことなく戦争に勝つことが、俺の戦略(ゆめ)なのさ

 凍の戦略(ゆめ)については、次話で更に具体的に語られるのだが、個人的には、彼女のこれらの言葉こそが、本作の肝であるように感じられるのだ。
 つまり、本作は暴力をふるわないヒーローを描く物語になるのではないだろうか、と。
 実際に、凍の言葉を受けたいろはに関しても、同話で「ボクは人数や暴力で脅しをかけてくる奴とは、友達にはならない」と、クラスメイトからの「お願い」を突っぱねているし、第4話では、彼は極限まで追い込まれてなお、暴力に訴えるといった手段を選ばない人間として描かれている。

 だから、本作が戦争といったテーマをどのような角度で描くのかにもよるけれど、少なくともいろはや凍のような暗号学園の生徒達が、暗号を介さないバトルに参加するような展開にはならないんじゃないかと思う。
(補足として『めだかボックス』が日常コメディからバトルものになった物語上での経緯について言及するならば、主人公・黒神めだかは高い戦闘能力を有しつつも暴力を嫌う性格であるのだが、とある先輩に諭されたことで、大切な者──彼女にとってそれは、「見知らぬ他人」を意味する──を守るためにその力を奮うようになる、といったいきさつがあった。まあその前から暴走してはいるのだけど)

 とにかく、『めだかボックス』が週刊少年ジャンプだからバトル展開に移行した作品であるならば、『暗号学園のいろは』は週刊少年ジャンプだからこそバトルしない作品になるのではないかなと私は思う。
(私は週刊少年ジャンプの読者ではないので、こういった物言いをするのはそれこそ大きな声じゃ言えないが)
 あとあと、「西尾維新作品だからバトル化する」みたいにもいわれているけれども、めだかボックスと戯言シリーズの2例だけで全てがそうなるみたいな言い方はちょっと違うと思うな……。

 最後に言っておきたいこととしては──多くの人が言っていることでもあるが──本作は主題である暗号を抜きにしても、非常に面白い漫画作品であるということ。
(これは、物語を通して暗号解読の楽しさに目覚めつつあるいろはに対して水を差すような発言になるかもしれないが……)
暗号は易しくなくても漫画としては優しいと言うべきか、プロの暗号兵の方々(精鋭読者陣のこと)でなくとも、間違いなく楽しめるつくりになっている。
 かわいくてかっこいい登場人物がいて(男子はほぼいないが──ちなみに恋愛ものにはならないと思う)、奇天烈でありながらも確かな熱いハートやストーリーがある。文字を始めとした情報量は多いけれども、ちゃんと読みやすい。

 ……もっとも、自分は原作者の作品なら基本的に何でも面白いと感じる人間なので、それこそ色眼鏡抜きに作品を評価することは不可能に近いけれども……、当時中学一年生くらいの私が書店でたまたま手に取った『めだかボックス』によって人生を劇的に彩られたように、この『暗号学園のいろは』という作品にも、それだけのパワーが秘められているように感じられるのである。


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