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#18 終われない恋

私は奥さんのいる人とお付き合いをしている。中山さんは職場の上司。週末は奥さんと一緒だと分かっているから私からは連絡を控えているし、彼もまた私には連絡してこない。

でも彼と会えない週末の寂しさを抱えきれなくなった私は土曜日の夜にラインにメッセージを送ってしまった。

「会いたいです」

すぐに削除しようかと迷ったけど、いつも当たり前のように奥さんのところに帰っていく中山さんをずるいと思ってしまった自分が消せなくて、心のどこかで中山さんと奥さんの関係なんて壊れればいいと思っているのかもしれない。

嫌われるのが怖くてずっと我慢してきた。奥さんに気づかれたら私は捨てられるんじゃないかと。こんなことして嫌われるかもしれないという不安も押し寄せたけど、どこかもう疲れていて、終わるなら終わったほうがいいのかという諦めのような気持ちもわずかに生まれている。だからメッセージは削除しなかった。既読がついてから私はスマホをじっと見つめ続けた。中山さんからの返信を中山さんからの電話を涙とともに待ち続けた。

会いたいときに会えない、声が聞きたいときに聞けない。普通の恋人たちが求めるたくさんのことが私には手に入らない。そんなことは彼の手を取ったときから覚悟してたけど心はもう限界かもしれない。

少しも鳴らないスマホを抱きしめながら浅い眠りを繰り返す。土曜日と日曜日がとても苦しい曜日になったのはいつからだろうか。中山さんと付き合う前は友達と楽しく出かけたりしてたのに。中山さんに片思いだったときは彼と一緒に過ごす週末をなんとなく夢みるだけで幸せを感じれたのに。

スマホが震え、着信音が聞こえたのは日曜日の朝9時だった。

一気に目が覚め画面を開くとメッセージは中山さんからだった。

「大丈夫? 何かあった? 明日時間取ろうか?」

明日・・・月曜日。

中山さんから返信が来たうれしさと同時にその言葉にショックを受ける。

今日、やっぱり会ってくれないんだよね。分かっていたけど心が傷ついた。返信を打つことができない。「今すぐ会いに来て」と打ってしまいそうな気持ちを必死で堪える。寂しさと悔しさでもうよく分からない。私はこんなに中山さんが好きなのに、どうしていつも中山さんは落ち着いてるの? 少しは私を思って苦しい時間を過ごしてよ。そんな不満が体中に渦巻いた。

いつの間にこんなに不満だらけになってしまったんだろう。彼の時間をもっと自分のものにしたいと思う気持ちをコントロールできない。自分だけを見てほしいという気持ちが加速して、相手に求めるばかりのとても嫌な人間になっていく。恋ってもっと幸せなものだったはずなのに。誰かを好きになるってもっと温かくて優しい気持ちになれるはずなのに、こんな醜い自分は欲しくなかった。

泣きすぎて心が枯れそうだ。

既読をつけたまま返信ができずにじっとしていると、電話がかかってきた。すごく驚いて慌てて受信ボタンを押す。誰も周りに人はいないのに誰かにこの着信音が聞かれたらまずいと反射的に思ってしまった。

「結城さん。どうしたの? 今、外に出てるから大丈夫だよ」

中山さんのいつも通りの優しい声。私はこんなに心がめちゃくちゃになっているのに中山さんは何も変わらない。失うのは私ばかりなの? 何も考えたくなくてただ心の声をそのまま漏らした。

「会えない土日が苦しい・・・」

静かな沈黙が流れた。少しして中山さんは言った。

「うん、ごめん」

電話の向こうから中山さんの戸惑いが伝わってくる。もう終わってしまうかもしれない。不倫にはきっと破ってはいけないルールがいくつかあるんだと思う。それを私は今、1つ破ってしまった。怖くて唇が震えるのを感じたけど、このまま終われるならそれもいいのかもしれないと疲れ切った心が囁いている。もしできることなら終わりにしたい。

なのに中山さんはこう言ったんだ。

「次の土曜、時間とるよ。結城さんの誕生日だから」

つらさとうれしさで涙がまた溢れた。


1615文字

#短編小説 #連載小説 #中山さん #誕生日 #週末 #着信

中山さんはシリーズ化しています。マガジンに整理しているのでよかったら読んでみてください。同じトップ画像で投稿されています。

続きはこちらです。

第1作目はこちらです。ここからずっと2話、3話へと続くようなリンクを貼りました。それぞれ超短編としても楽しんでいただける気もしますが、よかったら「中山さん」と「さやか」の恋を追ってみてください。

『中山さん』シリーズ以外にもいろいろ書いています。よかったら覗いてみてください。



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