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#34 瞳の奥を

中山さんは静かにそっと私を抱きしめてくれ、しばらくの間、髪を、頰を優しく撫でてくれた。それから彼はシャワーへと向かった。

大好きな中山さんとつながる夢のような時間を過ごして満たされた気持ちがあふれてきたけど、ベッドを離れた彼の後ろ姿が静かすぎて私はまた少し不安になった。細くて、でも引き締まった美しい背中を目で追いながら、透明の壁の向こう側の彼の動きを見つめる。

でも見つめているのが少し恥ずかしくなって彼から目を離し、シーツに体を沈め、目を閉じる。私の心に浮かぶものは中山さんの優しい息づかいと柔らかな動き。そして同時に彼の奥さんの姿が見える。彼女の幻影が私から消えない。これは奥さんのいる中山さんを愛した罰。中山さんもきっと奥さんを思い出しながら私を抱いたんだろう。

「好き」とも「愛してる」とも言ってくれない中山さんが私をどう思っているかの本心を知りたくて、中山さんの愛が見たくて、一緒に夜を過ごした。確かに愛された余韻は体にも心にも残っている。でも言葉はもらえなかった。彼のまっすぐな瞳の奥を見つめてみても、あたたかくて優しい何かが見えただけで、それが私への愛なのかは掴めなかった。

それでもいいから、それでもいいからと、私があなたとのつながりを求めたあの日。ずっとずっと2年もの間、断ち切ろうとしながらも断ち切ることができなかった中山さんへの恋心を抑えきれずに涙で伝えてしまったあの瞬間から私たちは始まって、まさか叶うと思わなかった彼との二人の時間を手に入れた。

でも苦しさや切なさがなくなるわけじゃないと、あの時の私は気づいてなかった。それでもいいからと思ったあの瞬間の自分に教えてあげたい。決して中山さんはあなたのものにはならないのに恋心はもっとあふれると。

けれどそんな未来からの私の忠告はあの時の私の心には届かなかっただろう。ただ一心に中山さんを想う私は、彼を好きで好きでどうしようもなかった私はそのとき抱えきれなくなっていた苦しさから抜け出したいとずっと思っていた。やっと伝えられた私の気持ち、彼から差し伸べられた手を掴まずにはいられなかったんだ。

シャワーから出てきた中山さんの髪は濡れていた。中山さんに一瞬でも触れていたい切ない気持ちがあふれてきてベッドに戻った彼の腕にそっと手をかける。何か言わないと恥ずかしかったから「髪、濡れてるね」って言いながら彼の胸に顔をうずめた。


992文字

#短編小説 #連載小説 #中山さん #瞳 #髪

中山さんはシリーズ化していて、マガジンに整理しているのでよかったら読んでみてください。同じトップ画像で投稿されています。

続きはこちらです。

第1作目はこちらです。ここからずっと2話、3話へと続くようなリンクを貼りました。それぞれ超短編としても楽しんでいただける気もしますが、よかったら「中山さん」と「さやか」の恋を追ってみてください。

『中山さん』シリーズ以外にもいろいろ書いています。よかったら覗いてみてください。



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