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#25 前夜

明日、私は誕生日を迎える。誕生日に彼氏と過ごしたことはこれまでも何度もあった。そのたびに幸せな時間を手に入れてきた。

でもこんなに緊張した前日はあっただろうか。中山さんと2人で過ごす誕生日。好きで好きでどうしようもなくて、奥さんのいる中山さんの胸に飛び込んでしまった3ヶ月前。間違っていると分かっていながらも、もう彼を諦めることはできなかった。

平日の夜にレストランで会って、手を繋いで駅まで歩いて、優しいキスをして、「また明日」と別れる私たちの関係は恋人のようだけど恋人じゃない。誰かに紹介できない相手を恋人とは呼べない。だけど終わらせたくない関係なんだ。

中山さんから明日の岐阜の出張のスケジュールがラインで送られてきた。もし明日中にお客様のトラブル対応が終わらなければそのまま現地に宿泊することになるのでお泊りの用意が必要になる。

もうすでにあれこれと荷物を詰め込んだ大きめのバッグが何度も目に入る。バッグには期待も一緒に詰められている。

スマホを持ってベッドの上に座って、中山さんの文字をそっとタッチする。

乗る電車やお客様のところに何時に行くのかなど、まるで業務連絡のような内容が表示された。きちんとした中山さんらしい文章に少し笑ってしまった。

だけど最後に書いてくれていた言葉に私はドキッとした。

「状況次第では市内のホテルに泊まることになるから念のため準備しておいてね」

準備って、荷物の準備だよね。心の準備なのかな。そんなことを勝手に想像して緊張した。もしかしたら中山さんと初めてのお泊りになる。中山さんと一晩、一緒に過ごすんだ。絶対に手に入らないと思っていた中山さんとの終わらない時間。何度手を繋いでも何度キスをしても「また明日」って言わなくてもいい。次の日までずっと中山さんの腕の中で過ごせるかもしれない。

ずっと思ってた。もうキスをするだけじゃ足りないって思ってたんだ。片思いだった2年と付き合い始めてからの3ヶ月、十分過ぎるほど私の愛はふくらんでいる。中山さんにもっと触れたい。私だけを見てほしい。中山さんの愛を確かめたい。切なくて泣きながら眠った夜も何度もあるんだよ。

だけど私たちは一歩ずつ進んでいる。

誰にも応援してはもらえないけど、私たちにとっては確かな道を2人で歩いているんだ。

その道がどこにたどり着くのかは分からないけど、守り抜いてみせる。

今日は忘れて眠りたい。いつもゆらゆらと私の脳裏に現れる奥さんの影を。きっと間違ってるという気持ちをかき消せるだけのたくさんの愛を心に満たしながら、眠りたい。

目覚ましは明日の朝6時半にセットした。私が乗る岐阜行きの新幹線は1時頃だけど、それまでに美容院を予約している。少しでもきれいな自分になりたいよ。


1126文字

#短編小説 #連載小説 #中山さん #誕生日 #前夜

中山さんはシリーズ化していて、同じトップ画像で投稿しています。

前話から日があきまして、ストーリーを忘れてしまった読者さんもいらっしゃるかもしれませんが、中山さんはコアになる話が単純なので忘れても続きを読める仕様になっています。

連載のくせに登場人物が少なすぎるんじゃないかと思う小説です。正直、「中山さん」と「さやか」の2人を理解していたら読めます。一応、中山さんの妻「利香子」の存在も重要ですが、それでも3人を分かっていたら問題ないというシンプルな枠組みです。

それぞれ単体の短編としても読んでもらえるようにと毎話、簡単な状況説明が入っています。でもさすがにもう25話ですからね、前からしようと思っていたナンバリングを行いました。「中山さん」マガジンもいずれは作るつもりです。

続きはこちらです。

第1作目はこちらです。ここからずっと2話、3話へと続くようなリンクを貼りました。それぞれ超短編としても楽しんでいただける気もしますが、よかったら「中山さん」と「さやか」の恋を追ってみてください。

『中山さん』シリーズ以外にもいろいろ書いているので覗いてみてください。だいたいどれも短いです。



お気持ち嬉しいです。ありがとうございます✨