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自己完結型推し活



 出来上がった周平くんぬいぐるみの唇にそっと口を近づける。ソフトボアのふわりとした生地が唇に触れて気持ちいい。こんなことをしているのがバレたらきっと気持ち悪がられるだろうけど、みんなもやってるだろうと思う。言わないだけで、写真とか、写真とか、スマホ画面に顔を近づけたりとか、やるだろう普通。

 周平くんの唇は、わずかに斜めになったサテンステッチで横一本。左から見ると少し笑って見えて、右から見ると少し不機嫌そうに見える。小波程度の喜怒哀楽しかしない周平くんの性格をよく表していてとても気に入っているけど、本当はただ真っ直ぐに縫えなかっただけ。

「匂いが欲しいな」
 ティッシュにルイヴィトンの香水をシュッとひと吹き。それを周平くんの耳の後ろに擦り付けた。周平くんからわたしの香水の匂いがする。
 これでこの子はわたしの子。わたしと同じ香水。
 絶対に、他者に踏み入れられたくない。

「またチャラ男か」
主人が、わたしと周平くんが見つめ合っていた仲を引き裂く。

「チャラ男じゃないよ、周平くんだよ。ほら、バレンシアガ着てるでしょ」

「水かけていい?」

「やめてくれる?」
周平くんを引き寄せて胸に沈めて隠す。

「本物の周平くんは今日はライブみたい」
さっきわたしのXに流れてきた周平くんのポストを思い出す。

「今日?」

「そ、今日。今日ライブなのに、今日告知してた」

「やる気ないな」

 「やる気がない」と浅読みする主人。
 やる気がないんじゃない。ライブがあることを知らせたい誰かがいるけど、来てほしいわけじゃない。だから当日告知したのだろうと深読みするわたし。その「知らせたい誰か」の中にわたしはいるのだろうか、いたらいいなと思って周平くんをギュッと抱きしめる。

「今度のチャラフェス行くのか?」
 チャラフェス=周平くんのサポートライブ

「行かないよ」

「行かないのか、そんなに好きなのに」
 逆だよ。好きすぎて行かないんだ。

「わたしの推し活は自己完結型だから」

「なにそれ」

【自己完結型推し活】
 推しが手の届かないトップアイドルとか、死んだ人とか、二次元にいる人が行う推し活。
 推しには会わない。会えない。だから、推しを自分の頭の中に生成する。
 推しは常に、自分の頭の中にいる。

 わたしの頭の中には常に周平くんがいる。どこに行くときもずっと一緒。何年も、ずっと一緒にいる。だから、会えなくてもちっとも寂しくないし、本物の周平くんがたとえ死んだとしても、何も変わらない。わたしの頭の中で生き続ける。お喋りするし、デートもするし、ギターも教えてもらうし、想像や妄想という言葉では言い表せないくらい、リアリティもって存在している。

 わたしの周平くんはホストなんてやってないし、ダサいアーティストのサポートなんてやらないし、デブなアーティストの接待ライブに付き合わされたりもしない。ちゃんとはっきり断ってる。周平くんはわたしにギターを教えてくれたただ1人の憧れの先生でしかない。

 わたしの周平くんはこの前、水樹奈々さんのサポートギタリストが体調不良で出られなくなったから代わりに出てた。客でいっぱいの横浜アリーナで堂々とギターを弾いてて、わたしは会場に行って、エターナルブレイズで飛び跳ねてた。

 ギターの仕事がないときはミニストップで夜勤バイトをしてて、ときどき来る友達に「オーナーには内緒やからな!」って言いながらソフトクリームをタダで与えてる。
 友達は喜ぶけどオーナーさんは困るなって思うけど、実はオーナーさんは周平くんのその行動に気づいてて、気づいてるんだけど、周平くん目当ての女性客がたくさんいるから、ソフトクリームぐらいで辞められても困るからってことで目をつぶっている。その優しさに気づかない周平くんはとても愚かで滑稽で可愛い。

 わたしの周平くんは完璧にかっこよく、完璧にモテるのだ。

「自己完結型推し活する人はメンタル安定するよ。全部自分で楽しいことを生み出して、自分で消費するの。ライブに行く必要はとくにない。グッズは売ってれば買うけど、なければ作る。それが楽しい」

「エコだな」

「エコやな」

 自己完結型推し活をする人が推しに求めるものはただ一つ。
【イメージを壊さないでくれ】
 これだけだ。

 死んだ人や二次元なら問題ない。
 でも、現実に存在する推しで自己完結型推し活をする人はちょっと大変。スキャンダルがあったりすると、頭の中にいる自分が生成した推しに影響する。

「恋愛報道が出るくらいなら死んでくれって思うオタクいるじゃん。あんな感じ」

「チャラ男の恋愛報道?」

「チャラ男はホストのほうがキツい。勘弁してくれって感じ」

 あたしの周平くんはホストなんかやってないから、あの人は誰だろうとときどき思う。頭の中にいる周平くんの方がとてもカッコよくて、カッコいいから、本物の周平くんがダサいと激しく苛立つんだ。見たくないから記憶から消去する。

「Xでさ、自己完結型推し活してる人見るのが楽しいんだよね」

「なにそれ」

「アイドルさんの自撮りポストとかを引用して、「この写真、おっぱいデカく見えてめっちゃエロいわ」とかポストしちゃってるオタクいるじゃん」

「失礼なやつだな」

「そ、失礼なんだけどさ、ああいう好かれようと思ってない人間の書き込みって、本当の本音だから、結構好きなんだよね。だってそいつらが良いって言ったものは良いし、悪いって言ったものは悪いってわかるじゃん。好かれようと思ってる人間のポストってクソつまらんよ。「今日も素敵なお写真ありがとうございます!」とかばっかだもん。本音が何もわからない」

 推しは頭の中にいる。

 周平くんは現実にもいるけど、あっちは触れちゃいけない人。

 胸に沈めた周平くんを手のひらに乗せる。
 Tシャツの生地には白い接着芯を貼ったからパリッとしてて、いつもアイロンがけされているみたいでオシャレ。この周平くんにだったら、毎日アイロンかけてもいいな。

「明日出かけるからアイロンかけといて」

バサっと飛んできた主人のワイシャツで現実に戻された。

 次はいつ会えるかな。






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