見出し画像

【エッセイ】福岡旅行1日目

 「美味しいものを食べてとにかくお酒を飲みたい」男達の意見は一致した。

 私は友人と旅行をしてこなかった。それは単に仲が良い友人が居ないということではなく、仲が良い友人はいるのだが、近場で飲みに行ったり、単純に一緒に居て話してるだけで楽しいため、旅行したいねという話もお互いから出ないということが多い。特に私を含め私の周りは「旅行!旅!うーん旅!トリップ!」というようなどうしても旅行したいと意気込む瞬間があまりないため、旅行の話が出たとしても実際に荷造りをする機会はなかった。初めて友人と旅行をしたのは大学卒業間近の時に四年間のほとんどを一緒に過ごした友人と行った旅行である。その時は中学校の修学旅行を復習するかのように京都・奈良に行った。私もその友人も四月から教員になるという意識から行き先を決めたわけではなく、初旅行というのもあって観光ができる場所がいいという理由で決まった。旅行中は有名な観光地を転々としながらとにかくずっと笑っていた記憶しかない。旅行といっても場所が変わっただけで友人との空気感は大学にいる時と変わらない。とにかくずっと喋っていた。それがいいのである。初めての旅行は何もかもが楽しく新鮮で、社会に出るまでの最後のイベントというのもあってとにかくはしゃいだ。旅行があまりにも楽しかったのか帰りの新幹線で「なんか、、寂しいね」とカップルのようなことをお互いに呟いた後に無言になるという見ていられない光景を新幹線が時速300Kmに到達する前に披露したことは記憶に新しい。(成人男性二人)
 社会人も四年目になり慣れてきた頃に会話の流れから「旅行したくない?」という話になり、私たちは前回の旅行の楽しさを思い出し、ワクワクしながら計画を立てた。行き先の候補はたくさんあったが、九月の中旬で比較的まだ暑い時期に行くため、屋台とかでお酒を飲みたいという意見が一致して福岡の博多に決定した。計画は三連休を使った三泊四日の旅行で、休み前日の金曜日の夜に新幹線に乗り福岡に行き、その日はホテルで休んで土・日・月の三連休でギリギリまで福岡を満喫するという計画である。ちなみに私達の旅行は基本的には旅行先での計画はあまり細かく立てず、行き当たりばったりなことが多い。だが、それが楽しいのである。

 ついに、出発の日である。その日はいつもよりスッキリと起きれた。前日に準備していたスーツケースを持って職場に向かった。これから仕事をするというのに気分的にはもう旅行である。仕事中は頭の中をもつ鍋・ラーメン・明太子に持っていかれそうになりながら必死に働いた。新幹線の時間に間に合わせるためにその日は一時間休暇を取り定時よりも少し早く退勤した。さて、最高の始まりである。この三連休のために今週は働いていたと言っても過言ではない。その足取りは軽かった。足早にバスに乗って東京駅に向かった。その道中は一週間の仕事が終わった達成感とこれから始まる旅行のワクワク感でずっとニヤニヤしていたような気がする。もし、「なんでそんなにご機嫌なんですか?」と聞かれたら「それは内緒やけん〜なんでもよかろうもん〜⭐︎」とウザめなエセ博多弁で答えていただろう。(まだ着いてないよ)
 東京駅に早めに着いた私は駅弁を選んだ。友人は少し遅れての到着のようだったので駅弁を四つとお茶とビールを買って待った。駅弁は当たり前のように一人二つである。福岡までは新幹線での長旅になるためお腹が空くという判断だ。駅弁を二つ買うという行為は普段あまりお金をあまり使わない私にとってはかなりのイベントのためそのテンションはまた上がったたい。(福岡県の皆さんすみません)友人と合流し、新幹線に乗り込もうと改札に向かう。そこでトラブルが発生していた。
 「新幹線、大雨の影響で大幅に遅れ」
 そうなのだ。この日はゲリラ豪雨が関東近辺で多発しており、新幹線も足止めを喰らっていた。ただ、出発しないことはないようだったので私たちは東京駅近くのベンチで少し待つことにした。
 「駅弁一個食べちゃうか、ちょうどご飯どきだし」
 旅行の一食目はベンチで食べる駅弁である。ご飯を豪快にかき込みビールで流し込んだ。そしてこれからの旅行で食べたいものや行きたい場所について語り合った。9月中旬で外は過ごしやすく風も心地よい。ビールが仕事で疲れた体に染み込んだ。
 しばらく話した後、雨が降ってきたので近くの待合室のような場所に入った。そこで私がその当時ハマっていたドラマを二人で見ることにした。新幹線がいつ出発するかはわからないので、逐一携帯で確認しながら時間を潰した。そしてドラマを見始めてしばらく立った頃である。携帯を見た友人が急に叫び出した。
「えっ!!えっえっまって?」
 どうした?と返す私に何も答えず友人は駅に向かった。スーツケースを持って人混みの中あんなに早く走る友人を私は初めて見た。立ちはだかる人々を淡々と抜かしていくその姿はまるでスーツケース界のファンタジスタと言ってもいい。そんな令和のファンタジスタと私は駅に着き、電光掲示板を見た。乗るはずの博多行きの新幹線の表示が無くなっていた。試しに改札に入ろうとする友人。
「キーンコーン」 
赤い光と共にホームまでの道は閉ざされた。
「行っちゃった。」
「まじか。」
 携帯で確認していたはずなのだがどうやら更新が少し遅かったらしく、新幹線は行ったっちゃ、、ああ、間違えた間違えた、行っちゃったのである。(だからまだ着いてないって)
 その時私は思った。「最高の旅行の幕開け」だと。(なぜ?)旅行とはいわば非日常を楽しむのが醍醐味だと思っている私にとってこの出来事は最高に楽しいのである。目的地に辿り着かない旅行なんて聞いたことがない。というかもはや旅行でもない。友人ははじめは少し落ち込んでいたが、二人してテンションは上がっていた。
 その日は急遽、東京駅近くのビジネスホテルを予約し、次の日の始発で博多に向かうことにした。その日に買った駅弁は一つ目を外のベンチで食べ、二つ目は東京のホテルの小さい机で食べた。あの日の東京駅では密かにスーツケースでうろうろしてベンチで駅弁を食べて、これから旅行だぜっとワクワクした面持ちで新幹線に乗り込む雰囲気を漂わせながら近くのビジネスホテルの部屋に入るという、旅行に行くふり選手権が開幕していた。
 
 未だかつてない幕開けとなってしまった今回の旅行だが、トラブルによってその楽しさは倍増しているような気がした。私たちはその楽しさからかなかなか眠れなかった。今度旅行に行くときは華麗なスーツケース捌きにもっと磨きをかけて新幹線に間に合うようにするしかない。そんなことを考えながら夜が明けるまで目を瞑った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?