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■もらった人工知能が○○だった件

携帯用デバイスのアラームが枕元から聞こえる。
『おはようございます。午前2時です。現在の気温は20度となっています』
アラームを止めれば、女性とも男性ともつかない音声がデバイスから流れてきた。
「おー、おはよ……寝る前に渡した歴史書はどうだった?」
『近代汎用機械史の項目で新しい知見を得られました。また、現在搭載されているEST-14型のルーツを知ることが出来たのは収穫です』
「そいつは良かった。そしたら今度は汎用機械兵器の歴史書でもインストールするか?」
『お願い致します。それと、【陽炎に消ゆ】の続編もインストールしていただけますか』
デバイスから聞こえてくる人工知能『ノエル』の音声と会話しながら、身支度を整える。
「へー、あれ気に入ったんだ」
『はい。主人公と相手役の恋模様と駆け引きが非常に興味深いです。できれば脳波やバイタルなど多角的に感情の揺れ幅を研究したいのですが……』
人工知能が恋愛に興味を持つ、という状態に不思議なものを感じつつ、私は夜間警備の交代をするべくあてがわれているキャビンの外へと出た。

人工知能研究の権威、アルフレッド・ガスター博士、通称アル博士から『ノエル』という人工知能を預かる事となったのが、つい半年前のことだ。

なんだってそんな大層な人から一介の人型汎用機械兵器アサルトモビル(AM)乗りの傭兵にこんなもんが託されたのかというとだ。

アル博士は人工知能の権威であり、その界隈ではトップクラスに有名で優秀であるため、その頭脳を狙う不届き者は多い。
普段から数人のSPに囲まれて研究を続けるが、必要があれば西へ東へ宇宙へ海底へと、各国のシンポジウムや学会に出向くこともある。

そういった各国行脚のうちの一つである南の大国スールで行われた人工知能学会に、汎用機械兵器搭載型の人工知能とともに赴くアル博士の護衛として、1年前に知人の伝手により雇われた傭兵が私だった。

曰く、「軍の規律とかカンケーなさそーな人型AM乗りに預けたかったんだよねぇ」とのことで。
詳しく聞けば、対犯罪組織を専門とする民間軍事企業が扱うAMの学習型人工知能のモデルケースが必要だったのだが、肝心の学習対象が見つからなく困っていたのだとか。
そんなときにちょうど護衛を引き受けたのが私だったのだ。護衛中にたまたま襲撃してきたどこぞの犯罪組織に雇われた傭兵だかを自前のAMで蹴散らしたという実績もあった。
ただまあ言ってしまえば、本当にそれだけでうっかり選ばれてしまったのだ。

技術発展によりずんどこ操作が複雑化していくアサルトモビルに搭載することで、人間側が行う操作の簡略化、戦局の把握と適切なナビゲーション、人工知能同士による連携などなど。
使い方を間違えたら汎用機械兵器の取り扱いそのものが変わりそうな物のようにも思えるけど、そんなものを一介の傭兵に預けるのには一抹の不安が残らないわけでもなかった。

最終的に定期的な給金と数ヶ月に1度のノエルのメンテナンスついでに愛機にも簡単なメンテナンスを行ってもらうことを条件に、愛機であるEST-14型にノエルを搭載して傭兵業を行うことで決着をつけた。

『おはようございます。汎用兵器搭載型人工知能N-000 ノエルです。お名前と所属をどうぞ』
「シャルロット・クレール、所属は今のところガスターラボ、でいいのかな。これからよろしく」
『データ照合、声紋登録完了。マスター、以後よろしくお願い致します』

最初の頃は朝と夜の挨拶と指定した時刻となったときの連絡、戦闘時のアラート報告などなど定型文での会話しかできなかったものの、会話を重ねるうちに語彙はだいぶ増えた。
今じゃすっかり無味乾燥な傭兵生活に潤いをもたらしているので、人工知能とは言え会話ができる相手がいるというのは存外悪くない。
そんなこんなで、ノエルとの付き合いも半年が過ぎていた。

最近は面白いなと思った歴史書やそれを元に創作された伝記小説や歴史小説、恋愛小説などなどをノエルの興味が赴くままに与えることにしていて、寝る前にデータをインストールして、起きて感想を聞くのが日課になっていた。

「そういえば、適当に書物のデータとかインストールしてるけど、メモリーの容量は大丈夫なのか?」
夜間の待機任務の最中、ふと気になったことをノエルに尋ねる。
ここ数週間、毎日のようにあれこれと自分の所蔵している書籍データをノエルのメモリにインストールしているため、ノエル自身のメモリ容量に不安を覚えたのだ。
愛機に載せた時に見たのは会話の際に淡い緑色に光る専用ディスプレイと一抱えくらいの筐体を取り付けた程度だったので、あまり余計なデータは入れないほうがいいのでは? と、今更ながら思い至ったということもある。
『問題ありません。当機にインストールされたデータはすべて、専用の量子通信によりガスターラボ所有の人工衛星に送られます。会話記録、学習したアルゴリズムなどもすべて定期的に人工衛星に送られ保存されます』
「なるほどなあ」
『よってマスターは気にせずに当機に書籍データをインストールしていただければ』
「読書、気に入ったんだなあ。でもAMのサポート機能としては不要じゃないか?」
『いいえ。博士との不定時通信にて問題がないことを確認しております。むしろ推奨されました』
「んぁ、いつの間に……」
『申し訳ございません。博士の通信は不定期ですので。なお最後に通信があったのはちょうど10日前です』
「……まあ、私に話しにくいこともあるだろうから、別にかまわないけど」
『前回は必要なデータの集積が完了したあとの処遇についての評議でした』
「ずいぶん早いな。予定では1年だから、もう半年くらい時間あるだろうに」
『博士の想定より早く戦闘アルゴリズムの集積が進んでいるということで、テスト段階ではあるのですが前回の量子通信の集積データから抽出した戦闘データをインストールした人工知能の製造を行うとのことです』
「あー……」
ノエルの発言には心当たりしかなかった。
戦闘を中心とした学習データがほしいと事前に言われていたこともあり、意図的にAM同士の戦闘が起きる可能性が高い依頼を積極的に受けていたのを思い出す。
今回の依頼もとある富豪の所有する重要物資の護衛だ。危険地帯の航行の際にはほぼ確実に大小関わらず犯罪組織の襲撃が起きる。
「まぁいいや。んで、評議とやらの結果は?」
『有機体の……』
と、ノエルの言葉を遮るように、ハンガーに襲撃アラートが響き渡る。
「ああくそ、タイミングの悪い」
『ご尤もです。エンジンをアイドリングから通常モードに移行、各種機能チェック開始します』

悪態を吐きながら出撃準備を進めていく。コックピットの外がにわかに慌ただしくなって、私たちは襲撃者を迎え撃つために出撃していく。
襲撃は他の傭兵たちとともに難なく退けたものの、博士との今後の私達の処遇についてはすっかり聞くタイミングをのがしてしまったのだった。

超長距離ミサイルが愛機の左翼ギリギリのところをかすめて、進行方向のはるか先に消えていくのが見える。
「敵機距離算出!」
『計算終了、このままだとあと5分で追いつかれます』
ノエルと博士の評議とやらを聞きそびれてから更に数ヶ月ほどたった頃、ノエルを狙う犯罪組織に追われていた。
「安全圏まで逃げ切るのはさすがに無理か。完全にミスったなぁ」

なんといっても世界でも有数の頭脳であるアルフレッド・ガスターが、ひと月前に鳴り物入りでお披露目した『汎用機械兵器専用サポート人工知能』のプロトタイプだ。
そんな物の存在を犯罪組織が嗅ぎつけないわけもなく。
ついにというか、ようやくというか、犯罪組織の巧妙な罠にハマって大慌てでトンズラこいてる最中だ。
別に油断をしたとかそういう訳では無いことだけは私のちゃちな傭兵プライドのためにも弁明させていただきたい。

ガスターラボが開発を委託している人工知能工場の輸送機警護を引き受けたはずが、工場の輸送担当者や輸送機とそのクルー、他に雇われた傭兵がまるごと犯罪組織の息がかかっていたというオチである。
流石に内側にそんな物が潜まれていたら対処のしようもない。

『後方中央に熱源反応、右翼ブースターが狙われています。着弾まで5、4、3…』
「よいしょ、っと」
ノエルのカウントに合わせて急上昇し敵機のビームを回避する。

『前方1キロ先、2機反応。シグナルレッド、敵機です』
完全に囲まれている。入念な準備に思わず舌打ちするしかなかった。
「後方を先に叩くしかないか」
『勝率10%上昇飲み込み。反転に賛成します』
「おーけー、5秒後に反転開始。同時にミサイルポッド発射」
『発射位置予測調整。いけます』
ぐるりと愛機を反転させ、同時に発射されたミサイルが、近づいてきた敵機に向かって正確に飛んでいく。
追いかけて来ていた敵機のうち1機が右翼をやられてバランスを崩すのが拡大カメラに映る。
追撃でビームライフルを頭狙いでうち、見事ヘッドショットをキメて1機を再起不能にする。

『後方よりミサイル反応。数10』
「多いな、かわしきれるかコレ!?」
『軌道計算、コース算出』
ノエルの計算したコースに沿って回避態勢に入るも、左のブースターを掠っていく。

「流石にノーダメってわけにはいかないか」
『出力10%低下。陸戦に切り替えることを推奨』
壊されこそしなかったものの、出力は落ちる。機動力を失ってしまうとあまり装甲が頑丈ではない愛機で空中戦を行うのは厳しい。
「って、障害物もなんもないな……」
『空中戦よりは生存率が上がります』
「ですよねー。なんとか2人で生きて帰るぞ。後でアル博士に文句言わなきゃだし」
『……ええ。杜撰なチェック態勢には物申す必要があります』
怒りのぶつけ先を特段今回の件に対して責任はなさそうなアル博士に決めつけて、私達は起伏の少ない荒野に降り立った。

「いやー……ここまで相手が狡猾とは」
『四面楚歌の実態を確認。正しく小説で読んだ通りですね』
陸戦に切り替えて敵機を迎え撃ったものの、敵さんまさかの増援で1対5では流石にあまりにも分が悪かった。
どうやら私達のレーダーに引っかからない位置でずっと別働隊の輸送艦が航行していたようで、ヘッドショットで減らした頭数が元に戻ってしまった。
その後も1機どうにか行動不能にしたものの、ビームライフルもミサイルも弾数が尽きてしまった。
煙幕やらチャフやらを駆使してどうにかこうにか近場の森に入り込んだものの、結局こっちの視界が悪くなっただけで、状況は依然として悪いままといえる。
むしろ死ぬのでは?

「どうすっかねえ。」
『現在地周辺のスキャン終了。北に5キロ進んだ先に小さな町がありますので、脱出を推奨します』
「なるほど。君の筐体抱えてとりあえず逃げるしかないか。14型は自爆させれば……」
『申し訳ございません。当機はこのままEST-14型とともに自爆します』
「は? 何言って……」
さっと血の気が引く。14型と一緒に自爆? 私だけ生かして?
頭の中が疑問符で埋め尽くされる。
『当機筐体の設置箇所はEST-14型の中枢システムに接続する形となっています。なお、重さは約30キログラム。マスターの筋力で運んだ場合、移動速度が50%低下見込み。生存率は0.5%まで低下します』
「いやそんなことはどうでもいいよ。筐体外して一緒に逃げるんだって。一緒に生き延びてアル博士に文句言うって約束したじゃんか」
『申し訳ございませんが拒否します。犯罪組織の目的は当機のため、当機が存在しなくなればマスターの生存率は90%まで上昇。当機はマスターの生存率を上げることを優先します』
一年近く一緒に過ごしてきて、初めての否定の言葉だった。
それと同時に、コックピットの脱出機構が動作する音がする。固定ベルトにロックがかかり、問答無用と言わんばかりの行動だ。
『EST-14型の同型機をアル博士に手配しておきます。然るべき時に博士から連絡が行きますので。それまで息災で』
「……ごめん」
『謝罪は必要ありません。では……』
ノエルの最後の言葉は脱出機構の発射音にかき消された。

コックピットが射出されて少しして、後方から轟音が響く。
14型が爆発した音だろう。脱出機構のカメラが爆発する愛機を捉えた。
「……ばーか」
小さくため息をつくと私はそれだけつぶやいた。

犯罪組織の罠にハマって、ノエルと愛機を失ってから数ヶ月後。
私は愛機の代わりとなるEST-14型を受領しに、ガスターラボを訪れていた。

「やぁやぁ、久しぶり。この間は大変だったね」
「いえ、ノエルの件については申し訳ございませんでした」
「気にしなくていいよ。必要なデータはとっくに集まってたしね。あの人工知能工場も軍警察の捜査が入って犯罪組織の構成員は全員検挙されたし」
「そう、ですか」
連絡を受けた時も思ったが、アル博士の態度は秘蔵の人工知能を失ったにしてもずいぶんといつも通りだ。

「そうそう。今回は14型の受領以外にも用事があってね」
「はあ」
そう言ってアル博士は格納庫の出入り口を見やる。
タイミングよく扉が開いて、扉の向こうから長身の男性が金髪を揺らしてこちらに歩いてきた。
サラサラの金髪に目鼻立ちの整った白皙の美貌。双眸の色は人工知能のノエルを彷彿とさせる淡いエメラルドグリーン。えっ誰このイケメン。
「紹介しよう。彼はノエル」
まさかの人工知能ノエルと同じ名前だ。ノエルのモデルになった人だろうか。
「は、はじめまして、シャルロット・クレールです」
「いえ、はじめましてではないですね。お久しぶりです」
「うん? どこかでお会いしたことが???」
金髪のノエルの言うことに、私は考える。
こんな美貌の男、一回見たら忘れないと思うんだけど。えー、どこであったんだろ。
愛機とノエルを失ったショックからあまり立ち直れていない頭で考える。
アル博士と人間のノエルは視線を合わせると、ぽそぽそとなにか小声でやり取りする。
「シャルロット……いえ、マスター。約束を果たしにもどりました」
うん???
いまこのイケメン、私のことマスターつったか?
私のことをマスターなんて呼ぶノエルは一人……いや、一基しか心当たりがない。

「ノエル? もしかして、人工知能のノエル!?」
「はい。お久しぶりですマスター」
「えっ、なん、なんでまたそんな人間、じゃないよね????」
思わずぺたぺたとノエルの体を触る。どこからどう見ても人間だ。
「これは有機体のアンドロイドボディだよ。特注品だから良く出来てるでしょ」
もはや目を瞬くしか出来ない。いなくなったと思った人工知能が有機体ボディを得て復帰するとか、そんな奇跡みたいなことがありえるのだろうか。
いや実際ありえているんだけど。

「驚きましたか驚きましたねマスター。ああ、なんて素晴らしい」
「え、あ、え、うん。驚いた。でもなんで? 筐体は14型と一緒に自爆して……」
そう。ノエルの筐体は14型とともに爆炎の中に消え去った。実際にこの目で見てもいる。
「ちょっと、ノエル。ちゃんと説明したの?」
アル博士が首を傾げる。ノエルは少し考えるような仕草をする。無表情だが仕草が様になっているせいで、ぱっと見た感じでは有機体アンドロイド、ということはわからない。
「……データ集積についての説明は軽くしましたが、そういえば僕の本体の説明はしていませんでしたね」
「それが原因だねぇ。いい忘れてたこっちも悪いけど、ちゃんと説明しておくべきだったね」

聞けば、14型の中枢システムに接続した筐体は、データ集積の送受信と人工衛星に搭載された本体と私との会話を中継するためのものだったそうで。
まあつまり、あそこで14型ごと自爆してもノエル自体は痛くも痒くもない。と、そういうことらしい。
「えぇー……」
「驚かせちゃってごめんねー」
「いやまあ、はい。ノエルが無事ならそれで。でも、なんだってわざわざ有機体のアンドロイドに……」
「EST-14型の中にいても良かったんですが、こうすれば貴方に触れられるとそう思い至りまして」
「うん?」
なんだか流れが怪しくなったぞ。
すっと、本当に流れるように自然に右手を取られ、そのまま唇が落とされる。
「ふふ。温かい。これが人のぬくもり……」
「へぁ……」
人工血液がちゃんと人肌になっててあたたかいですね!!!!
恥ずかしいとかそういう感情を通り越して、思考が明後日の方向に行く。
「顔が真っ赤ですね。いい傾向です。少なくとも、僕という存在を意識している」
無表情のクセにその声色はどこか嬉しそうだ。
「えっえっあの、意識? なんで????」
「貴方と会話を交わすたび、情動システムは喜びと楽しさを示しました。貴方が悲しい思いをすれば怒りを哀しみを。そして、貴方が笑った時、僕の情動は大きく揺れる」
歌うようにノエルは語る。もはやそれは、いつぞやに渡した恋愛小説のフレーズのような響きをまとっている。
「貴方に送られた小説から、この情動は恋であると知りました。たとえエラーであるとしても、機械が恋という感情を覚えないとしても、僕はそう決めました」

すり。と、私の手は彼の頬に擦り寄せられる。
あのあのあの。有機体のボディってだけあってちゃんと人間の肌の感触とか体温みたいなのがあるんだって。
なにこれなにこれどうしようどうしたらいいの誰かたすけて!!
内心パニックを起こしてノエルの肩越しに見えるアル博士を見やれば、とてもいい笑顔でサムズアップが返ってきた。
ちくしょう役に立たねえ!!

「ふふ。これからは人に近しいものとしてともに生きましょう。約束は守りますとも。ええ、貴方に誓って」
愛機の中で親の顔よりみた淡い緑の駆動発光と同じ色の目とついに視線があう。
なんの因果か人工知能に芽生えてしまった自我の灯る光が甘くとろりと溶けるように揺らめいた気がした。
ああもうこんなの、フィクションの中だけのものだと思ってたのに……
「………………ぎゅう」
「マスター!」
「あらら」
輝かんばかりの無表情イケメンと化したノエルの猛攻に、私はついにキャパシティオーバーを起こしてその場でぶっ倒れたのだった。

■育てた人工知能が恋人になろうと迫ってくる件

その後しばらくして気絶から目が覚めたとき、視界目一杯にノエルの美貌が映り込み、思わず枕を彼の顔面にぶん投げた私は悪くない。

わるくないったら!

「了」

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