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■水底の怪 +後日談

■8月X日 19:30

その日は、雨が降っていた。
夏真っ盛りの8月、お盆シーズンには珍しく、1日中雨が降っていた。

「おつかれさん」
「お疲れ様でした」
「じゃあ、なんかあったら連絡ください」
「大丈夫だとは思いますが……わかりました。ありがとうございます」

四平坂総合本舗清掃課のフロアで、私は雨月さんに一礼する。

またしても私が担当するお宅でお祓い騒ぎとなってしまい、雨月さんに同行してもらったのが昼の清掃業務のこと。
今回は変な写真も撮影せずに済んで良かった……と思う。

雨月さんを見送って、私は自分のデスクでメールやら社内チャットやらのチェックをする。
日報を書いて課長にメールで送信し、今日の仕事はフィニッシュだ。

それにしても妙に眠い。車通勤なので少し仮眠を取ってから帰ることにする。
アラームを30分後の20時にセットすると、常備しているデスク仮眠用の枕を出して突っ伏した。

「新倉さん、起きてください」
「ふぉ??」
誰かに揺さぶられて目を覚ます。後ろを見れば巡回の警備員さんがいた。
「もうすぐ鍵閉めるんで、用がないなら帰ったほうがいいですよ」
「あ、ああ、すみませんすぐ出ます」

時計を見るとまさかの21時。スマホをみれば、アラームがちゃんとセットされていなかった。
やらかしたなー、と思いつつ、慌てて会社を出る。

雨はすっかり止んでおり、外は少し涼しいものの湿気が酷く汗が吹き出てきた。
湿気の不快さを振り払うように車に乗りこみ、自宅に向けて発進する。

雨は止んでこそいるものの、地面はまだ濡れている。
安全運転を心がけて車を走らせる。

都会の大通りを走り抜け、住宅街に向かう通りに入る。
カーラジオの電波があまり良くないのかザザ……というノイズが入る。

『……の、じ……しゃ……』
ラジオパーソナリティがなにかを告げているが、ノイズのせいで全く分からない。

「うん?」
ラジオのノイズに気を取られすぎてたのか、バックミラーに妙に近い距離で走る車が映る。
雨上がりの道路であおり運転とは面倒な。
かといってスピードを上げるわけにもいかないので、もう少し進んだ先に駐車場のあるコンビニがある。
そこに入ってやり過ごすことにする。

あおり運転の車と慎重に距離を取りつつ、コンビニまで車を進めていく。

コンビニにはちょうど1台車を止められそうだ。
ウィンカーを出して左にハンドルを切る。

コンビニの駐車場に車を滑り込ませ、ブレーキを踏んだその瞬間だった。

ドーーーーーン!!!
凄まじい音が背後から聞こえてくる。

同時に、バックミラーごしに、さっきまであおり運転をしてきた車が弾き飛ばされてこちらに迫ってくるのが見える。
追突の衝撃を覚悟し、目をつむるしか出来なかった。

■8月鄂日 21:00

「っ……!」
追突事故に巻き込まれるその直前、目を覚ました。

「新倉さん?」
「え、あ……」
後ろで、見回りの警備員が驚いた様子でこちらを見ていた。
「大丈夫ですか? もうすぐ鍵閉めるんで、用がないなら帰ったほうがいいですよ」
「あ、ああ、すみませんすぐ出ます」

時計を見るとまさかの21時。スマホをみれば、アラームがちゃんとセットされていなかった。
アラームが鳴っていれば変な夢も見なかったかもしれない。
そんなことを思いつつ、外へでた。

外に出るとまだ雨が降っていた。
じっとりとした空気に顔をしかめつつ、車に乗り込む。
エンジンをかけて冷房をつければマシにはなるだろう。

自宅に向けて車を走らせる。
大通りを通るさなか、先程見た悪夢が頭をよぎる。

なんとなく、本当になんとなく。
普段通る住宅街への道を避け、大通りの先にある橋へ車を走らせる。

橋に向かう道はやや渋滞していた。
スピードを落とし、ゆっくり車を走らせる。

橋が近づくにつれ、渋滞は大きくなっていく。
この道がこれだけ混んでいることは珍しい。
失敗したな、なんて思いながら、ラジオから流れる音楽に耳を傾ける。

橋の眼の前にある十字路に差し掛かり、信号が青に変わったのを確認して前方の車に合わせ、ゆっくりとアクセルを踏む。
アクセルを踏むのに前後して、ラジオの電波の入りが悪くなる。

『ほん……の……し……は……』
ラジオの雑音に気を取られそうになるが、車はゆっくりと前進している。
混雑で電波が入りにくくなっているだけだろう。気にしすぎて注意がおろそかになるのは良くない。
さっきの悪夢のこともあり、深呼吸してハンドルを握りなおす。

渡っている最中に信号が赤に変わりそうなほど、ゆっくりと車は進んでいく。

十字路のちょうど真ん中に差し掛かった頃……
パーーーーッ! パパーーーッ!
右側から大きなクラクションの音がする。
「え……?」
横を向けば、大型トラックが普通自動車をなぎ倒し、こちらに迫ってくる。
さっき見た悪夢より酷い光景に、私は目を見開いてトラックを凝視する。

トラックのライトが私の目を焼いた。

■8月鄂ー縺ー縺、譌・??:??

誰かに揺さぶられたような気がした。
はっとして目を覚ます。トラックのライトの光景が脳裏を過ぎていくが、どうやら夢だったようだ。
周囲を見回すが誰もいない。

時計の針は蜊時を指している。
ああ、帰らなければ。

外に出ると生臭い匂いと共に重たい雨粒が降り注いでいた。
傘をさして小走りに車へ向かい、濡れないように車に乗り込んだ。

都心の大通りを抜けたあと、私はいつもの帰り道ではなく、大きな川へ続く道を走っていた。
今日はなんだか心が重く、少しドライブをしてから帰りたかった。

『ザ……ザザ……』
ラジオは雨のせいか電波が悪く、ずうっとノイズを流している。

ざぶり、車が深めの水たまりに突っ込んだような音がする。
少し重く感じるアクセルも気にせず、私は水たまりの中、車を走らせていく。

水たまりを抜け、大きな川に続く橋が見える。
信号が青に変わったのを見て、すぐに橋に向かって走らせる。

交差点の中央をいつもより早いスピードで通り過ぎ、橋に入っていく。
赤がかったオレンジ色のライトが橋を照らしている。

ざあざあ、雨が降る音とラジオのノイズをBGMに私は長い橋を渡る。

長い橋、雨音とノイズに、少しずつ頭がぼんやりとしてくる。
橋を渡り切ったら一度車を止めよう。
そんなことを考えながら、車を走らせ続けるが、橋の終わりが見えてこない。

橋を照らすライトが少しずつ赤くなっていく。
頭はぼんやりとしてくるが、アクセルを踏む角度は深くなる。

水たまりにタイヤを取られた対向車が回転しながら迫ってくる。
ぼんやりとその光景を眺めていると、自分の車のサイドに車体が擦り付けられる。

その衝撃で自分の車が吹き飛ばされ、ガードレールにぶつかった。

『本日の死者は0名です。惜しかったデスね』

■蜈ォ譛育スー鄂ー譌・ ??:??

誰かに揺さぶられたような気がした。ぼんやりと目を覚まし、周囲を見回す。
しかし、周辺には誰もいない。

スマートフォンの電源が落ちており、つければ髮ィ譛さんから通知がある。
連絡アプリを開くと、取り急ぎと簡単に髮ィ譛さんに返信をする。

時計の針はぐるぐると回っている。
帰らなければ。帰れるだろうか。

外は雨が降っている。ばたばたと傘に当たる雨音は重く、鉄錆のような匂いが漂う。
湿気と生臭い匂いが身体にまとわりついていく。

傘もささずに歩いて車に乗り込む。
濡れる身体も気にせず、車を発進させる。

ざぶざぶ、ざぶざぶ。水をかき分ける音が外から響く。

『荳ュ螟ョ豐ウ蟾晞ォ倬?滄%霍ッ縲?怺逡瑚。後″譛ャ邱壹?貂区サ槭?縺ゅj縺セ縺帙s縲』
ラジオからは道の渋滞情報が流れてくる。
渋滞はなく、スムーズに帰れそうだ。

ざぶざぶ、ざぶざぶ。ざぶざぶ、ざぶざぶ。ざあざあ、ざあざあ。ざあざあ、ざあざあ。
大きな川に向かって車を走らせる。街灯は真っ赤に染まり、道を照らしている。
橋が見える。そのままアクセルを踏み込み、橋に入る。

長い橋を渡る。真っ赤に染まる橋を走り続ける。

『荳ュ螟ョ豐ウ蟾晞ォ倬?滄%霍ッ縲?怺逡瑚。後″譛ャ邱壹?貂区サ槭?縺ゅj縺セ縺帙s縲』
ラジオもこの先に渋滞はないと告げている。このまま進み続けよう。

アクセルを踏む角度は深くなっていく。
橋の向こうにカーブが見える。
100kmを超えるスピードを出しながら、ハンドルを切ろうとするも水たまりでスリップし、タイヤが持っていかれる感覚がある。

スリップしたままガードレールを破壊し、川にダイブする。

どぷん。と、重い音を立てて車と身体が沈んでいく。
水のような粘液のような赤い液体が窓から入ってきて身体を濡らす。

ああ、事故ってしまった。ぼんやりとした頭で川に沈んでいくフロントガラス越しの景色を眺めるしかなかった。

『譛ャ譌・縺ョ豁サ閠??1蜷阪〒縺吶?ゅ♀謔斐d縺ソ逕ウ縺嶺ク翫£縺セ縺吶?』
ラジオの音声はくぐもってよく聞こえない。

紅く昏く冷たい液体に包まれて沈んでいく感覚に身を委ねていると、眼の前に通知を知らせるスマートフォンが浮かび上がった。

■8月X日 17:00

「もーーーーーー、早く出ろって!!」
薄暗い民家の風呂場で自分はかなりは焦りながら新倉の電話番号に鬼電を繰り返していた。

新倉が風呂場の掃除中に掃除用具だけ残して消えたのが1時間ほど前のこと。
風呂場に残された穢れの痕跡から、風呂場で事故った/水没した/殺された/自殺した/解体された怨霊に連れて行かれたと判別するまで5分。
念のためと交換した連絡アプリのアカウントからに幽世に連れて行かれた新倉から返信があったのが30分前。
常世の連絡ツールが新倉と共に幽世に存在することを確信し、通信電波を頼りに新倉をこちらがわに連れ戻そうと術式を組んだのが15分前だ。

新倉の魂が幽世に馴染んでしまうまで、おそらくそう時間はかからない。急いで連れ戻さなければと、こうして鬼電をかけ続けている。
一度でもいい、新倉がスマートフォンを通話モードにすれば、そこから電波に霊力を流し込み自分の力と術式で引っ張り上げることが出来る。

「新倉さん、頼む。出てくれ、いやほんとまじで。あんたが電話出てくれなきゃ助けられないんだよ……!」
とにかく電話に出てほしい。自分を守護しているという氏神と新倉の地元の氏神に祈りながら繋がっては切れを繰り返す電話をかけ続ける。

何分そうしていただろうか、3コール持たず切れていた電話が10コールを超えてもなり続ける。

「頼むぞ……」

■8月X日 18:00

冷たい液体に包まれ、どんどん体温が下がっていくのがわかる。
視界が暗く狭くなる。

なんでこんなところにいるのか、そもそも何が起きているのか。
昏くなっていく世界の中で、通話を知らせるスマートフォンの画面だけが明るく輝いている。
画面には『雨月』と表示がある。

ああ、雨月さんから電話だ。
スマートフォンを手にとり、通話ボタンをプッシュした。

■8月X日 18:00

何十回めかのコールのあと、ついに新倉さんと通話がつながる。
「繋がった……! 新倉さん聞こえますか? 雨月です」
『ごぽごぽごぽ……』

「新倉さん、聞こえてたら今から言うことを絶対守ってください。スマホの通話を切らずにこのまま。スマホは絶対に手放さないでください」
聞こえているかは分からない。新倉にこの声が届いていることを祈り、精神をスマートフォンから発している電波に集中する。

縄のように編み上げた霊力を電波に乗せ、辿っていく。
「新倉さん、聞こえてますか? 新倉さん」
通話を切られてしまわないように、呼びかけを続ける。
新倉が答えてくれればより確実に捕まえられるが、答えられるような状況か分からない。

霊力の縄も頼りなく風呂桶の中をさまよっている。
なにかが邪魔をしている? いや違う、縄は電波に乗ってあちらに到達している。
ということはあちらとこちらを繋ぐ出入り口が安定していないということだろうか。

『ごぽごぽ』
スマートフォンからは水の中に沈んでいるような音が聞こえてくる。
新倉が囚われているのは、水に関係する幽世だとすれば……
鍵は水だ!

思いついた瞬間、水栓を閉じて蛇口をひねり、風呂桶に水を貯める。
清涼な水が勢いよく風呂桶に流れ込んでくる。

ふわふわと風呂桶の中に漂っていた霊力の縄が、ピンと張ったような感覚がある。
『う……さん? 雨月さん、ですか?』
「新倉さん! 大丈夫ですか」
常世の水と幽世の水。水を媒介にこちらとあちらがきっちりと繋がったのだろう。スピーカー越しに新倉の声がする。
『ここは、どこでしょう? 昏くて……』
「すぐに助けるんで、スマホから手を離さないように」

水の量が多くなった風呂桶に手を突っ込む。
冷える水をかき回していると、霊力の縄で縛られた腕のようなものを掴み取る。

「ていっ!」
スマートフォンに仕掛けていた術式を発動させ、力いっぱい腕を引っ張り上げる。

ざばあ。と水音を立てて、新倉がこちらの世界に戻ってくる。
「っしゃあ!」
急いで新倉を風呂桶から引っ張り出す。
風呂桶は今現在進行形で幽世の水底と繋がっている。

水を抜けば出入り口は自然と閉じるが、風呂場に水気があればなにかの拍子にまた繋がり、新倉のように引き込まれる可能性もある。
風呂桶の底は赤く冥い世界が広がっており、獲物を狙っているようにも見える。

「祓い給え、清め給え……」
祝詞を唱えつつ、術式を組む。
二度とこの場が幽世に繋がらないように、厳重につながりを断ち切る必要がある。

「ここはお前たち幽世の者共が気軽に侵犯していい場所じゃない。とっとと去ね!」

風呂桶と術式を断ち切るように手を振るう。
一瞬、風呂桶から水の柱が勢いよく吹き上がり、雨のようにその場に降り注ぐ。
降り注ぐ水はただの水道水で幽世の穢れや瘴気は感じられない。
無事にこちらとあちらの繋がりを絶つことに成功した。

「はー……なんとかなった……」
新倉がちゃんと息をして気絶しているだけだということを確認し、然るべき対応をするべく四平坂総合本舗に電話をかけるのだった。

■8月△日 10:00 後日談

目を覚ますと、病院の天井が見えた。
「あ……れ……?」
随分とよく寝たような気がする。

「新倉さん、おはようございます。気分はどうですか?」
「お、はよう……ございます?」

ぼーっとしていると部屋に入ってきた看護師さんが挨拶してくる。
「先生を呼んできますね。ご家族と会社の方にも連絡します」
「は、はぁ……」
看護師さんはテキパキと検温を済ませると、他の患者さんたちのことも見て回り、すぐに病室を出ていった。

頭が混乱したままぼんやりと周囲を見回すが、病室にいる以外の何がわかるわけもなく。
その後しばらくして車椅子で診察室に運ばれ、簡単な問診のあと、病院に運ばれる前に何があったかの簡単な説明と今後の予定を聞かされる。

8月X日の夕方、仕事で向かった先の邸宅の風呂場で足を滑らせて盛大にすっ転び、同行していた雨月さんによって救急車で運ばれたらしい。
ころんだ前後の記憶は曖昧だが、赤い水が波打っていたような? そんなことをぼんやりと思い出す。

命に別状はなかったが、頭を強めに打ったため、今朝……時間にして40時間ほど昏睡状態にあったのだとか。
無事に目覚められて良かったというかなんというか。

速攻で親と会社に連絡が行き、プライベートのスマホごしに親には泣かれ15時頃には課長と雨月さんがお見舞いにやってきた。
「すみません」
「無事に目を覚ましたようでよかった」
「ほんとに。浴槽でひっくり返ってる新倉さんを見たときは血の気が引きましたよ」
「ご心配をおかけしました。ああ、雨月さん、助けていただいてありがとうございます。お礼は今度必ず」
「いやいや、気にしないでください。それより、気分はどうです?」
「まだちょっとぼーっとしてますね」
ちょっと考えてから素直に調子を答える。すでに入院している身で大丈夫ですと嘘をついても仕方がないからだ。
「退院日までゆっくり休むことだな。偶に仕事終わりにデスクで寝ていると報告もあった」
「ああ……それはすみません。車で帰るもので居眠り運転が怖くて」
「……とにかく、一度ちゃんと休むように。退院日が決まったら連絡をくれ、出勤日の調整をする」
「はぁ、わかりました」

しばらくなんのかんのと会話をして、面会時間終了前に課長と雨月さんは病室を出ていった。
「あぁ、新倉さん、暇つぶしにこれどうぞ。差し上げます」
帰り際に、雨月さんは1冊の小説を置いていった。

■8月◇日 2:00

ごぽ……ごぽ……
あかい、あかい水の底に体が沈んでいく。
ここはとてもさむい場所だ。

こんなさむいところになんでみんないるんだろう。あたたかいところなんていくらでもあるのに。
そんなことを考えながら、ゆっくり水底に沈んでいく。

冥い水の底からきゃらきゃらとした笑い声が聞こえる。
水辺で自殺した/沈んだ/溺れた/殺された/解体されたモノたちが仲間を求める音だ。
過去にどれだけのモノが救われたか、どれだけのモノが救われずこうして幽世の間に揺蕩い続けているのか。現人神でさえ知り得ないかもしれない。
我が国の常世はあまりに水に近しいが故に。

沈んで、沈んで、どれくらい経っただろう。
赤く冷たい水よりも冷たいなにかに腕を掴まれる感触がある。

「つかまえた」
なにかのささやき声に、自然と口の端が笑みの形に歪む。
「それはどうかな?」
他所様のテリトリーに勝手に入り込んで好き勝手しようなんざ烏滸がましい。
冷たいなにかを逆に掴み返す。
水底に潜む者共がざわつく気配が水を通して伝わってくる。

「死ぬ気もない常世の人間に手ぇ出す前に三途の川にたどり着けてりゃ、祓われずに済んだものを」
新倉さんと自分を間違える程度のボンクラ低級霊に振り回されていたと思うと若干腹が立つが、そこはそれ。

これだけいるとなると祓いきることは難しいので、腕を掴んできた一等強い悪縁を結んでいたヤツを中心にそこから連なる縁ともども浄化する。
冷たいなにかに、うちの組合特性の浄化符をはりつけてやり、祝詞を唱える。
「祓い給え清め給え……」
浄化符の清めの力が冷たいなにかに流れ込んでいき、そうして弾けた。

弾ける力に吹き飛ばされるように、自分の意識も水底から浮上していく。

目を開けるとエアコンの稼働ランプがほんのりと光る、暗い自室の天井が見える。
「ったく、諦めが悪い連中だこと」
ベッドから起き上がって頭を掻く。

仕事先の邸宅であまりにもあっさりとした引き際に若干の違和感を覚え、念のためと新倉さんのところに呪符を栞のように挟んだ本を置いてきておいてよかった。
一番繋がりの強い悪縁を浄化したことで、新倉さんと低級霊どもの繋がりはこれで完全に断ち切れただろう。
あの場所に居座る低級霊や水妖どもそのものはいずれまたなにかの折に組合総出で対処しないとならない程度には残ってしまったが、あれだけ潜んでいたことを考えると自分の実力ではこれが手一杯だ。

ひと仕事あとの麦茶を飲みながらカーテンを少し開けて外の様子を伺う。
夜明けの近い空には、ぽつぽつと遅まきながら幽世に帰っていく精霊牛たちの姿が見える。

先程祓った連中が、正しくどこかの先祖の霊として供養されることを願いつつ、二度寝をするべくベッドに寝転ぶのだった。

「了」

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