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淫魔屋敷・外伝

吉原の火災は大集結した火消し達の活躍によって数件の焼失のみで鎮火した。

いつもお世話になっている遊廓を、これ以上燃やしてなるものか…という男の意気込みが大炎上を防いだのだろう。

しかし、この江戸時代においては火災が頻繁に起きていたのも事実。
こと遊郭に関しては、その地に恨みをもった者や、自暴自棄になってしまった者の付け火もあったことだろう。
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〜淫魔屋敷〜

「ヨシヨシ…いないいないば〜!」お蜜

「ふぇ〜ふぇ〜!」幼児

「ほら、アタシのおっぱい吸いな〜」久美

「久美のはお乳でないでしょ〜!ほら、アタシのおっぱいにおいで〜」純

「ふげぇ〜ほげぇ〜!」幼児

「変な泣き方になっちゃったよ!」舞

「おっぱいじゃなくて、オチンコからなら色々でるんだけどな…」麻子

「……やってみる?」加代

「バカ!笑。子供で遊ばないで!」華恵

(ガラガラ…)
「あっ!麗子さん。おかえりなさい!」音子

「みんなご苦労さま〜!ん…?その子は誰の子だい?」麗子

「華恵の息子だよ〜笑」純

「アンタ……子供…産めたのかい?!」麗子

「いやいや…笑」華恵

華恵は事情を説明した。

「なるほどね…紫緒の…」麗子

「そう…ねぇ、麗子…私…」華恵

「みんなで育てりゃ良いじゃないか」麗子

「いいの?…」華恵

「いいもなにも帰ってきた妹分が連れ帰った子だ、それに子供にとってココは調度いい環境かも知れないよ」麗子

「えっ?なんで?」麻子

「母親代わりも、父親代わりも選び放題だからね〜」麗子

「ははっ!そうゆうことか〜」加代

「私はお姉さんねぇ〜!」お蜜

「やだ〜アタシも子供欲しい〜!」久美

「ヤダ〜アタシも妊娠しちゃう〜」純

子供を囲んで、みんなで大騒ぎしていると奥から梅と莉々が出てきた。

「あの〜皆さん少しお話宜しいですか?」梅

「どうしたの?莉々ちゃん…その格好」舞


「私、そろそろおいとまして旅の方を続けようと思うんです」莉々

「もともと私が強引に連れてきちゃたからね…」梅

「そう…莉々。気をつけていくんだよ、本当にありがとうね。助かったよ」麗子

「いえいえ、大変お世話になりました。とても楽しかったです!」莉々

「その着物はそのまま着てっていいよ。餞別だと思ってさ…似合ってるよ!」麗子

「ありがとうございます」莉々

「元気でね…また…」梅

「はい、それでは皆様ごきげんよう!」莉々

「ごきげんよ〜〜う!」みんな

束の間だが屋敷の住人として店の手助けをしてくれた莉々は皆と別れた。

こうして、莉々の旅は再開した。
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〜東海道中膝莉々毛〜

元々、私は旅僧の卵。
各地を廻りながら施しを受け、御祈祷の真似事をしながらその日暮らしをする修行の身。

人々の苦悩の慰めになればと笛を吹き、誰の心を癒すか分からぬような詩を書く。

全ては己の精神を磨くため…

「はぁ〜だいぶ歩いたな…お腹空いた」莉々

腹が減った莉々は、目の前に何やら店を見つけた。

「あれ?ネネ?」莉々
「違うよ」馬

「ごめんくださいな〜」莉々

「は〜い、お食事ですか?」若女将

奥から出てきた若女将は莉々が知っている女だった。

「あれ?…もしかして…葵ちゃん?」莉々

「どちら様でしょうか…?」葵

桶の水面に顔を映す莉々

「え…その顔、屋敷で会った莉々ちゃん?」葵

「ここで、なにしてるの?!」莉々

「はは、実はね…」葵

葵は音子に送ってもらったあと、親が手放した薬問屋を改装して宿屋を始めたという。

「スゴイ!素敵だよ!」莉々

「まぁ…アタシも色々あったからね。この辺でカタギの生活でもしてみようかなって」葵

「え〜!ご飯とかも食べれるの?」莉々

「ふふ、ちょっとこっち来て!」葵

裏の調理場に莉々を連れて行く葵。
すると、そこにいたのは…

湯呑みを拭く紀美と
大根をおろす小丸

「えっ?もしかして…」莉々

「駆け落ちした紀美と小丸が料理番してるのよ…笑っちゃうでしょ!」葵

「あら、お客さん?」紀美

「ちょっとお顔見せてあげてよ!」葵

「あ!莉々ちゃん!」紀美
「どこ向いてんのよ…」莉々

「久しぶり〜!」紀美

「ここで働いてたんだね〜良かったよ、あのときは心配しちゃったから…」莉々

「ごめんね…迷惑かけて。お詫びに私達のご飯食べて行って!」紀美

「ありがとう、その前ちょっとにお手洗い行ってもいい?」莉々

「そこ裏に出たら中庭にあるよ」小丸

「はーい」莉々

「え〜と、こっちか?」莉々

「あっ…籠とった」紀美
「可愛いな〜…」小丸

「あの〜スミマセン。厠はどちらに…」莉々

敷布団を干している二人の若い女中さんに手洗いの場所を聞いてみた。

エス改め恵里
クラ改め久利

「厠はそちらにございます」恵里

「お仕事中スミマセン、ありがとう」莉々

なにわ八天男娘で奴隷状態だった二人は、葵に雇ってもらい、宿屋の支度係をしていた。

※エスとクラの名はスペイン語でesclavo(エスクラボ・奴隷の意味)からつけたものです
ちなみに、マリコーンはmariconでオカマって意味でした。

手洗いを済ませ、食事を御馳走になる莉々。

「あ〜美味しかった!ありがとう」莉々
 
「もう行くの?」葵

「うん。道中長いからね」莉々

「そっか…今度は泊まりに来てね!」葵

「是非!それじゃね〜!」莉々

葵達の切盛りする宿屋をあとにし、莉々は旅を続けた。
苦境から立ち直ろうとする女達から力をもらい、足取りも軽くなる。

「あっ、お寺があるな。少し寄らせてもらおう」莉々

境内に入りお参りを済ませ裏手のお堂を散策していると、男女の争う声が聞こえてきた。

「もうイヤだ!どうせアタシも殺す気なんだろ!」赤江

「黙れ!さっさと客取ってこい!」馬之助

黒い着物を着た女が、三度笠で顔を隠した男と口論をしている。
見たところ夜鷹(野外売春婦)と女衒(売春斡旋業者)の関係だろう。

莉々は、二人にあまり近づかないように離れた場所に陣取り、寝床を確保した。

「結構歩いたから疲れたな…」莉々

夜も近くなり、ウトウトしかけたところ、さっきの女が莉々に近づいてきた。

「ちょいと…あんさん…もう、お休みかい?」赤江

甘ったるい声で莉々に話しかけてくる女。

「……はぁ。何でしょう?」莉々

「あんさん、今夜は一人寝かい?良かったら一緒に寝てあげようか?」赤江

「え…いや、放浪の身なので。それに、私は男ですが、ほら…」莉々

莉々は頭の籠を取り、顔を見せた。

「えっ……そうゆう事かい…悪かったね」赤江

「いえ…それより、先程あなた男の人と喧嘩してませんでしたか?気に触ったらゴメンナサイ」莉々

「聞いてたのかい…」赤江

「大きな声でしたので…」莉々

女は苦々しい表情を浮かべ、反吐を履くように口走った。

「あのクソ野郎に連れ回されてさ…アタシの身体売った銭を持っていかれてんのさ」赤江

「ヒモ…?ってことですか…」莉々

「それなら可愛いものよ…使えなくなったら殺されるんだよ、みんな…」赤江

「逃げればいいじゃないですか」莉々

「逃げてどうするってんだい、行くあてもないし…アタシ今まで身体で稼ぐことしかしてこなかったから、他にできないんだよ」赤江

この女の言い分を聞いた瞬間、莉々は葵や紀美の事を思い出した。
身体を売る事しかしてこなかった人間は、この先もそれしか出来ない?
いや、決してそんなことはない。

「あの…怠けてません?」莉々

「なにが?」赤江

「ご自分の人生、諦めてるでしょ。」莉々

「アンタにアタシの何がわかるって言うんだい!」赤江

「分かりませんけど、その物の考え方だと男からも離れられないし、人生を棒に振るんじゃないのかなって」莉々

「アンタ…そんな成りしてずいぶんな事を言うじゃないか」赤江

「女だって強く生きようと覚悟決めれば、道は開けると思いますよ。よければ協力しましょうか?」莉々

「協力って…どうするんだい?」赤江

「これ…」莉々

莉々は自分の持ってる短刀を差し出した。

「護身用です。身を守るために、お使い下さい」莉々

「ふっ…こんなもので…アイツに勝てたら苦労しないね」赤江

「勝つんじゃなくて、逃げるんです」莉々

「そうかい…ありがとね、なら逃げれるまで借りておくよ」赤江

女は短刀を着物の中に隠し、去って行った。


寺の周りは静けさも深くなり、虫の声も聴こえなくなった夜更け…

突然の悲鳴によって静寂が引き裂かれた。

「きゃーー!やめてぇーー!」赤江

何事かと飛び起きる莉々、
慌てて声のする方に駆けつける。

「黙って股開いてりゃいいんだ!何もできない女のくせに!」馬之助

「あんたなんかに…あんたなんかに汚されたくない!知ってるんだ…みんなお前に殺された!紫緒が子供庇って刺されたのも、アタシは見たんだよ!」赤江

「だからどうした!お前もアイツみたいにしてやる!」馬之助

紫緒?
屋敷に少しの間いた…
華恵姉さんが連れてきた子供
紫緒はこの男に…

「ねぇ…」莉々

「なんだ?!テメェ!」馬之助

「アンタって竹中組の馬之助って人?」莉々

「だったらなんだ?!おい!」馬之助

「お前か…」莉々

莉々は籠を外し、髪を振りほどいた。
穏やかな表情が次第に怒りの形相へと変わっていく。

「感謝するよ…ここで会えたこと。導いてくれたんだね。お月さんが…」莉々

「なに言ってやがる…お前が先に殺られたいんだな!」馬之助

「ほざけ…私が月に変わってお仕置きだ馬野郎!」莉々

莉々が刀を抜く、
たが馬之助も抜刀から鋭く刀を振り下ろし応戦する。
両者つばぜり合いから睨み合い、息もつかせぬ張り詰めた空気の中…
一人の老人が声をかけてきた。

「これこれ…仏閣内で殺生は御法度ですぞ」謎の老人

「うるせぇ!老いぼれ!」馬之助

老人に悪態をついた馬之助の身体が少しねじれたところを、赤江が短刀で斬りかかった。

「このクソ野郎!死ね!」赤江

それをヒラリとかわす馬之助。

「このアマ…刃物なんぞ振り回しやがって」馬之助

「逃げろ!」莉々

莉々の声より一瞬早く、馬之助は女に襲いかかった。
転びそうになりながらも逃げる女。
それを追うように莉々も走る。

「いやー!助けてー!」赤江

「待て!殺してやる!」馬之助

必死に走る赤江
追う馬之助
敢え無く女の脚力は男に追いつかれ、女は路上に押し倒された。

「観念せぇ!」馬之助

(バシーン!)

「お前がな…」莉々

路上に倒れた女の横に、刀を持った右手が転がる。
振りかぶった馬之助の腕を、後ろから一刀両断した莉々。

「うがぁーー〜〜!!」馬之助

悲鳴をあげ転がり回る馬之助。

「アンタ、ケジメは自分でつけな」莉々

「うぅ…う〜うわぁーーー!!」赤江

女は気が狂ったように男を羽交い締めにし、体を押さえ込んで短刀を一突きにした。

「人殺しが!思い知れ!」赤江

「アガがが……グゥ……」馬之助

喉元から溢れ出す赤い血は人間である事の証明なのだろうか…
コイツが殺してきた者達と同じ赤い血が、コイツにも流れている。
なぜ、馬之助はこうなってしまったのだろう…人を殺めれば結果は自分に戻ってくる。

「ずいぶんと派手におやりになりましたね」老人

後ろから老人が馬之助を見ながらつぶやく。

「お願いします、この子がしたことを……」莉々

「さっさと始末してしまいましょう」老人

「……え」莉々

老人は馬之助から短刀を抜き、馬之助の身体を畳み始めた。
身体のありとあらゆる骨を砕き、関節を折って丸めている。
大男の身体がみるみる小さくなってゆく…

「そこの溝を少し掘って埋めて終いです、夜が明ける前に事無きとしましょう」老人

私達は懸命に穴を掘り、丸まった男の塊をそこに埋めた。

「我昔所造諸悪業…」老人

「南無阿弥陀仏…」莉々

「悪戯懺悔…」赤江

経にて悪人を弔う三人。

「では、これにて…お二人も早々に立ち去るように」老人

「あの…ありがとうございました」赤江

「感謝される行いではないのですよ」老人

「貴方は一体…」莉々

「方々を彷徨いながら言葉遊びをしている、ただの変人ですよ」老人

「もしや貴方は…東北からこちらへ?」莉々

「よくわかりましたね…この東海道も闊歩したくなりましてね」松尾

「私、修行の身なのですが…ご迷惑でなければお供させて下さいませぬか…」莉々

「……そなた、男色の気は?」芭蕉

「少々…」莉々

「ついてきなさい、私との道は深く険しい修羅の道ですぞ」松尾芭蕉

「奥の方まで宜しくお願い致します」莉々

こうして芭蕉と莉々の「奥の方の道」は始まった。

「あらら…」赤江

外伝終…次回、本編へ











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