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淫魔屋敷・漆話

花魁を一目見ようと、ごった返す人の群れの中に奴らはいた。

一年前のあの日、俺は借金の工面をしてもらいに親戚中に頭を下げて回り、皆からなけなしの金を分けて貰ってきた。

葬式でこさえた借金…

十年前に親父が無くなり、葬儀を頼んだ寺に檀家だからと法外な葬儀料を取られた。
その時は、仕事も順調だったのでどうにか堪えたが、昨年の冬に母親も他界した。

「御布施料含め50両いただきます」僧侶

「そんな金…今すぐには…」俺

「故人に対する供養の為とお考えください、あの世で幸せに過ごされるようにと」僧侶

俺はなにも言えなかった。
坊主共の常套句なんだろう。

コロリと天候不順のせいで仕事も激減し、明日をも知れぬ生活の中、子供の為にと貯めておいた金を寺に渡し、それでも足りぬと先祖から守ってきた田んぼや土地を売り、家財道具や親父の形見の刀も質に入れた。

それでも、どうしても足りない分を母方の親戚にお願いしに行ってきたところだった。

「帰ったぞ、お初」俺

家にいる妻の「お初」に金はなんとかなったことを伝えて安心させようと呼びかけた。

「おーい、お初」俺

奥の寝室を開けると、信じたくない光景が目に飛び込んできた。
半裸で横になっている妻と、俺から金をせびっている僧侶が布団の中から俺を見ていた。

俺はこの時、全てを失った。

妻は子供を連れ出てゆき、仕事もままならなくなり心身共に気力がなくなってしまった。

財も無くなり、頼りにもならない俺に愛想を尽かしたのだろう。

役場にも年貢が徴収出来ないならと、身分を剥奪され「非人」扱いとなり。

(非人)…人ならず者。

食うものも食わず、餓死して死ねたら幸せだろうなとさえ考えていた。

その一方で、俺の金と妻を奪った聖職者は坊主の位を上げ「阿闍梨」という高名な僧侶へと出世していたらしい。

女人禁制の聖職者が人の伴侶に手を付け、のうのうと王手を振って歩いている。

今、そこで…

その行列の向こう側に、ハゲ頭を隠した阿闍梨とお初が楽しげに物見見物している。

私は立ち止まって二人をジッと見ていた。

「梅さん?どうしたの?」お蜜

「……ごめん。少し気分悪くなっちゃって」梅

「大丈夫?」お蜜

「申し訳ないんだけど、先に帰るね」梅

「そっか…残念だけど気をつけて帰ってね、みんなには伝えておくから」お蜜

「ごめんね…」梅

私は奴らに気づかれぬよう、一瞥もせず店へと戻った。

辛い?
悲しい?
寂しい?

大丈夫
今はね…

今の私には仲間がいる。

あの時、私を救ってくれた屋敷。
今の私はここが全て。

妻に愛想尽かされ、子供と引き裂かれた晩。
私は一人でいると気が狂いそうだったので、人の多い街へとフラフラ彷徨い出た。

そこで見かけた怪しくも華やかな淫魔屋敷。

私は僅かな金しか持ってないにもかかわらず、屋敷の戸を開けた。

あの時、この世から見放された私に彼女達は差別することなく接してくれた。

明るい笑顔で席に誘導してくれた、
お蜜ちゃん。

一番安い酒でも嫌な顔せず注いでくれた、
加代ちゃん。

たくさん話しかけてくれた、
舞ちゃん。

気晴らしに一緒に投げ針をしてくれた、
麻子ちゃん。

見るだけでもと上の部屋を案内してくれた、
久美ちゃん。

厠の場所を教えてくれた、
華恵ちゃん。

暗い顔してる私に気を遣ってくれて、要所要所で話しかけてくれた、
純ちゃん。

そして「またいらしてね」と言ってくれた、
麗子さん。


死のうと思っていました
俺なんか…
私なんか…
これ以上、生きていても苦しいだけと…

甘いですか…
ごめんなさい

でも、そんなに強い人間じゃないから
たくさんの事柄に潰されて
息するのも苦しくなって
もう、堪忍して下さいって…

最後に皆さんのような、美しくて優しくて強い人達に出会えて良かったと…
そう思いました。

でも、人ってなかなか死ねないんですね

臆病が死の道を塞ぐんです

やめてって…

闇に閉ざされることを酷く怖がるんです

もう、金も無いのに
明日の糧も無いのに

生きようと藻掻くんです
なんの確証もない未来など見せてきて…

自分の意志とは裏腹に
畑から芋を盗んで口にし、
水をたらふく飲んで、
生に執着しました

迷惑がかかる
追い返される
そんなことを考えながら
一縷の望みを抱いて
屋敷を訪れました

仲間にしてくれたこと、感謝しています。

場違いな中年男を受け入れてくれた屋敷に、
心から奉公したいと思っています。

花魁道中から、みんなより先に戻った私は、拭き掃除や片付けなどして、開店の準備をしておきますね。

麗子さんは、お客様が来てるかな?

邪魔しないように、そっと裏口から屋敷に入ります。

何か聞こえます。

人の叫び声
苦しみを耐えるような悲鳴

それを助長するかのような
鋭く乾いた音
 
恐る恐る麗子さんの部屋に近づくと…

常連の森永さんが「お仕置き」されてました

特別待遇のプレイを邪魔せぬように、静かに廊下を忍び足で進むと、同じように忍び足でコチラに向かってくる男と鉢合いました。

「ん?どちら様でしょう?」梅

「あ……その〜修理を頼まれて…」男

「修理?台所のですか?」梅

「…ええ!もう終いですので」男

「ちょっと女将が手が空かないので、私で宜しければ…」梅

「いえ、もう済んだんで。おいとまします」

そう言って、男はイソイソと裏口から出ていった。

「台所の修理…?なんだろう…」梅

私は呑処から台所に向かうと、棚の奥の方に隠してある金庫が開けっ放しになっていることに気づいた。

「…泥棒」梅

私は急いで男を追いかけた。
表に回って街路を見渡すが、何処にもその姿をとらえることが出来なかった。

私は店に戻り、麗子の部屋へ駆け込んだ。

「お取り込み中失礼します!大変です、店の金庫が…」梅

縛り上げられたモリタクを、激しく鞭で打ちつける麗子さんがコチラを見る。

「どうしたってんだい?店の金庫?」麗子

「今しがた廊下で出くわした男が金庫から金を盗んで行った様子で!」梅

「そいつは何処に行ったんだい!」麗子

「追いかけたんですが……スミマセン」梅

「くっ………アタシとしたことが……」麗子

「…男って、店の裏にいた奴かな?」森永

「アンタ見たのかい?!」麗子

「俺が来た時にいたのさ、声かけたら向こう行っちまったけどね…」森永

「本当にごめんなさい!」梅

「アンタだけのせいじゃないさ、気づかないアタシらも悪いよ」麗子

「その逃げた男は髪長かったかい?」森永

「そうですね…たぶん」梅

「とりあえず、縄解くから梅と一緒に街中探してくれるかい…」麗子

「わかった、尻栓も外していいかい?」森永

「それは、そのまま」麗子

「…はい」森永

私と森永さんは市中を隈なく探し回った。

皆んなが体を張って稼いだ金…
それを持ち去った姑息な男

絶対に捕まえてやると、夜を徹して探したが
見つかることはなかった。

「帰りました…」梅

「お疲れさま、話は聞いたよ…」純

「本当に申し訳ございません…」梅

「誰のせいでもないよ、その盗っ人が悪いんだから」純

「皆さんは…」梅

「お麗と話してる、森永さんは?」純

「お尻を押さえて、先に帰られました」梅

「じゃあ、梅ちゃんも今日は帰りな。明日、ゆっくり話そう」純

「純さん……私、…」梅

「辞めたらダメだからね!こんなことで」純

「…ごめんなさい。また明日来ます」梅

私は責任を感じ、このまま屋敷にいてもよいものか考えた。

自責の念を抱えながら帰路につき、ボロ家で布団に包まり、歯を食いしばりながら悔しさを押し潰した。
 
寝れぬ夜を過ごし、冴えない面を洗い、少しは慣れた夜の女への準備を整え、屋敷へと向かった。

「梅さん!お早いお着きに御座います」お蜜

「お蜜ちゃん…おはよう」梅

奥の座敷から麗子が顔を出す。

「梅、ちょっといいかい?」麗子

「あっ…はい」梅

私は座敷へ上がり、麗子と向き合った。

「昨日は本当に申し訳御座いませんでした」梅

「もう、その話はいいんだよ」麗子

「え…でも……」梅

「実はね、舞と麻子が暇が欲しいって言うから、今日から梅にも店番をやってもらおうと思ってるんだ」麗子

「わかりました、私は居させていただけるのなら何用でも…」梅

「まぁ、まだ暫くはお客さんも戻ってこないと思うし、暇なうちに慣れるようにね」麗子

「はい、頑張ります」梅

舞さんと、麻子さんが暫くいなくなる。
麗子さんとの話し合いの中で何かがあったのかも知れない。
私には知る由もないが、店が暇なことと、金を盗まれた事が関係しているのだろう。

その頃、人形町の吉原から程近い場所に、上方から来たという「なにわ八天男娘」という如何わしい店が開店の準備を始めていた。

続く…
















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