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小さな旅

「旅に出よう」
ただ一言LINEが来た。六月下旬の金曜の夜である。
彼がそう言う時は決まって何か行き詰まった時だ。
どこかいい場所があるだろうかと私は考える。
「行きたい所がある」
一言だけ返した。

翌日中野駅で集合した。
中野駅から目的地まで徒歩だと30分近くかかる。
駅を出てアーケード商店街を抜け、中野ブロードウェイを素通りし、まずは天下一品のラーメンで腹ごしらえをする。
ランチセットで腹を満たした後、ようやく歩き始める。
迷うことなく今日の目的地に着いた。
哲学堂公園である。

この公園はその名の通り世界でも類を見ない哲学をテーマにした公園であり、園内に77ある哲学に由来するユニークな名前のついた坂や橋、碑や門などを巡りながら創設者である井上円了の哲学的な思想や世界観に触れることが出来る。
何が待っているのかと心を躍らせながら公園に足を踏み入れ、哲学堂の正門にあたる哲理門を探すが広大な敷地であるため中々見つからない。
哲学の世界には踏み込むだけで難しいということを実感させられる。
ようやく見つけ門をくぐり、77場を順々に巡って、一つ一つ解説の看板に目を通しながら歩き続ける。
遂には理外門を通り哲学世界と俗世間を隔てる常識の外に出る。
哲学世界における真理とは、常識とは何か。
考えても簡単にわかるわけではないがこうして考える機会を得られる場所があることはとても面白いことだ。
いくら思索に耽っても歩き続けるとやはり暑い。
氷、の文字を見つけた私と友人は迷いなくかき氷を購入した。
「また大谷がホームランを打ったそうですよ」
敷地内に野球場もあるためか、そんな話題を気さくに話しかけてくれる売店の女性店員。
二人してブルーハワイ味のかき氷を食べて、火照る体に染み渡る冷たさに感謝しつつ、真っ青に染まった舌を見せ合って笑う。

帰りは別の道を歩いていると、昔懐かしい駄菓子屋を見つけた。
看板には「ぎふ屋」とある。
その趣のある佇まいに惹かれ入ってみると駄菓子が所狭しと並んでいる。
当たり付きお菓子や、凍らせたアイスキャンディー、さらには水鉄砲まで子供の頃夢だった大人買いをしてしまう。
店の前には相当に年季の入ったパチンコゲームが置かれており、折角なのでとトライしてみて結果に一喜一憂する。
近くの公園のベンチでひとしきり駄菓子品評会をした後、友人と水鉄砲に水を入れて撃ち合っているとたちまち子供達が集まって来た。
その内の何人かは大きな水鉄砲を抱えている。すぐに的にされて、水をかけられまくる。
こちらも対抗するが、駄菓子屋で買った拳銃型の小さな水鉄砲では到底太刀打ち出来ず、すぐにずぶ濡れにされてしまう。
降参して、水鉄砲を持っていなかった子供に水鉄砲を渡して、そそくさと退散した。
二人ともTシャツは余すことなく濡れてしまっている。
しかし、六月末の東京は暑い。
中野駅に着く頃には乾くだろう。
友人も朝会った時より自然と清々しい表情になっていた。

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