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枡野浩一全短歌集で一首評の練習をする#1

 「毎日のように手紙は来るけれどあなた以外の人からである 枡野浩一全短歌集」がとても素敵だったので、お題にして一首評の練習をしていきたいと思います。

 まず、一首評とは。

一首評は、字面の通り、短歌作品一首に対して評をすることです。
(「はじめての一首評 〜どう書いたらいいんだろ?〜」)
https://note.com/harecono/n/nc98fc978a4ec

詳しい書き方も同様にこちらの記事を参考にしていきます。

 なんとなく一首評のイメージが掴めたところで、実際に評をしていこうと思います。短歌集から心に残った19首を選んでみました。ページ数も記載しておきますのでぜひ短歌集を手に取って探してみてください。

 私は主観的になりやすいので、「いつ・どこで・誰が・何を・なぜ・どうした」の5W1Hに気をつけながら一首評を書いていこうと思います。

p.9「もう愛や夢を茶化して笑うほど弱くはないし子供でもない」

大人として、弱くもなく子供でもない高い次元まで成長した作中主体は誇らしげだが、どことなく切なさを感じる。皆で茶化して笑いあっていた頃の懐かしさや愛おしさを捨てきれないのではないか。


p.26「振り上げた握りこぶしはグーのまま振り上げておけ相手はパーだ」

 ジャンケンで勝つのではなく乱闘で勝とうとしているように読める。殴るのならパーよりグーが強い。不穏な気配がありつつもしかしどこかコミカルな印象を受ける一首である。

p.35「無駄だろう?意味ないだろう?馬鹿だろう?今さらだろう?でもやるんだよ!」

 自問自答の末の「でもやるんだよ!」という決意に悲壮さすら覚える。どうしようないほどくだらない事でも大人にはやらなければならない時がある。現代社会を生き抜くためにお守りにしたい一首である。

p.72「寝返りをうつたび右の鼻水は左へ(世界の平和のように)」

 寝返りをうつと鼻づまりが移動する経験は誰にでもあるだろう。平和の不安定さを身近で意外な、きれいですらない鼻水の静かな動きで例えたのが絶妙である。

p.91「笑わない母を見舞いに行くための終バスを待つ兄と妹」

 ドラマの詰まった一首である。兄と妹が見舞いに行く母はなぜ笑わないのか。おそらく植物状態なのではないかと予想する。もしくは精神を病んで子供が可愛くなくなってしまったか。そして見舞いに行くために乗るのは終バスなので病院に泊まりで見舞いに行くのである。兄と妹の愛が必死で切なく感じられる。

p.111「強姦をする側にいて立っている自分をいかに否定しようか」

 男性にとって普遍的な問いであろう。自分をいかに否定してみせたところで加害者側であることは変わらない。責任があることから逃げてはならない。

p.167「イヤホンは耳をふさいで考えが生まれることを防ぐ避妊具」

 結句にドキッとさせられる一首である。イヤホンが与えてくれる、頭を空っぽにしていられる安心感や閉鎖感を避妊具という意外な例えでストレートに表現している。

p.170「無駄だからやらないんだね 無駄のない人生なんて必要あるの」

 ご覧の通りの反語である。つまり無駄のない人生は必要ない、無駄こそが人生なのだと言っているのだろう。人生において実にならないものや役に立たないものを削ぎ落とすこともあるだろう。でもこの歌はその必要は無いと教えてくれる。人生の頼もしい応援歌である。

p.206「被害者が四人ゐる家 加害者は一人もゐないやうな気もする」

 四人家族なのであろう。この章ではDVや虐待、強姦をテーマにしている。おそらく加害者である親もかつて虐待被害者であったという虐待のループを詠んでいると思われる。一番に守られるべきは子供の安全であるが、加害者にも支援の手が必要なのである。

p.214「悪いのは男だけだと本当に信じてるなら 続ければよい」

 この章ではDVや虐待、強姦をテーマにしている。また作者は離婚経験がある。悪いのは男だけではないと嫌味を言いたいのだろう。少なくとも強姦は男だけが悪い。女のどこが悪いのか。言えないなら黙っているのがよい。

 以上10首を評してみました。練習ですので温かい目で見守っていただければと思います。
 次回は残り9首を評していきたいと思います。てはまた次回お会いしましょう。



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