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降水確率0%の通り雨《君の落雷 僕の静電気体質》2

僕はこの時代の人間じゃない。じゃいつの時代と聞かれても困る。今みたいに平成とか令和とか、年号で呼ぶことなんかないからね。多分平安?牛車が居たって記憶があるだけなんだけど。単純だな。あとは着物姿、烏帽子。
僕の母親は至って平凡。平凡な平民。どこかの屋敷の下働きしてたそうで生きていくには困ってきなかった。父親は陰陽師。そう聞かされている、僕はまあ俗にいう私生児ってとこ。父は特に優秀でもなくやはり平凡だったそうだ。そこそこいいとこの役職付き。
認知はされていたけど、屋敷にも住まわせてもらうでもなく、身分はあくまでも平民、ただ幸運なことにそう悪い奴ではなかったので援助はしてもらえてたそうだ。だから、ひもじい思いをしたことはなかったし、欲しいものは手に入ってた。といっても所詮は平民だからそう大した欲もなかったけどね。平凡に畑の手伝いをし、近所のちびたちと遊び、幸せを考えることのない平凡を生きてた。
あの年までは。
それは最悪の飢饉と疫病の時、路地には人が倒れ、あちこちで腐臭が漂い、火事に焼け出され、雨に凍え、救いは、、来なかった。
僕たちの畑も枯れた。井戸水は毒に濁り、川の水は干上がった。屋敷からの助けもなく、そりゃそうだ、陰陽師なんて総動員されて昼夜祈っていたに違いない。多分ね。外で作った子なんて思い出しもしなかっただろう。太陽が狂ったように地面を、畑を、家を、生き物を焼いていく。熱波。逃げることもできない、容赦のない熱風。この時の僕は何を考えていたのか、食べ物、水、水、水、家の台所の土間の上で動けなくなったのは覚えている、あつい、あつい、水を飲みたい、水、水はとうに蒸発していた。
みず、み、ず、、目を閉じる、みず、、み、

水の気配で目が覚めた。ちゃぷ、、顔を横に向けると水の入った器、
みず!!!だが身体が動かない。そこに水があるのに手が、腕が上がらない。なんでだよ、、涙が出てきた、からからの身体なのに水でるんだな、可笑しくなって笑ってた。これって意地悪なの、優しさ?百歩譲って頑張れってことだと思うことにするよ。頑張って動けってね、生きたかったら動いて飲めってね。でもできないもんはできないんだよ、たとえ死にかけでもさあ!
やけくそで腕に力を入れたら、動いたよ。手に握ってた棒が。その棒の先は丸く平らになってて、で、水の器はその平らな先っぽに乗っていて、で、棒が動いて先っぽが浮き上がって乗ってた器は、、、ひっくり返った。
「こぼしちゃったね。」
気が付けば頭の上の方に男の子が座っていた。
「誰?」
声がでない。今更だけど
「ここ何処?」
やはり声が出ない
「みず、ほしいの?」
がんばってうなずいてみる。
「なんで?」
喉が渇いているからに決まっているだろう!
「さっきあんなに飲んだのに?バケツでがーと」
え?ってバケツってなに?
「僕のバケツの水いきなりがーって、それよりお兄ちゃん誰?」
「誰って、君こそ誰、それにここは?」
今度は出た、声
「ぼくんち」
周りを見渡そうとして酷い眩暈が襲う。目に入ったのは黄色い桶のようなものと、何か動物を描いた茶碗。そして、奇妙な着物を着た短い髪の毛の男の子。
「僕に触らないで」
目眩を起こした僕に男の子が手を伸ばしてくる。だめだ、病気がうつるかもしれない。病気にかかった感じはなかったけど、周りは病人だらけだ。移っていてもおかしくない。この子は、この子は健康だ、見ればわかる、顔も身体も病気には見えない。どこか高位の貴族の子なのだろう。隔離されてたんだろうな。なんでそんな子がここにいるのかはわからないが万に一つも病気を移してはいけない。
「触らないで、そしてゆっくりと僕から離れて」
僕の家だといった。多分、多分だけど、僕は発症したんだ。で、この家、貴族だろうな、に恨みを持つ輩が、病原体として僕を放り込んだんだ。陳腐だけど、ありそうな考えだ。
そんなことを考えながら、どうやってここから出たものかと考える。水を飲んだというのは本当らしい。頭がスッキリしている。目眩はひどいけどね。とにかく、この子の家族に見つかる前にここでなくちゃ。叩き出されるより自分で出た方が百倍いい。出口は、って石の塀!初めて見た、四角く綺麗な石。予想以上に高貴な方なのか。
「ね、君、山はどっち?」
「やま?ふじのこと?」
なんのこっちゃ
「やまはやまだよ、ちょっと小高い丘でもいい」
川が流れているかもしれない、それに少しは涼しいだろう。やばい生き物、熊とかね、は居るかもしれないが暑さで巣にこもっていることを願う。
歩いて行けるところにはないのかな、ちびちゃんの返事を待つ。
「ふじならすぐうしろ」
後ろを振り返ると、広い草むらに一本の道が伸びていて、その先が山だった。なだらかな山でそれほど高くもなく、これなら川もあるだろうし隠れ家も作れそうだ。この状況が落ち着くまで。それまで隠れていれば。疫病を発症したとなったら今頃家も打ち壊されているだろう。焼き払われているかもしれない。そこへのこのこ帰ろうもんなら、結果は歴然としている。隠れなきゃ。もちろん疫病を発症しているなら遅かれ早かれ死ぬのだろう。だったらなおさら、少しでも涼しいところに居たいよ。水があってさ。水が飲めないつらさはもう御免。いまは、のどの渇きはない。あの子の水を奪ったていうのは本当らしい。謝らなきゃ。
「ありがとう。じゃあ僕は行くね。面倒見てくれてありがとう。それと、大事な水を獲ってしまって本当にごめんなさい」
チビくんは僕をじっと見て、まっててといった。そして走り出していく。
家の方に向かっていったようだが、不思議なことに僕の目がおかしいのか、家の様子はぼんやりとしか見えない。輪郭も色も全てがぼやけていて、そういえば周りも山ははっきりと見えるのだけれど、そこへ至るまでの道というか風景がはっきりしない。
「夢を見ているようだ」
僕は本当は、何度目かの疑問が浮かんでくる。ほんとうは、とうに、、
「ゆめ?」
「わっ」
いつのまにか、ちびくんが戻ってきていた、そして僕に何かを差し出す。
「ごはんとみず」
「ごはんと?」
なんだろう、この乾いた砂のような物体は。ごはん?これがご飯?透明な、なんだこれ巾着?それに同じく透明な入れ物にちゃぷんと、これ水だよね?
「ね、あの」
「おいしいよ?たべて」
おそるおそる、その大粒の砂のようなものを口に入れる。ほんのり甘い、え美味しい!がつがつがつ!僕は勢いよく食べだした。お腹すいてたんだから仕方ないだろ。がつがつがつ、得体のしれない袋に入っていた物体はあっという間に消えた。
「おかわりもってくる」
そんな声が聞こえた気がしたが、かまっていられない。みず、このみずはどうしたら飲める?砂のような物体は美味しいがのどの渇きも持ってきた。手にさっきの物体、ごはんを抱えたちび君が来たので、飲み方を教えてと迫る。
「ぼくさわってもいいの?」
「わーーーごめん!!」
我を忘れた人間なんてこんなものだ。ほんと、なんもかも忘れてた。
「だめ、ちかよっちゃだめ、でも水の飲み方は教えてください!」
ひれ伏さんばかりにお願いする。
「みてて、こう」
上の小さい部分をくるくる回す、おー器用だ。
「やってみて」
水の器を地面において、ちび君が一歩下がる。恐る恐る近づいて、器を持ち上げ、くるくる、小さい塊が取れた。
「のんで」
器に口をつけ、あおる。美味しい!ひんやり冷たくて、川で飲む水のようだ。貴族様はこんな飢饉の時にでも美味しいもの食べれるんだな、ちょっと涙。
「のんだらふたをして、こぼれないよ」
小さい塊をくるくると元に戻す。おおこぼれない、これなら水を持ち歩ける。
「ありがとう、でも、僕にくれてもいいの?きみ、怒られない?」
「なんで?たくさんあるからいいよ」
そう、たくさんあるんだ、浮かんだ思いはしまっておいて、とりあえず山を目指す。
「ほんとうにありがとう。ごはんとみず有難くもらっていくよ。もう会えないと思うけど、君の親切は忘れない。ありがとう」
「おにいちゃん、いくつ?」
ちびくんが唐突に聞く。
「え、いくつって何?歳の事?10歳だけど」
「ぼく3歳なんだ」
だから、
急に砂ぼこりが舞って、あおられるように屋敷の外へ出た。やっぱり物の怪?でも手には食料とたっぷりの水、何でもいいか、今助かっただけでいい、あの子もいい子だったし。かわいかったな。ふっくらした顔に短い毛。伸ばし始めたばかりだったのかな。3歳だって言ってたものな。もう会えないな。不思議と寂しさが襲う、どうしてだろう、知り合いでもないのに。しばらくは一人で生きていくことになるからそれでかな。おじい、さこ、ひこ、みんなみんな生き延びよう、理由なんていらない、僕でいる限り僕は生きるんだ。ごはんと水が力をくれる。ちびくん、生きてみせるよ。




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