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切り替えのきっかけ

いよいよ秋も深まり夜寒を覚えるこの頃・・・。

この季節に欠かせない職場での仕事のひとつに、駐車場の落ち葉掃除があります。

先日も出勤早々に、駐車場に散らばった落ち葉を、短柄ほうきでせかせかと掃き集めていました。

少し湿った葉っぱは、ひと掃きではちり取りに収まってくれないし、せっかく集めた葉っぱも風が吹けば散らばってしまいます。落ち葉との戦いです。

そこにお隣の美容室の店長がほうきを持って出てきて、お店の前を掃き始めました。

私は挨拶をしたあと、

「落ち葉の季節がやってきましたね。掃いても掃いてもなかなか終わらないですね。」

と声をかけると、その店長さんは、

「切りがないんですよね。」

と笑顔でおっしゃり、入り口周辺の落ち葉をある程度拾い集め、お店に戻っていかれました。

私はその後、店長がおっしゃった「切りがない」ということばが、頭の中でリフレインしていました。落ち葉を集めることではなく、「自分の中でモヤモヤしていることを永遠と考えてしまう」ことに結びついたのです。

モヤモヤした状態が続くと、気分が落ち込み、やる気も低下してしまいます。誰かと会話をしていても、そのモヤモヤが邪魔をするようで、会話にも集中できなくなってしまうこともあります。

そんなときは、モヤモヤしているという自覚はあっても、なかなかその状態から解放されません。

この時期以外は、駐車場の掃除も案外楽なのです。

落ち葉も数枚で、目につくゴミの数も少なく、掃除した後の駐車場はパーフェクトなほどに綺麗になります。

しかし、この時期は大量の落ち葉があるうえに、掃除したあと数時間ましてや数分したら落ち葉が舞ってきます。

パーフェクトに綺麗な状態というのは難しいのです。

それなのに、私の中の「完璧にしなければならない」という虫が騒ぎ始めると、掃除にしろ、物事の考え方にしろ、なんとかやりきらなきゃ、なんとかしなきゃ、と思ってしまうきらいがあるようです。

でも一点に留まり続けてしまうと、流れも滞ります。

それが嫌だと自分でも思っているからこそ、「切りがない」ということばが自分のアンテナに引っかかったんだと思いました。

私が頭の中でモヤモヤと考えていることは、確かに「切りがない」ことだと。

「切りがない」ということばを調べてみると以下の説明がありました。

いくらやっても、ものごとが解決しおわらないようす。

ベネッセ新修国語辞典

いつまでも十分にならない。

実用日本語表現辞典

モヤモヤしていることを同じ場所でいくら考えていても、解決するとは限らない。十分な答えが見つかるとも限らない。

同じ場所に留まっていても切りがない。解決策を必死に考えることを一旦やめてそっとしておいたら、適切なタイミングで解決策や答えが見つかるかもしれない。

ましてや、いつの間にかそのモヤモヤが消えてしまっていることも、今までにもありましたしね。

もし、同じことを考え続けて、モヤモヤしてしまっている自分に気付いたときは、切り替えのきっかけに、「切りがない」ということばを思い出して見ようと思います。

ちなみに、以下は「ずんの飯尾和樹」さんへのインタビューのうちの、ひとつの回答です。

「悩んだらどうする?
 とことん落ち込む?or 忘れるように発散?」

の質問に、

「最初は落ち込む。次の段階で発散する。悩んだときに特別取る行動としたら、歩くこと。考えて考えて歩いて歩いて、ベンチに腰掛けて、見上げたら月が満月で馬鹿らしくなって、今日も月は丸いなと思って、もういいやって思って。でもそれは生きている証。」

と答えていらっしゃいました。

飯尾さんの雰囲気は以前から好きなのですが、この話を聞いてさらに好きになり、真似してみたいなとも思いました。

飯尾さんは即答で「歩くこと!」と仰っていました。身体を動かすことも回路を変えるきっかけの、ひとつの方法ですね。

私が思い浮かんだ行動は、ワンコと散歩、モップで床掃除、トイレ磨き、キッチンの流し台磨き、中距離ドライブ、そして川の流れを見ること。

そして最後におっしゃっていた「生きている証」ということば。格好いいな。



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