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『幸せを売る男』 アンドリュー・ゴールド

 矢沢永吉のアルバム『HEART』(1993)を聴いていたら、プロデューサーにアンドリュー・ゴールドの名前を見つけ、ちょっとびっくりした。矢沢がウェストコースト系のミュージシャンと係わることについては、ドゥービーズとのコラボがあったので今更驚きもしない。しかし、アンドリュー・ゴールドと矢沢は結びつかなかった。僕の知っているアンドリュー・ゴールドは、ウェストコーストのシンガー・ソングライターで、どちらかというとポップス系の楽曲が多かったと記憶しているからだ。ちょっと気になって矢沢がアメリカ進出して最初のヒットとなった「Rocklin' My Heart」(アルバム『YAZAWA It‘s just Rock' Roll』(1982))を見てみたら、なんとこの時からすでにアンドリューの名前があった。アンドリューは矢沢がドゥービーズと話題になっている陰でプロデューサーになっていたのだ。今まで知らなかった。そういえば、今改めて聴くと「Rocklin' My Heart」はアンドリューっぽいコーラスワークだ。

 アンドリュー・ゴールドは日本ではあまりなじみが無い。イーグルスやジャクソン・ブラウンの影に隠れてしまい、商業的にも彼らほどは成功していない。しかし、彼の作品は西海岸のトッププレイヤーの音をふんだんに使った上質なものが多いし、独自のポップス感覚がある。もともとはリンダ・ロンシュタットのバック・バンドのギタリストで、キーボードやベースなどもこなすマルチプレイヤーである。自身もバンド活動をしていたが、すぐにソロ活動を始め、サードアルバムの『All This And Heaven Too (幸せを売る男)』(1978)がヒットした。

「Thank You For Being A Friend(気の合うふたり)」が25位のスマッシュヒットとなり有名になったアルバムだが、この曲以外にも良曲が粒ぞろいである。それは、曲の良さもさることながら、バックサポートのメンバーの豪華さに尽きると思う。
 1曲目の「愛しているのに」は、マーク・ゴールデンバーグとマーク・セイフィンのナンバー。リック・マロッタ(Dr)、リトル・フィートのケニー・エドワーズ(B)、リンダ・ロシュタットのバンドのワディー・ワクテル(G)、このアルバムの共同プロデューサーのブロック・ウォッシュ(Cho)、アンドリュー本人がギターを演奏している。また、2曲目の「オー・ユーレイニア」は、ラス・カンケル(Dr)、リーランド・スクラー(B)というリズム隊。たった2曲をとってみただけでも、西海岸の1流ミュージシャンが名を連ね、他の曲にも若かりし頃の故ジェフ・ポーカロ(Dr)の名前を見ることができる。
 ビートルズの影響を受けたブリティッシュ・ポップの感覚とウェストコーストの乾いたサウンドがミックスされ、巧みなコーラスワークがアンドリューの世界を作り上げる。どこか懐かしいサウンドを想起させるが、古臭くなく、心に沁みるロックが堪能できる。決定的な個性が無く、サラリとした印象なので、日本では商業的に成功しなかったかもしれないが、意外なところで彼の歌を耳にする時もある。ビールのCMソング(アサヒ・スーパードライ)「Pal O'Mine」は、聴けばわかるという世界である。

 「Thank You For Being A Friend(気の合うふたり)」は、サイモン&ガーファンクルの「明日に架ける橋」やキャロル・キングの「きみの友だち」と並ぶ、友情の歌である。友達への感謝を表した歌だが、アンドリューの爽やかなヴォーカルが歌の内容にマッチし、共感を生んだ。その結果のヒットである。約20年前の作品だが、いつ聴いても元気が出てくる歌である。
 イーグルスやドゥービーに飽きた人はいいかもしれない。ゆっくりと落ち着いて聴くことができるウェストコーストロックである。

2006年1月27日
花形

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