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ワイルドなルー・リード

 今回はルー・リード。この人もう死んじゃったからこの世にいないんだけど、ものすごく変わった人。

でも、安心してください。名盤ありますよ。
『トランスフォーマー』(1972)は一番とっつきやすい作品で、ヒット曲もあります。「ワイルドサイドを歩け」なんて格好良いです。男のアルバムです。っていうか、ジェンダーフリーな内容というか、火遊びというか、とにかく“こんなすごいことやるかい?さぁ、ワイルドに行こうぜ・・・へへっ”と挑発する歌です。ま、ロック精神ですね。

 で、ルー・リードなんですが、詳しいプロフィールは各自ググってもらえればいいので、ここでは書きませんが、とにかく破滅型の人です。でもちょっとだけ書きますと、ベルベットアンダーグランドとして1965年にデビューし、ニューヨーク・パンクのみならず、その後のロンドン・パンクやオルタナティブ・ロックの源流を作った人と言われてます。アンディ・ウォーホールやパティ・スミス、ジョン・ケイルなどと活動を共にしておりましたが、奇行といいますか、乱暴者といいますか、とにかく思い込んだら突っ走ってしまう人のようで・・・もう少し自分を抑えられていたら・・・あ、それじゃ、この人の存在価値がないですね。
 日本で言うなら内田裕也さんみたいな人です。鏡に映った自分の顔にガンつけられたから鏡をパンチしたら血だらけになったというとんでもないエピソードが裕也さんにもありますが、ルー・リードはそんなエピソードの塊みたいな人です。ま、本人いたって素直な人・・・いや、自分に素直な人。
でもって、今回はいろいろなエピソードを記載しますので、その後、是非『トランスフォーマー』を聴いてみてください。なにかを感じると思います。そんでもって、ちゃんとロックの殿堂入りもしていますから、ある意味、常識を逸した最後の「音楽家&詩人」だったかもしれません。

 名言とエピソード転記します。いろんなところから集めてきましたので、信憑性に欠けるかもしれませんが、洒落で読んでいただければ幸いであります。

~名言~
「音楽がすべてだ。みんなそのために死ぬべきだ。他のものなら何でも命を投げ出すというのに、どうして音楽じゃだめなんだ?」

「生きるということは、ポニーにサンスクリット語を読み聞かせるのに似ている」

「過去にこだわるには、人生はあまりにも短すぎる。僕は未来を見つめたい」

「現実を扮装するなんて俺には理解できない。
何かをよりきめ細かにみせるために化粧を使うなんて理解できない」

「ダンスに行きたがる人もいれば、働かなければならない人もいる。
悪魔のような母親さえいる。
奴らは君にこう告げる、すべてはただの汚物だと」

「ロックンロールの歌を通して出来ることがたくさんあると常に信じている。
ロックの歌にシリアスな歌詞を書くこともできるんだ。もしビートを失わずにやれたらな」

「ロックンロールとは、パワフルでエモーショナルで簡潔で表情豊かで直接的なものなんだ。なぜならロックンロールには、人間の鼓動の基本があるからさ。その部分に、人間は即座に共鳴できるんだよ」

「すべては必然だと思うんだ。あらゆることは起こるべく時に起こるんだ」

「怒りについて、夜明けとともに訪れる罪の意識について、奴らに教えろ。
花について、許すことの美しさについて、奴らに教えろ」

なんか、いいでしょ。詩人ですな。でもこの後、ちょっと趣が変わるのであります。

「俺は酒を飲むことでドラッグを止めようとした」
「俺は他人のノスタルジアが好きじゃない」

「目には目をは基本だ」

「最初に学ぶのは、常に待たなければいけないということ」

「僕が君の鏡になろう 君という人間を映し出してやる もし君が知らないのなら」

「俺の1週間はお前の1年に勝る」

「人生はマヨネーズソーダのようなもの 人生は部屋のない空間のようなもの。
人生はベーコンとアイスクリームのようなもの。
君のいない人生なんてそんなもんさ」

「俺が男だか女だかわからないって?それを聞いてお前はなにをしてくれる?」

「最後に質問がある。何故、俺は日本人に人気が無いんだろう?」

知らんがな!ってなりますよね。なんか、破滅的になってきたでしょ。
では、続いてエピソード編。すごいよ。

~エピソード~

「スピード(幻想麻薬)を打ちまくって3日に1度しか眠らず、あらゆるドラッグから引き起こされる症状をソングライティングに反映するという実験を試みていた」

「ステージ上でのヘロイン注射」

「彼はバイセクシュアルだとされ、10代の頃に電気ショック療法を受けている」

「レストランでボウイと喧嘩になってボウイをボコボコにして立ち去り。残されたボウイは泣きながら植木鉢を破壊した」

「パティ・スミスに“あんたみたいな嫌な人間がどうしてあんなに美しい音楽を書けるの?”と難癖を付けられた」

「朝日新聞の記者がインタビューをするために楽屋に入った時、ちょっと咳き込んだ。ルー・リードが"風邪引いてるのか?"って訊くと、その記者は心配してもらってると思って「ちょっと」って答えたら、「今すぐここから出てけ!」って怒鳴られた」

「ある日本人が、ニューヨークのゲームセンターに行ったらルー・リードがいたので、“握手して下さい!”と声をかけたら、数秒後に、“お前が声かけたからハイスコア逃しただろ!”と言ってぶん殴られた」

「ルーリードの90年来日時の記事で、都内移動中に右翼の街宣車に遭遇し同行記者に、“彼らは三島(由紀夫)のようなものか?”と尋ねた」

「アート・リンゼイのライヴを見に行き、楽屋でずっと黙りこくっていたが、ようやく口を開けたら“君は歌うのと同時にギターを弾こうと考えたことがないのか?”と聞いた」

「ノイズだけで1時間という『Metal Machine Music』(邦題:無限大の幻覚)(1975)出したあと"あれは冗談でした"って言った」

「カンフー好きが高じて2004年の来日公演では自分のカンフーの師匠をステージに上げて演舞させたが、バンド・メンバーたちは困惑しメンバーの1人は“よくわからないけど、ルーの希望だから”と苦笑いしていた。あまりの不評に、翌年からは演舞はなくなった」

「エフェクターボードの第一人者ピート・コーニッシュのボードを愛用しており、空間系の音作りでは数十通りもすぐに出せるように調整されていた。しかし、レコーディング中、ワンフレーズに悩み、数時間もかけた挙句、コードを引き抜きアンプに直でつないで“これ”と言って30秒で終了した」

「スーザン・ボイルに“お前の歌い方、嫌いだから”と自分の曲「パーフェクト・デイ」をカバーするのを止めさせて泣かせた」

「でも、その後カバーの許可を出した上、スーザンのビデオのプロデュースまでやった」

「新宿厚生年金で、1曲目「スゥイート・ジェーン」のイントロを中断して、“何故スリーコードの曲しか書かないのかと訊かれるけど、ほら、これはコード4つだ”と弾いてみせた」

 なんか、楽しくなってくるでしょ。
この人、何度も書くけど、自分に素直なんだよね。だから太くて短い人生(ワイルドサイド)を歩いた、と言うより走りきったんだろうね。

 ちなみに私は、『ベルリン』(1973)を中学生の時に聞き、全然わからなかったんだけど、
男になってから聞き直したら、なんかしっくりきた。

ワイルドだろ~。(古いな・・・)

2016/1/5
花形

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