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『3rd BREAK』 バービー・ボーイズ


 “場違い”という言葉がある。僕は何回かライヴ会場でこの感覚を体験したことがある。
①憂歌団のホールコンサートでのこと。いつものようにライヴハウスと同じ感覚で野次を飛ばしたら、みんなから白い目で見られ、挙句の果てにはキムラから「今日は場所がええとこなんやから、もうちっと上品に声援してや。」と言われた。
②ブルーハーツがまだメジャーデビューする前、先輩に誘われて新宿LOFTに行ったとき。僕は頭からつま先まで黄色だった。帽子、服、靴すべてだ。会場に着いてみると観客はみんな頭からつま先まで真っ黒だった。黒い紙に“からし”を落としたような状態になっていた。因みに先輩は黒だった。言ってよ~。
③ベリンダ・カーライルがプロモーションで来日したとき。六本木の小洒落たライヴスポットで行なわれたライヴでのこと。貰った招待券で入ったものの、観客は何故か業界関係者ばかりで、みんな歌なんか聴かずに名刺交換と挨拶ばかりしていた。僕も2~3人に声をかけられ、どちらのプロモーターですかと尋ねられた。「いえ、私は学生です。」「あっ、じゃあ就職活動かなんか?」「いえ、ベリンダを観に来ました。」「あ、そう。」・・・あるプロモーター主催の業界関係者用のライヴと知ったのは、会場を出る時に見たタイトルボードの文字だ。“○○プロモーター・内見会”。

 バービー・ボーイズのライヴでも、場違いの経験をしたことがある。
僕は大学時代、健康サンダルの愛用者だった。みんな夏になるとビーサンをはいていたが、僕は親指と人差し指の間が痛くなってしまうのでビーサンが嫌いだった。
 横浜から江古田まで、朝のラッシュにもみくちゃにされながらも健康サンダルで通学したこともある。調子こいてクラブの春合宿にもサンダルで行ったら、合宿先に雪が残っていて死ぬほど寒い思いもしたこともある。そんなサンダルを履いてバービーのライヴに行った。
 会場を見渡すと観客はみんなラバーソウルやブーツでビート・キッズをキメていた。そこに、セーター姿、健康サンダルで入ってしまったものだから浮いた。まだ、スーツ姿の方が業界人を気取れたかもしれないが、普段着にサンダルじゃね・・・。

 バービー・ボーイズのライヴは、おもちゃ箱をひっくり返したような賑やかなものだ。特に『3rdブレイク』(1986)『Listen !』(1987)を出した頃のバービーのライヴは、誰も止められなかった。コイソのシンプルなリズムにエンリケのリードギターのようなベースが絡み、イマミチの低音弦でトゥワンギングするストラトのサウンドにコンタのソプラニーノと杏子のハスキーヴォイスが世界を作り上げる。男女掛け合いのヴォーカルはまるで小さな演劇を見ている錯覚にもとらわれる。女の情念と男のわがままはひとつ間違えれば演歌の世界になってしまうが、サウンドはあくまでも研ぎ澄まされたビートの中で音を構築していた。
 驚くべきことは、バービーには和音を奏でる楽器がギターしかないということだ。しかもオルガンやシンセのようなロングトーンはギターには望めない。ビートの利いたリズムギターをプレイしながらリードも弾く中で、薄くなるバッキングをベースとソプラニーノとヴォイスで埋めていくアンサンブルは、バービーの真骨頂ともいえる。

 『3rdブレイク』に収録されている作品は、どれもがシングルを切れる位クォリティが高い。「離れろよ」や「ショート寸前」「なんだったんだ? 7デイズ」「ストップ!」などはライヴでの常連曲である。
 レベッカ、ボウイ、レピッシュ、エコーズ、ラフィンノーズがしのぎを削るビートバンドブームの中、バービーは独自の音楽を展開していた。とにかく、コンタと杏子のはじけたヴォーカルがあれば、他のバンドでは成立できない世界がそこにあった。そして、あの世界観を表現できるバンドはいまだに存在していない。

 バービー・ボーイズを聴くとあの“場違い”なライヴを思い出す。
 アンコールで「ショート寸前」が始まった時、前に立っていた女性のヒールが僕の健康サンダルを踏みつけ、泣きながら見たことを、今思い出した。

2006年4月12日
花形

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