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『ハーヴェスト』 ニール・ヤング

 「収穫」とは種を撒き、水をやり、栄養を蓄え、太陽の恵みの結果、人々にもたらされる天からの恵である。その「収穫」をアルバムタイトルにもってきたニール・ヤングの作品。1972年発表の『ハーヴェスト』に収録された作物・・・天からの恵というにはあまりにもシニカルである。
 初期のヤングの作品は疑問形が多い。それはプロテストソングの割合が多い事や彼の詞がディランに影響を受けていることからもわかる。難解な歌詞に綴られた政治や人種問題などあのハイトーンで線の細いヴォーカルが歌い上げる世界は、静かなサウンドに乗ればガラス細工の様でもあるし、ディストーションの効いたハードサウンドであれば、悲痛な叫び声にも早変わりする。
 バッファロースプリングフィールドやCSN&Yを経て完成した『ハーヴェスト』は、それまでのヤングの集大成とも言える。
ファーストソロアルバム『ニール・ヤング』(1969)、セカンドアルバム『ニール・ヤング・ウィズ・クレイジーホース』(1969)、サードアルバム『アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ』(1970)と進み、CSN&Yの活動と平行しながらヤングのネームバリューは高くなっていった。そして詞も曲もサウンドもどんどんハードに変わっていく中、『ハーヴェスト』は一転し、ナッシュビルで録音されたカントリー風の作品が全体の7割を占め、アコースティック色が色濃く、その中でも「孤独の旅路」のシングルは商業的にも成功し全米ナンバー1を記録した。
 しかし、それまでのヤングの作風で言えばアコースティックは繊細なサウンドであり、エレクトリックと対峙するものであったが、このアルバムは全体的に埃っぽく、いままでのそれとは違う。そして、その内容は何度も繰り返すが決して「収穫」と呼べる内容ではない。
 これを「収穫」とするならば、それは絶望と不安を刈り取り、何も残らないやせ細った地に咲く一輪の花だ。「ダメージダウン」は、ドラッグで苦しむ友に捧げ、「アラバマ」ではCSN&Yの作品「4ウェイストリート」にも収録された「オハイオ」に匹敵するプロテストソングである。人種差別の激しいアラバマ州を徹底的に非難しているのだ。
「孤独の旅路」は愛の歌である。しかし、歌詞には「love」の言葉はない。

金色の心を求め、人生を旅する、それはあなたを愛するために私は生き続ける。
金色の心=純粋な心
その心を求め続け、わたしは年老いてしまった。

この時期の歌詞にはこういった作風が多かった。
長生きするために金の心が欲しいとか、錬金術師が出てきて永遠の命を求めるとか・・・。
ツェッペリンの「天国への階段」の冒頭も
「光るものはすべて黄金だと信じている女がいる
彼女は天国への階段を買おうとしている」
とある。

 ヤングが敏感に時代を感じ取り歌詞を創作したかどうかは疑問だが、絶望としか思えないこのアルバムの中で唯一救える歌がこの「孤独の旅路」かもしれない。
いくらジャック・ニッチェの壮大なオーケストレーションがあったとしても、音が厚くなればなるほどそれに負けまいとするヤングの悲痛な叫びが我々の耳に響く。
 
 だいたい人はヤングのどこに惹かれるのか。
それは、ディランのそれと似ているかもしれない。歌詞、独特なヴォーカル、世界観、ハーモニカホルダー、下手うまなギターソロ、ピアノ・・・。
 私はニール・ヤングをいつかやめようやめようと思いつつ、聴き続けてしまっている。CSN&Yの中では断トツにスティーブン・スティルスのファンだし、もちろんクロスビーも好きだし・・・ニール・ヤングなんて・・・と思いつつ毎回聴いてしまっている。

 『ハーヴェスト』の後に発表された新曲だけのライブアルバム『タイム・フェイズ・アウェイ(時は消え去りて)』(1973)のような実験的な作品や1980年代のテクノサウンドを試みた『トランス』(1982)など常に自分を新たなステージに追い込んでいるヤング。そんな姿勢が若手のミュージシャンからリスペクトを生んでいるのかもしれないが、彼は歳を重ねるに従って過激になっていく・・・。そういったミュージシャンは存在するかもしれないが、ヤングほど世間から注目を受けるのは何故だろう。

 彼は変わらないからだ。彼は全然変わっていない。それこそバッファロースプリングフィールドの頃のグレッチ・ホワイトファルコンでいまだにファズをかき鳴らす。マーチンD45を惜しげもなく弾き倒し、ビグスピーの装着されたブラックレスポールでチューニングの狂いなど気にもせず、40年前と同じフレーズを奏でている。

その鬼気迫る真剣勝負が人の心を動かすのだ。

 2001年のフジロック出演。2003年の来日公演。それぞれライブでは観客を興奮の坩堝に追い込んでいった。

Rock’n Roll Never Die !

と高らかに歌い上げ、天に召したジミやジャニスと会話するヤングに観客は惜しみない拍手を送る。
そういえば、1970年代にパンクロックが世界を席巻し、「ロックは死んだ!」とジョン・ライドンが叫んだ時もいち早く反応したのはヤングだった。

 今、1960年代のロックを体現できる数少ないミュージシャンがニール・ヤングだ。
そんな彼の「絶望」と聴こえる『ハーヴェスト』は本当に「収穫」なのだろうか。
全米ヒットを喜ばなかったヤング。常に言いたいことは次作にして前を向き続けるヤング。

 何年も聞き続けた『ハーヴェスト』だが、いまだにしっくりこないアルバムである。しかし、一番聴き易いアルバムでもある。
 1970年を締めくくる意味で発表された『ライブ・ラスト』(1979)は、当時のヤングの集大成のライブアルバムだが、このアルバムと一緒に聴くとヤングの伝えたい音楽が分かるかもしれない。自分に素直すぎるヤング。それが音として表現されている。
・・・難解だけどね。

2012年1月2日
花形

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