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スクラッチ

巨大スクリーンから流れるCMの音と巨大なトラックで大音量を流しながら広告して回るトラックの音が聞こえる。
 スクランブル交差点に立つと外国人観光客であふれている。
 黒沢慎二、35歳、シュレックでWEBエンジニアとして働いている。
 改札を抜けて、黒沢は部下の斎藤とクライアントのはなまるドラッグへ向かおうとして
 途中、何か蹴っ飛ばしてしまった。
「痛えっ」
「黒沢さんどうしたんですか? 」
「なんか蹴っ飛ばしちゃったよ」
 足の痛みもそこそこに、何か探していた。
「なんだこれは? 」
 銀色のガラケーが転がっていたのだ。
 思わず手に取ってみたが、今更交番に届けようと思ったが、アポの時間が迫っていたので、そのまま背広のポケットに突っ込んだまま、クライアントの元へ向かった。
 打ち合わせがようやく終わり、宮益坂を上がったところでピザ屋の看板を見つけて入る。
「いやあ、斎藤君がいて助かったよ 」
 黒沢が斎藤に労いの言葉をかけた。
「そりゃあ黒沢さんの案件ですから。絶対外せないですよ 」
 斎藤がお愛想を言う。
 ランチのアイスコーヒーを飲みながら、黒沢が思い出した。
「あっ、そうだ。さっきのガラケーだ 」
 ポケットから取り出した。
 電源を入れると、液晶が灯った。
「バリ3立ってるじゃ無い! 」
 意外にも通話可能であるのが判明したので、交番にとどける事にした。
 店を出て先に斎藤を社に戻らせ、黒沢は交番へ届けに行った。
 すると、巡回中の札がデスクの上に置いてあり、誰もいないのだ。
 恐らく、何か事件が発生して応援のため不在となっていたのであろう。
 再び出直すことにした。
 翌日、電車の中で携帯の着信音がした。
 会社からの連絡と思い、スマホを見たが違っていた。
「もしかして、あのガラケー? 」
 そのまさかであった。
 カバンから取り出して、着信ボタンを押すと、聞き覚えのある声がした。
「慎二。いま電話して大丈夫か? 」
 何と、電話の向こうから死んだはずの父親の声が聞こえた。
「父さん、どこからかけているの? 」
「ああ、それは言えないんだ。ただ2分だけなら話せるんだ 」
「生きてるの 」
「いや、そうじゃないんだ 」
「何でだよ。こうして話せてるじゃない? 」
「西口みどりの窓口に行け。そこに宝くじ売り場がある。そこでスクラッチを買え 」
「ブツッ 」
 電話が途切れてしまった。
 彼はすぐにリダイヤルをしたが無駄であった。
 何度やってもつながらないのだ。
 いてもたってもいられず、彼は西口みどりの窓口へ向かった。
 そして宝くじ売り場を見つけ、
「スクラッチください? 」
 200円のスクラッチを十枚買った。
 しかし買ったまでは良かったのだが、なんの変哲も無いクジである。
 どうしたものか、彼は考えた。
「そうだ。QRコードなら読み込めるハズだ 」
 予感は的中した。
 拾ったガラケーがアプリ起動すると、IDを入力するモードが表示されていた。
 すかさず、スクラッチを削って出てきた数字を入力してみた。
 ようやくガラケーがつながった。
「もしもし 」
「父さん。俺だよ。慎二だよ 」
「さっきは突然でビックリしただろう。」
「まあ、少しはね 」
「慎二、言っとくがスクラッチは一回で二分間しか話せないからな 」
 と言われながら、やり取りをしはじめた。
「そうだ、お前の誕生日に買ってあげたガラケーを、学校の帰りに落としたからと、泣きながら帰ってきた事、覚えているか? 」
「ああ、覚えているよ 」
「母さんと一緒に、三人で帰り道探し回ったけど結局、見つからなかったよな 」
「そうだったなあ 」
 彼は、父親とこんなにも話せている事に驚きを隠せなかった。
 その存在がこの世から消えて、もっと話しておけばと何度思ったか。
 ガラケーで話す事が、素直に親孝行している気になっていた。
 当然、AIにダマされて、スクラッチを買わされている新手の詐欺かと思った。
 しかし、彼はそんな事を気にも留めてなかった。
 ある日。二人にこんな会話があった。
「父さん。ありがとう。俺はあんたの子供で良かったよ 」
「ああ、あまえは俺の自慢の息子だからな 」
 と言われ、改めてガラケーを見直すと、裏面にテプラが貼ってあった。
「黒沢 慎二 」と。

とにかくありがとうございます。