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1983年夏・あの頃に戻りたい

午前八時十分、池袋駅六番線に山手線内回りの発車メロディーが鳴り響く。
高田は新宿へ向かっていた。
母校の甲子園初出場が決まったので当時の監督であった立花からのご指名で後援会の立上げを打診されていた。
OB会の会長からの依頼に多少迷いがあった。
「俺に務まるかな?」
 そこで高校時代からの大親友の山本に相談することにした。
結婚式以来だから二十年ぶりである。
新宿西口の彼の会社で待ち合わせすることとなり、山手線から見える車窓を見ながら、自分があのとき打たれたシーンがフラッシュバックしていた。
「かっ飛ばせー山本」
 コンバットマーチとチアの応援で観客の声援が球場にこだまする。
 両チームあと一本が出ない展開で九回を終えて一対一の同点。
 自力に勝る昨年の優勝校と、ここ数年一回戦敗退を繰り返しながら、ノーシードで勝ち上がってきた十二社校と明訓学園の対戦は決勝戦に相応しく、白熱した好ゲームを展開していた。
 そして延長に突入し、迎えた十八回裏二死二、三塁のピンチでピッチャー高田が外角低めにスライダーを投げた。
「カキーン」
 相手チームの四番が振りぬいた打球は、バックスクリーンへと吸い込まれていった。
 入部して間もない頃、当時のチームは荒れていた。
 新しい監督である立花の指導方針をめぐり部員が反発し、ほとんどが辞めていった。
 最後は自分と山本の二人しかいなくなっていた。
 そんな状況で、懸命に部員集めに奔走した。
 なんとかチームとして試合を組めるまでに盛り返した。
 午前八時十六分、新宿に到着。
 メールで間もなく到着と送った。
 改札を抜け、西口は多くの人でごった返していた。
「まさか、立花さんから指名されるとは」
「なんで俺に持ってくるか?」
「他にやりたい奴がいっぱいいるじゃない」
と独り言を言いながら彼の事務所に向かっていた。
 新宿警察の裏にあるマクドナルドが目印であった。
 エレベータで六階へ上ると、山本会計事務所の看板が目に入った。
 入口に、彼の姿があった。
「久しぶり」
 いかにも事務所の代表らしく落ち着いた口調で話しかけてくる。
 前の晩に電話で話してはいたが、そんな不安も彼と話し始めてみると不思議と薄れていった。
 あの頃のメンバーは中学でも補欠やベンチ入りすら出来ないのが殆どで、
「なんであいつなんかが」
と他校の同級生から揶揄されていた。
 しかし、山本と自分は中学からシニアの全国大会に出場していたこともあって、私立の強豪からの誘いを蹴って、公立の十二社を選んだ。
 なぜなら、将来プロを目指す連中がひしめき合っているチームより、無名な処から自分達の力で勝ち上がり甲子園に出たかった。
 無謀なことは分かっていたが、まさか入ってすぐに上級生がみんな辞めるなんて。
 山本からいきなり、こんな事を言われた。
「立花さんがなぜ、お前にこの話を持ってきたのか分かるか?」
「あの延長までお前一人で投げぬいた姿を、いまだに、みんな忘れていないからだよ」
「本当はあの時、一番みんな願ってたんだよ。」
 今更だが、試合に勝ち進む度に、応援してくれる人たちが段々増えてきて、近所の商店街のオヤジ連中も差し入れくれたりとか、知らない人から声かけてもらったりと、周りの人達をいつの間にか巻き込んでいた。
学校全体いや街中が何か突き動かされるフィーバーでうなされてもいた。
「きっとあの頃を思い出して、お前と一緒に甲子園に行きたいからだよ」
「そんな買い被りだよ」
 彼から言われて気恥ずかしかった。
「大体、こういう話のときは誰がみんなをまとめられるかじゃない?」
「それじゃ、お前も手伝ってくれるかい」
「当然だよ。寄付を集めるのと経費の管理は俺の本職だよ」
 二十数年ぶりにバッテリーが復活した。
 こうして十二社商店街に祝甲子園出場の幟があちこちではためいていた。
 

とにかくありがとうございます。