小説 僕と彼女の事



「つまらないから二人で抜けよう」
隣に座っていた彼女が、周りに気づかれないように耳打ちしてきた。

(懇親会とはつまらないものなんだよ、、)
彼女の子供っぽさが、羨ましいかった。
(つまらないとか、言っちゃうんだな)

「私達、電車なくなるのでお先に失礼します。」
立ち上がった彼女は、僕の袖を引っ張った。

「お疲れさまでした、またよろしくお願いします。皆さんも気をつけて帰ってくださいね。」
「はーいまたね」
「ありがとうございました。失礼します。」

彼女は次々にそれっぽい言葉を発して、
その場を後にした。
僕は彼女にされるがまま引っ張られ
ぺこぺこ頭を下げていた。
彼女のこの強引さがなければ多分、
まだこのつまらない懇親会の場に張り付いていただろう。

(助かった)
「すみません、一緒に抜けられて助かりました。
ありがとうございました。」
「借り1ね」
(借り1ってなんだろ)

二人で駅に向かって歩いていると、
「コンビニでお水買って行って良い?」
と彼女が言った。
「全然良いですよ。行きましょう。」

コンビニで、お水と缶チューハイとアイスを
かごに入れる彼女。
「なんかあったら一緒に買いますよ。入れて」
「まだ飲むんですか?」
「あははっ一緒に飲む?」
「えっ、じゃ、ビール1缶だけ付き合います。」

コンビニを出ると、
彼女はビニール袋から
アイスをとりだし食べ始めた。

「溶けるよっ溶ける」

楽しそうな彼女に釣られて、僕もなんだか学生時代を思い出して、ワクワクしていた。

僕は敬語を使っているけど、彼女より年上だ。
それに、僕達は既婚者だ。
彼女は僕の妻と友達だし、
僕も彼女の旦那を知っている。
家も近所で、子供は、同じ学年、
同じ学校に通っている。

そう、僕達は何かあったら
それはそれは
大惨事なのだ。
決して、何かあっては、いけない間柄なのだ。

「終電行っちゃったね」
「間に合わなかったね」
わざとらしいセリフ。
僕達は初めから終電で帰る気なんて無かった。

ビール缶を開ける時に、駅に向かえば、
終電に間に合っていたのに、
僕は、それを無視して、
ビールを飲んでいた。

この無視は、帰る帰らないの分かれ道だった。

アイスを食べ終えた彼女は、
缶チューハイを飲んでいた。

二人で並んで歩きながら、
アルコールを飲んでいると、

「どうする?ホテル行く?」
「そうっすね」

僕は彼女の提案を、
すんなり受け入れている自分に驚いていた。
(そうっすねってなんやねん)

頭の中では、危険信号を発しているのに、
足がホテルに向かって歩いている。

僕達は、なんだか、
気まずくなって無言で歩いていた。

「ここで良い?」

そう聞かれた僕は、咄嗟に色々考えた。
まだ、僕はギリギリセーフの所にいる。
この建物に入ったら、アウトだ。

そんな事を考えているのに、
頭の中は入るな言っているのに、
彼女といると、どうでも良くなってしまう。

適当に空いている部屋を選び、
番号の部屋に入る。

「わぁー、なんか新鮮だね」

少しはしゃいだ声で彼女が言った。
確かに、この歳になって、
またラブホテルに来るとは思っていなかった。
でも、さっきから僕もワクワクしている。
久しぶりにこんな気分になったなぁって。

「本当に来ちゃった」
「本当に来ちゃったね」

二人とも、分かっているのだ。
この状況はかなりやばいと。
分かっていながら、我慢出来なかった。

「開き直って楽しめる人?」
僕の目を見て彼女が言った。
「えっ、ハハっ」

ちゃんと答えられない。
何を言っても色々良くない。

でもね、僕は君と一緒に居たかったんだよ。

「とりあえず、私お風呂入るわ」
(とりあえずってなんだろ。)

「お風呂、泡のお風呂、一緒に入ろ。」
お風呂場から、彼女が大きな声で言った。

「入って良いの?」
「いいよ」

服を脱いで、扉を開けた。
もこもこの泡が溜まった丸い浴槽に、
彼女は体育座りをしていた。

「まじ、可愛いっすね」
「えっ、」
照れている彼女が、可愛いかった。

僕は、丸い浴槽で足を伸ばして、
お風呂のふちに手を掛けていた。
この状況で意外と動揺しない自分に驚いた。

「Aが、これからどうなるかワクワクしてる。
Bが、ここで、帰った方が良いって思ってる。
A対Bは7対3です。貴方はどうですか?」

急に算数みたいな事を言い出して、
笑ってしまった。

「僕のA対Bは9対1だね。」

ここで、帰るというのは、
後ろめたい気持ちがあるが無しだと思った。

「秘密に出来ますか?」
「うん。」
「二人でいる時は、この世界に私達しかいないって考えられる?」
「そうだね。」

子供みたいな事を真剣に言っている彼女が、
可愛いくて笑ってしまう。

彼女は、伸ばした僕の足の上にまたがってきた。
そしてキスをして、首元にしがみついてきた。
「本当に秘密だよ。」
僕は首に絡みついた彼女の二の腕の柔らかさに、
うっとりして、何も考えられなくなっていた。

「うん、分かった。秘密にしよう。」

そう言った瞬間、僕は彼女の腰元を強く抱きしめていた。

僕は、こういう人間なんだ。
魅力的な事があれば、後先考えずに
やってしまう。
自分の欲に弱い。

彼女にキスをする。
物凄く自分が野生的な生き物になっている
感じがした。
この感じが久しぶりだった。
若い頃には、良くあったのに、
最近感じていなかった。
それは、慣れだったり、義務感だったりで、
自分の欲を満たすのではなく、惰性なのだ。

ベッドに移り、仰向けの彼女に覆い被さった。

「ゆっくり入れてもらえますか?」

彼女のいう通り、ゆっくり押し込む。

「あの、そのまま動かないで」

根本まで、彼女の中に入れた時、
彼女の目から涙が溢れて枕に落ちた。

僕は、そんな彼女を不思議な気持ちで
見下ろしていた。

涙目の彼女が、呼吸をするたび、圧が伝わり、
僕は凄くエロい気持ちになった。
止まっているのに、気持ち良いのだ。  

こんなセックスした事なかった。 

しばらくして、僕は
「動いて良い?」と聞いた。
「あ、うん、いいよ。ごめんね」
笑いながら彼女が言った。

それから、僕は果てた。
そして、凄く満たされていた。
新しい体験は僕を興奮させていた。

この日から僕は、
彼女が可愛くて可愛くて仕方なくて困っている。

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