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竜田姫【掌編小説】

今は遠い遠い昔の物語。
都の西の小山の奥にはそれはそれは綺麗な姫様が、人里から離れた静かな宮で大切に大切に育てられていました。

姫様は宮から出ることが出来ません。
どうして自分は宮から出ることが出来ないのか、そんな事を考えることもなく、書を読み、笛を奏で、機織りをして日々を過ごしていました。

でも、なぜでしょう。
その日姫様はなにかに惹かれるように、重い単衣を脱ぎ捨てて宮の外へと足を踏み出しました。

誘われるように、ふらり森の奥へと歩いていきます。
すると、そこには青く澄んだ大きな池があり、水辺には1匹の竜が座っていました。

人の形をしたその竜はそれでも、銀糸の長い髪、尖った耳、頭から伸びる角と、一目で人とは違うことがわかります。
姫様は女官から噂に聞いていた、今都を騒がせている竜に違いない、そう思いました。

「人の子が、なに用か。」

姫様に気づいた竜が問いかけます。
その優しい声は、噂に聞いていた恐ろしい様子とはかけ離れていました。

その日から姫様は度々竜の池へと、女官の目を盗んでは出掛けるようになりました。
初めはなんだか気になって、竜を遠くから見ているだけでした。
それがだんだんと距離が近くなり、いつしか隣に座り水辺に足をつけて話をするようになりました。

竜は言いました。

「都に凶兆が出ており、邪気を払っている。」

竜は悪いことなどしていませんでした。
邪気を感じることの出来ない人々が、悪いことを竜のせいにしているのでした。
姫様はそんな都の人々と、悲しむ竜の姿に胸を痛めます。

姫様はそんな竜を励ますように、笛の音を贈りました。
その時竜が笑ったところを、初めて見たのでした。

そんな日が続いていたある日。
いきなり幾人かの男の官司たちが、姫様を宮から連れ出しました。
連れていかれた場所は、あの竜の池でした。
しかし、竜の姿は見えません。

宮司の1人が大きな声で言います。

「竜よ!人身御供にこの女子を捧げます。どうか怒りを収め、都に平安をもたらし下さい!」

そして、みなで姫様を池に沈めようとします。
自分が育てられた意味を知って、姫様は絶望しました。
どんなに泣き叫ぼうとも、官司達がその手を緩めることはありませんでした。

「やめろ!」

辺りに竜の声が響き、声の方を見上げるとそこには竜がいました。
愚かな官司達を見下ろすように、池の上に浮かんでいます。

「私は、そんな事は望んでいない。」

竜は怒りに満ちた静かな声で言いました。
しかし、官司達にその声は届きませんでした。
姫様が今にも池に落ちるというその時、ふわりと風が舞い姫様の体を持ち上げました。

それと同時に、辺りに大きな竜巻が巻き起こりました。
姫様を抱きかかえた竜は、竜巻に逃げ惑う官司達に告げます。

「望み通りこの娘は貰い受ける。私は人の世を去ろう。愚かな人間どもよ、この地は厄災に見舞われるであろう。」

そう言い残し、竜巻が止んだ後には竜も姫様もどこにも見当たりませんでした。

竜と姫様がその地を去った後。
その小山の木々は、赤々と色づきました。
人々は噂をします。
人の世を憂いた、優しい姫様の祈りで赤く色づくのだと。

その後都がどうなったのか。
今はもう知る者はどこにもいません。

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