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私のお気に入り5 済州島その4 めぐりあい

 済州島の話、4回目になりました。表紙遠方にハルラ山、黒い岩石海岸は溶岩と海の「めぐりあい」の現場です。昔々ハルラ山には多数の寄生火山(オルム)があり、円錐形の丘や小山があちこちにあり噴火していました。

済州大学校博物館の屋上から、二つのオルム
着陸時に見えた、二つのオルムかな?その昔、宇高連絡船で高松に着くと、やや盛り上がった山(おむすび山)がいくつも並んで見えた。関東とは異なる風土との出会いであった。

 さて、日本の温暖な地域の指標となるハマオモテ線をもとに、始めた旅行記ですが、済州島では北方系植物のハマナスと出会いました。ハマユウ(ハマオモテ)ハマナスが自生する房総半島と似ていると、思い至りました。
 房総半島の太平洋側は黒潮と親潮の出会う場所です。東日本大震災のとき、暖流と寒流は混じり合うことなく東方向に流れて行くこと知りました。これに対して、済州島では東部の沖で暖流と半島東部からの寒流が出会います。暖流は対馬方向に流路を取りそのまま日本海沿いに北上します(暖流の影響が太平洋側より北に及びます)。
 生物の分布移動の背景となる海流が、温暖化で移動した場合、房総半島におけるハマナス(バラ科)とハマユウの出会いは、より難しくなるのでしょうか?
海流種子散布植物ヒガンバナ科をキーワードとして、さまざまな「出会い」を思い返しながら、めぐりあいをまとめます。

1 済州島で出会った、ヒガンバナ科植物

 済州島の写真を整理していると、下の写真がありました、美しさゆえにどうせ園芸植物だろうと、検索もせずに無視していました(視界の外)。

サン・ヒョンウオン樹木園にて(大韓民国最南端)Lycoris sanguine Maxim.var.koreana(Nakai)
T.Koyama 、長崎県植物誌(2015中西弘樹著)掲載の写真からムジナノカミソリ(韓国西南部に自生)と判断しました。國分先生の写真集(國分英俊/國分愛子2018)には対馬のものは黄赤色とありました。

 ところが、なんと、この植物、長崎県植物誌(中西弘樹著2015)と以下の文献(井上康彦2019)には、韓国原産であり、園芸品ではなく長崎県や宮崎県にも分布している自生種であること記されていました。

9月の植物
ムジナノカミソリ (ヒガンバナ科ヒガンバナ属)
(学名:Lycoris sanguinea var. koreana (Nakai) T. Koyama)
キツネノカミソリはよく耳にする名前です。ムジナノカミソリは初めて耳にする方も多いでしょう。環境省のレッドデータ区分は野生絶滅のEW扱いです。ムジナノカミソリは韓国西南部に分布するヒガンバナの仲間です。日本では宮崎県日向市で認識されましたが,自生地では長い間、確認できず絶滅と判断されました。その後、長崎県対馬、宇久島、野母崎半島で確認されています。私は対馬で開花時期
に遭遇したことがあります。対馬は全島に分布しオレンジの花が各所で見られました。その後、日向市でも自生地が再発見されました。

http://www.saga-st.jp/kongetu/kongetu-201909-mujinanokamisori.pdf

 上記引用(井上 康彦氏)によれば、日本への分布拡大は、寒冷期の海面低下期を想定されています。しばらく離れていた、植生変遷を背景とした気候変動とのめぐりあいになりました。 属名(Lycoris)はギリシア神話の海の女神の名、花の美しさから、種小名(sanguinea)はsanguineus「血紅色の」から(牧野植物図鑑、学名解説)。学名を通して、命名者の観察眼に共感できますね。
 海流種子散布植物に関しては、中西弘樹さんの論文「海流散布と海洋島フ ロ ラの 成立」(種生物学研究15; 1− 13)に詳細な説明が示されており、まとめと考察の中で、ハマオモトは「6.海岸植物,その中でも砂質海岸植物に多い」と書かれていました。中西先生には対馬学フォーラムでお会いした際、ハマオモト線を気温で提示していた私に、砂質海岸の重要性を教えていただいたこと、論文中でめぐりあいました。なお、西南日本の北限地の一つが、長崎県壱岐にあり、対馬にはありません(長崎県植物誌)。
 今更ながら、気候変動に伴う陸上植物の分布移動には、海の道があること、さらにたどり着いた場所での定着には、発芽に適した環境が必要なこと、学び直しました。

2 済州島と九十九里のハマナス(バラ科)

 「♩知床の岬にハマナスの咲く頃♩」のハマナスの分布南限ともされる国の天然記念物茨城県鹿島市(鹿島市HP)にありますが、九十九里町にも1983年に町の天然記念物に指定された自生地があります。牧野植物図鑑、学名解説によれば属名rosaはバラのラテン古名、ギリシア語のrhodon(バラ)、ケルト語のrhodd(赤色)に由来する。種小名rugosaは、シワのある rugosus, rugatasとか、ハマナスの葉は、アイロンをかけていないシャツのようなシワがありますね。

左:済州島で撮影したハマナス、右:九十九里町の自生地の案内板

 済州島で見かけたハマナスは、島の東部のテクノパーク内の済州水の製造工場の敷地内に植栽されていたものです。テクノパーク(溶岩海水産業化支援センター)では飲料水製造の他、風力や太陽光などの再生エネルギーとミネラル豊富な溶岩水を利用した植物(花、野菜)・魚類(ヒラメ?)の栽培・養殖が試験的に実施されていました。敷地は、自然環境に乏しく、いかにも、工業団地として造成された地域でした。

飲料水製造(赤いラインの建物)

 冷温帯性の植物であるハマナスは、九十九里町の我が家でも自生していますが、済州島の実をつけたハマナス、自殖の可能性はあるのでしょうか?

 福島県立相馬農業高校農業クラブのハマナスの生育実験(以下に引用)によって発芽には低温(2℃)貯蔵4ヶ月以上が必要であることが示されています。東日本大震災の津波被害の中、生存した沿岸の個体からの回復を目指す研究です。熱心な生徒さんや指導されている先生、有益な情報ありがとう!

 『硬実種子であり、後熟種子でもあるハマナスの種子発芽を促進させる方法について、検討したところ、次のようなことが明らかとなった。1 ハマナスの種子を貯蔵条件は、2°C、4ヶ月以上が必要である。2 胚の周りにある厚い皮層と堅い種皮が、物理的な発芽阻害の原因ではないかと推察され、種皮への付傷処理は発芽に効果的であった。3 ハマナスの種子発芽に、PEGとジベレリンを低温貯蔵前に処理すると発芽率を大幅に向上させる。』

https://www.pref.fukushima.lg.jp/img/kyouiku/attachment/903121.pdf

 それでは、済州島の気温環境はどうでしょうか?済州市の、気温環境を以下のサイトから、調べてみると、最低気温が2℃以下になるのは、12月〜2月の3ヶ月程度でした。相馬農高の結果(低温貯蔵3ヶ月以内では発芽しない)によれば、済州島では自殖の可能性は今のところなさそうです。
https://ja.weatherspark.com/s/142006/3/済州市、韓国における冬の平均的な気候#Figures-GrowingSeason

 九十九里のハマナス自生地は、1983年町の天然記念物に指定されました。次の写真は2024年3月27日に撮影しました。ススキ原の中で、新葉をつけ始めたハマナス、花の時期が楽しみです。正確な気温環境は不明ですが、十分な個体数があり繁殖もしています。霜の降りる九十九里の冬は、結構、寒いのです。

ハマナス保護区にまとまった群落があります。

 福島の沿岸地帯を連続的に南下するハマナスの分布地は、茨城県では不連続となります。さらに九十九里町と茨城県鹿嶋市は、銚子半島の岩石海岸の張り出しによって砂浜が分断されて、親潮も銚子沖で東方向に転換します。したがって、親潮による種子の供給力が減少し、さらなる房総半島への種子散布は困難になると想像されます。
 また、古老の話では、「九十九里町の沿岸地帯の県道30号(通称、産業道路)が建設された当時、茨城から持ち込まれた土の中から芽生えたとのことでした」(ガッテン)。
 海岸に並行する湿地の埋め立てが行われた地域です。自生地の群落は、客土による種子散布の可能性がありそうです。発芽しにくい硬実種子の特性は埋土種子の休眠特性にもつながり人為による散布力が付与されたともいえます。
 地理院地図から明治期の低湿地や海岸周辺の地形が読み取れます。(https://maps.gsi.go.jp/#15/35.513540/140.437632/&base=pale&ls=pale%7Cswale&blend=1&disp=11&lcd=swale&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1

明治期の低湿地(黄色)と地形分類(地理院地図)

 現在のハマナスの自生地は、明治期は砂礫地の縁にあったようです。ただし、寒冷化した時代、浜堤が連続していたならば、北方から運搬された種子が発芽した可能性も否定できません。

3 ハマユウ(ハマオモト:ヒガンバナ科)

 九十九里浜にハマユウ自生地はありませんが、道路沿いの私有地に植栽されたものを見かけました。sodatekata netによれば「水に浮く種子が、海流で運ばれて、発芽するるためには霜が降りない(0℃以下にならない)条件が必要」だそうです。種子が九十九里沿岸まで運ばれてきても、霜が降りるために発芽はできません。ハマナシとは逆に、種子が到達しても発芽できる気温環境にないのです。

国民宿舎サンライズ九十九里のレストラン『はまゆう」、海は見えますが庭には植えられていません。
ハマユウ 県道30号線(通称産業道路)の植え込み、花の時期に再訪しましょう!

 今回記事作成中、幼い頃から慣れ親しんだ我が家の、あのハマユウがインド原産の淡紅紫花をつけるインドハマユウCrinum.latifoliumであることが判明しました(泣)。なんと、県の評価では一般有害とありました(「千葉県の自然誌」別編4)。種小名latifoliaは広い葉の意味とあり、白色の花のハマオモトとは別種でした。この事実を何と表現すれば良いのか?身近すぎて疑うことのなかった存在が、他所者でしかも在来種にとって有害となれば、駆除の対象です。植物に罪はないのです。おそらく昭和30年代に、ハマユウの変わり種として輸入されたものだったのでしょう。それが、その存在が否定されてしまう。切ない!
 でも、年度切り替えのこの時期、わかった!「であい」「めぐりあい」の後には、「わかれ」が、くる。長い間、花を咲かせてくれてありがとう!駆除することにしました。

4 付け足し(言い訳) 

  城邑民俗村の池には、見たことのない水生植物が花をつけていました。この植物も気になっていましたが、調べることなく見ぬふりでした。園芸植物・外来植物など、これまで知識の及ばない対象は、つい見て見ぬふりをしてしまいます。
 若い人の貪欲な知識欲は、やがて視力の低下とともに減少し、視野が狭くなってしまう。嫌だけど、認めざるを得ない現実!「視界の外」Out of sight! 心ここにあらざれば、みれどもみえず。知識を獲得するためには、現在のキャパを否定しなければならない!このnoteのおかげで、少しは老いに抗っています。

 調べてみるとミズヒナゲシ(熱帯アメリカ原産)でした。城邑民俗村の池に植栽されていました。学名Hydrocleys nymphoidesの意味は、属名はhydro(水)とcharis(ひいき、よろこび)、種小名はスイレンに似たの意。トチカガミ科、幸いにも千葉県には導入されていないようですが、要注意です。

ミズヒナゲシ

 今回はここまで、美しき嫌われ者で稿を閉じます。


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