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デジタル化に関する法制度(民間分野編)(1)

 スマホでなどを使ったオンラインでの取引の機会や、民間事業者から交付される書類をデジタル発行されるような機会が増えてきています。こうしたことの背景には、2000年以降、徐々に進められてきた社会のデジタル化を支える法制度の整備があります。今回は民間分野において、電子契約を安心して行うための電子署名の仕組みなどの基盤の整備や、民間手続に関する規制のデジタル化に関する法制度について、簡単にまとめておきたいと思います。

民間分野のデジタル化に関する法制度の概観

民間手続等のデジタル化に関する法律(規制の緩和)

 民間手続という言葉は一般的ではないかもしれませんが、様々な法律で、民間事業者間の取引等に関して、書面の交付や保存などの手続等を定める規定が置かれています。民間分野での取引等に関する規制という見方もできると思います。ちなみに、デジタル手続法では、民間手続を「契約の申込み又は承諾その他の通知」としています。また、デジタル庁が公表している「行政手続等の棚卸結果」によると、法令等に基づく手続のうち、民・民間の手続に関するものは、約2,300種類となっています。
 このような民間手続に関する規制では、しばしば書面の交付や書面の保存などの規定が置かれていて、オンラインでの交付や電子データの形での保存などを行うにはこれらの規制の緩和が必要になります。(以下、保存も含めて、手続等とします。)
 民間手続等のデジタル化を可能とするには、書面での手続等を定めている法令の規定の一つ一つを「書面に代えて、電磁的記録を提出する方法によることができる」「書面に代えて、電磁的記録による保存を行うことができる」といった規定に改めて、書面規制を緩和していくことが必要となります。
 このように、手続等のデジタル化を可能とするために、個々の法令による規制を緩和する法律が、一つ目のグループになります。

電子契約に関する基盤の整備(法制度の整備)

 民間手続に関する書面規制の緩和に加え、電子契約等を安心して行うための基盤を整備する法律も数多く制定されています。2000年には、電子署名の定義や電子契約における法的効力等を定める電子署名法が制定され、その後、電子委任状、商業登記電子証明書に関する法律も制定されています。また、2013年の公的個人認証法の改正で、公的個人認証制度の民間での利用が可能となりました。
 このほか、電子契約については、電子消費者契約に関する民法の特例に関する法律(2001年)や、デジタルでの金銭の決済等に関するものとして、電子記録債権法(2007年)、資金決済法(2009年)が制定されています。
 このように、民間分野での取引等のデジタル化に対応した新たな制度を構築するような法律が二つ目のグループになリます。

 今回は、一つ目のグループにあたる、民間手続等のデジタル化に関する主な法律について見ていくこととし、取引等のデジタル化に対応した基盤整備に関する法律は、次回に見ることにしたいと思います。

民間手続等に関する主な法律

 2000年に制定されたIT基本法の第13条には、施策の実施のために必要な法制上の措置を講ずることが定められていましたが、この規定を受けて、2004年には、民間事業者等による文書の作成・保存・交付等に関するデジタル化を可能とする通則的な法律として、e-文書法が制定されました。
 また、国税関係の文書の作成・保存等については、それ以前の1998年に電子帳簿保存法が別途制定されています。国税関係の分野での通則的な法律となっています。
 以上の二つの法律が通則法として制定されていますが、これらの法律が適用されない民間手続等の規制については、個別法の改正を一括で行う(一括法による改正)という手続がとられています。
 以下、これらについて、順次見ていきたいと思います。

e-文書法(通則法)(2004年)

 e-文書法は、民間の事業者等に義務付けられている文書の作成・保存をデジタル化できるようにする法律ですが、文書の交付等の手続のデジタル化についても定められていて、民間手続等のデジタル化に関する通則法となっています。(手続等に関するアナログ規制緩和の通則法ともいえます。)
 e-文書法は、2004年に成立した法律で、正式名称は、「民間事業者等が行う書面の保存等における情報通信の技術の利用に関する法律」です。デジタル手続法などと同じように、e-文書法に基づく主務省令で定めることで、具体的な手続等のデジタル化が可能となります。

 e-文書法で、手続等のデジタル化の特例を定める規定は、第3条(電磁的記録による保存)、第4条(電磁的記録による作成)、第5条(電磁的記録による縦覧等)、第6条(電磁的記録による交付等)と置かれていますが、ご参考まで、文書の交付等のデジタル化について定める第6条の規定を引用しておきます。(なお、書面等での保存の義務のあるものだけがこの条文の対象であることに留意が必要です。)

◯e-文書法(平成十六年法律第百四十九号)
 (電磁的記録による交付等)
第六条 民間事業者等は、交付等のうち当該交付等に関する他の法令の規定により書面により行わなければならないとされているもの(当該交付等に係る書面又はその原本、謄本、抄本若しくは写しが法令の規定により保存をしなければならないとされているものであって、主務省令で定めるものに限る。)については、当該他の法令の規定にかかわらず、政令で定めるところにより、当該交付等の相手方の承諾を得て、書面の交付等に代えて電磁的方法であって主務省令で定めるものにより当該書面に係る電磁的記録に記録されている事項の交付等を行うことができる。

e-Gov法令検索ウェブサイト

 e-手続法に基づく主務省令は、各府省で制定されていますが、例をあげると、以下のようなものがあります。
◯外務省の所管する法令に係る民間事業者等が行う書面の保存等における情報通信の技術の利用に関する省令(平成十七年外務省令第三号)
◯内閣府及び財務省の所管する金融関連法令に係る民間事業者等が行う書面の保存等における情報通信の技術の利用に関する命令(平成十七年内閣府・財務省令第二号)
◯使用済自動車の再資源化等に関する法律に係る民間事業者等が行う書面の保存等における情報通信の技術の利用に関する法律施行規則(平成十七年経済産業省・環境省令第四号)
 各省の所管法令を一本の省令でまとめるもの(外務省の所管法令)、ある分野の法令をまとめるもの(金融関連法令)、個別法ごとに省令を置くものなど、様々なパターンがあることが見て取れるかと思います。

電子帳簿保存法(1998年)

 電子帳簿保存法は、法人税法や所得税法などの国税関係の法律で定められている帳簿や書類の保存を電子データで保存することを認める法律で、1998年に制定されています。正式名称は「電子計算機を使用して作成する国税関係帳簿書類の保存方法等の特例に関する法律」です。
 国税関係書類については、e-文書法の適用はなく(電子帳簿保存法の第6条に適用除外の規定が置かれています。)、この電子帳簿保存法が適用され、デジタルでの保存等が可能となっています。
 例えば、以下のような規定が置かれています。

 (国税関係帳簿書類の電磁的記録による保存等)
第四条 保存義務者は、国税関係帳簿(財務省令で定めるものを除く。以下この項、次条第一項及び第三項並びに第八条第一項及び第四項において同じ。)の全部又は一部について、自己が最初の記録段階から一貫して電子計算機を使用して作成する場合には、財務省令で定めるところにより、当該国税関係帳簿に係る電磁的記録の備付け及び保存をもって当該国税関係帳簿の備付け及び保存に代えることができる。

e-Gov法令検索ウェブサイト

 なお、2021年の電子帳簿保存法の改正(2022年1月施行)で、帳簿等のデジタル化に関する要件が大幅に緩和されています(事前承認制度の廃止や、原本確認や定期的な検査の要件の廃止など)。一方で、2024年1月以降、電子取引の請求書や領収書などは、書面ではなく電磁的記録での保存が義務化されることとなっています。

一括法による改正(2000年、2004年、2021年)

 e-文書法や電子帳簿保存法は、民間手続等のデジタル化の通則法となっていますが、対象となるのは、e-文書法では「法令で保存が義務付けられた書面」のみで、電子帳簿保存法では国税関係の書類のみとなっています。このため、対象とならない手続等のデジタル化については、個別の法令を改正する必要があります。一度の機会に個別の法律の一括で改正する方法が取られることがあります。
 具体的には、IT基本法、e-文書法が制定された際に、それぞれ民間事業者間での書面の交付などを義務付ける個々の法律(49法律、73法律)の規定をデジタル化するための一括的な法改正(IT書面一括法、e-文書法整備法)が行われています。また、2021年にデジタル社会形成基本法が制定された際にも、書面・押印を定める個々の法律(48法律)の規定が一括法で改正されています(デジタル社会形成整備法)。
 まとめると、以下のようになります
 ◯IT書面一括法(2000年) ※49本の法律の一括改正
 ◯e-文書法整備法(2004年) ※73本の法律の一括改正
 ◯デジタル社会形成整備法(2021年) ※48本の法律の一括改正

 一括法の、個々の内容については省略しますが、を束ねて行っています。(過去の記事で、IT書面一括法等の詳しい内容を紹介していますので、参考欄に

 一括法で改正された個々の改正内容について見ていくと膨大な量になってしまうため省略しますが、手続については、「書面の交付に代えて、相手方の承諾を得て、電磁的記録により行うことができる」といった内容の規定が置かれるのが典型的な内容です。
 例えば、2004年のIT書面一括法で改正された割賦販売法では、以下のような規定が置かれています。

◯割賦販売法(昭和三十六年法律第百五十九号)
(情報通信の技術を利用する方法)
第四条の二 割賦販売業者は、第三条第二項若しくは第三項又は前条各項の規定による書面の交付に代えて、政令で定めるところにより、当該利用者又は購入者若しくは役務の提供を受ける者の承諾を得て、当該書面に記載すべき事項を電子情報処理組織を使用する方法その他の情報通信の技術を利用する方法であつて経済産業省令で定めるものにより提供することができる。この場合において、当該割賦販売業者は、当該書面を交付したものとみなす。

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 また、2021年のデジタル社会形成整備法の法案説明時の資料を見ると、書面の見直しに関して、以下のような改正イメージが示されています。(第2項を追加するイメージです。)

第A条 □□は、書面により交付しなければならない。
2  □□は、前項の書面の交付に代えて、政令で定めるところにより、相手方の承諾を得て、当該書面に記載すべき事項を記録した電磁的記録を提供することができる。この場合において、□□は同項の書面を交付したものとみなす。

内閣府規制改革推進室作成資料より抜粋

 なお、デジタル化に関する一括法については、今回の通常国会で、デジタル臨時行政調査会が進めているデジタル規制改革に関する法案が提出されるものと思います。

 民間手続等のデジタル化に関する法律については、以上としたいと思います。
 次回は、取引等のデジタル化に関する主な法律の内容やポイントを見ていけたらと思います。