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デジタル化に関する法制度(行政手続編)(1)

 市役所などの行政機関への申請や届出の手続が、スマホなどからオンラインでできる機会が増えてきています。これは、2000年以降、徐々に進められてきた行政手続などのオンライン化の動きが、コロナ禍で一気に加速化されたものですが、こうしたデジタル化の背景にある法制度について、簡単にまとめておきたいと思います。

行政手続のデジタル化に関する法制度の概観

手続のデジタル化等を通則的に定める法律

 行政手続には、国民から行政機関への申請や、行政機関から国民への文書の交付などがありますが、デジタル庁が公表している「行政手続等の棚卸結果」によると、法令等に基づく手続は、全体で約64,000種類となっています。
 こうした手続を定める法令の規定は、基本的には、書面での手続を想定したのとなっています。これらを紙ではなく、DVDなどの記録媒体やオンラインの手続で行えるようにするには、書面での手続を定めている法令の規定の一つ一つを「書面に代えて、電磁的記録を提出する方法によることができる」といった規定に改めて、書面規制を緩和していくことが必要となります。
 しかし、約64,000種類の手続について、このような改正作業を行うと膨大なものとなってしまうため、デジタル手続法という他の法令に通則的に適用される法律を制定して、それぞれの法令を改正することなく手続のデジタル化を可能とする、という方法が取られています。(より正確には、デジタル手続法の規定を踏まえ、各府省が省令で定めることで、手続のデジタル化が可能となります。)
 また、納付金の支払いのキャッシュレス化についても、デジタル手続法と同様のスキームの法律が定められていますし、デジタルで手続を行う際の個人認証等についても、他の法令に基づく手続に広く適用される制度を定める法律が制定されています。
 このように、手続のデジタル化等について、個々の法令の規定を改正する代わりとなるような、通則的に適用される法律が、重要な役割を果たしてます。こうした通則的に適用される法律がまず一つ目のグループになります。

行政機関のシステム整備に関する法律

 行政手続のデジタル化を実際に進めていくためには、書面規制の緩和等に加えて、行政機関の側のシステムの整備が必要となります。
 例えば、e-taxを使った確定申告やコンビニ交付での住民票の写しの請求は、システムが整備されているからできるわけです。オンライン手続の本人確認の際に、マイナンバーカードのICチップに格納された電子証明書を使うことができるのも、行政機関の側で、それを受け取るシステムの整備ができているからです。
 行政機関のシステム整備についても、実は、デジタル手続法に規定が置かれているのですが、このほか、国等のシステム整備について、デジタル庁が基本方針を定めて推進すべきことが、デジタル庁設置法で定められていたり、地方自治体のシステムがバラバラになっている状況に対応するために、システムの標準化を定める法律が制定されていたりします。こうした行政機関のシステム整備に関する法律が二つ目のグループとなります。

その他(基本法での規定など)

 上記のほか、デジタル社会形成基本法や官民データ活用推進基本法にも、行政手続のオンライン化に関する規定が置かれていることは、前回にご紹介したとおりです。
 今回は、一つ目のグループにあたる、行政手続のデジタル化に関する主な法律について見ていくこととし、情報システムの整備に関する法律は、次回に見ることにしたいと思います。

行政手続のデジタル化に間する主な法律

デジタル手続法(2019年) 

 行政手続のデジタル化に最も大きな役割を果たしている法律は、デジタル手続法です。正式名称は、「情報通信技術を活用した行政の推進等に関する法律」で、行政手続のオンライン化を進める「行政手続オンライン化法」が、2019年に改正されてできた法律です。

 すでに述べましたが、様々な行政手続を定める法令で、「申請書の提出」「報告書の届出」など、書面で行うことが定められている場合には、書面でなくオンラインで手続を行っても、法的な効力は認められないこととなります。
 このような状況に対応するため、デジタル手続法では、他の法令で書面による手続を定める規定がある場合に、デジタル化を可能にするための特例規定が置かれています。
 イメージを持っていただきやすいよう、少し簡略化していますが、
「他の法令の規定において書面等により行うこととされているものについては、当該法令の規定にかかわらず、主務省令で定めるところにより、電子情報処理組織を使用する方法により行うことができる。」
といった規定を置くことで、他の法令で定める書面での手続のオンライン化等を可能としています。
 なお、「電子情報処理組織」については、「行政機関等の使用に係る電子計算機(入出力装置を含む。以下同じ。)とその手続等の相手方の使用に係る電子計算機とを電気通信回線で接続した電子情報処理組織をいう。」との定義が置かれています。申請者と行政機関のパソコンをつなぐシステムのことと考えていただければと思いますが、電子メールの利用なども含まれる規定ぶりとなっています。

 デジタル手続法が通則法的に適用されることで、手続のデジタル化のために、個々の法令の規定を改正することは不要となります。より正確には、デジタル手続法に基づく主務省令で規定することで、手続のデジタル化が可能となるのですが、いずれにしても、膨大な数の法令改正を行う代わりに、デジタル手続法に基づく主務省令の改正のみで対応できるため、手続のデジタル化を効率的に進めることが可能となります。

 行政手続のデジタル化の特例を定める規定は、第6条(電子情報処理組織による申請等)、第7条(電子情報処理組織による処分通知等)、第8条(電磁的記録による縦覧等)、第9条(電磁的記録による作成等)と置かれていますが、ご参考まで、申請等のオンライン化について定める第6条の規定を引用しておきます。

◯デジタル手続法(平成十四年法律第百五十一号)
(電子情報処理組織による申請等)
第六条 申請等のうち当該申請等に関する他の法令の規定において書面等により行うことその他のその方法が規定されているものについては、当該法令の規定にかかわらず、主務省令で定めるところにより、主務省令で定める電子情報処理組織(行政機関等の使用に係る電子計算機(入出力装置を含む。以下同じ。)とその手続等の相手方の使用に係る電子計算機とを電気通信回線で接続した電子情報処理組織をいう。次章を除き、以下同じ。)を使用する方法により行うことができる。

e-Gov法令検索ウェブサイト

 なお、デジタル手続法に基づく主務省令は、各府省で制定されていますが、例をあげると、以下のようなものがあります。
◯国土交通省の所管する法令に係る情報通信技術を活用した行政の推進等に関する法律施行規則(平成十五年国土交通省令第二十五号)
◯国税関係法令に係る情報通信技術を活用した行政の推進等に関する省令(平成十五年財務省令第七十一号)

 また、デジタル手続法第2条では、デジタル化の基本原則として、以下の3つの原則が定められており、行政手続のデジタル化を推進する上での基本的な考え方として重要な役割を果たしています。このような理念的な規定が置かれていることもこの法律の特徴の一つです。
①デジタルファースト:個々の手続・サービスが一貫してデジタルで完結する
②ワンスオンリー:一度提出した情報は、二度提出することを不要とする
③コネクテッド・ワンストップ:民間サービスを含め、複数の手続・サービスをワンストップで実現する

 以上のほか、デジタル手続法には、システム整備等に関する規定も置かれていますが、こちらは、システム整備に関する法律について扱う際に、ご紹介したいと思います。

公的個人認証法(2002年)

 オンラインで行政手続等を行う際に、他人による「なりすまし」やデータの改ざんを防ぐための本人確認の手段が必要となります。公的個人認証法は、そうした要請に対応できる、高度な個人認証サービスに関する制度を定める法律です。正式名称は、「電子署名に係る地方公共団体の認証業務に関する法律」で、2002年に制定されています。

 公的個人認証サービスとは、オンラインで行政手続等を行う際の本人確認の手段ですが、マイナンバーカード等を使って本人確認を行うものです。都道府県知事が発行する「電子証明書」と呼ばれるデータをマイナンバーカード等のICカードに記録することで利用が可能となります。電子証明書には、署名用電子証明書と利用者証明用電子証明書の2種類があり、前者は、書面での署名・押印に代わるもので、後者は、免許証などの提示による本人確認に代わるものですが、ここでは深入りは避けておきます。
 公的個人認証法では、書面や対面の手続での本人確認に代わる、オンライン手続等での本人確認のための基盤となる制度が定められていることを抑えておけばよいのかなと思います。

 なお、現在、公的個人認証では、マイナンバーカードが使用されるなど、マイナンバー制度と一体的に運用されていますが、マイナンバー制度が開始される以前は、住民基本台帳カードを使った公的個人認証サービスが実施されていました。
 余談となってしまいますが、マイナンバーカードのICチップに記録されている個人認証用の電子証明書(データ)は、氏名や住所、顔写真などのマイナンバーカードの券面の情報です。(ICチップに税や年金などの情報が入っているの誤解されている方もいるようですが、そういう情報はICチップには記録されていません。)

行政キャッシュレス化法(2022年) 

 行政キャッシュレス化法は、国への納付金の支払い方法の多様化を進める内容の法律で、2022年に制定されたものです。正式名称は、「情報通信技術を利用する方法による国の歳入等の納付に関する法律」です。2021年に設置されたデジタル庁の第一号の法律になります。

 この法律では、国に納める納付金について、個別の法律ではキャッシュレスでの支払いが認められていない場合でも、この法律に基づく主務省令で定めることで、クレジットカードや電子マネー、コンビニ決済などでの支払いが認められるようになります。通則法的に適用されることや、主務省令で定めることで、個別の法令を改正しなくて済むという仕組みは、デジタル手続法と同様のものとなっています。

 なお、この法律で対象となるのは、国に納める納付金ですので、交通反則金、パスポートや車検の手数料などが、対象となります。地方自治体の納付金については、地方自治法で関係の規定が置かれています。

公金受取口座登録法(2021年)

 行政キャッシュレス化法は、国への納付金についてのキャッシュレス化を可能とするものでしたが、国民が国からの給付金等を受け取る場面でのキャッシュレスを可能にするものとして、公金受取口座登録法が2021年に制定されています。正式名称は、「公的給付の支給等の迅速かつ確実な実施のための預貯金口座の登録等に関する法律」です。

 マイナポータル等から預貯金口座の登録ができるようにし、緊急時の給付金や児童手当などの公金給付に、登録した口座の利用を可能とするものとなっています。

 なお、本人の同意を前提に、預貯金口座とマイナンバーの紐付け等を行い、相続時や災害時に、預貯金口座の所在を国民が確認できる仕組みを創設する「預貯金者の意思に基づく個人番号の利用による預貯金口座の管理等に関する法律」(預貯金口座管理法)も2021年に制定されています。

 最近の動きとして、公金受取口座の登録促進とマイナンバーの利用拡大のため、政府が、自治体などが保有する住民の預貯金口座番号などを、マイナンバーにひもづく公金受取口座として登録する新たな仕組みを導入する方向で調整している、との報道がなされています。これは、昨年12月に、デジタル庁の「マイナンバー制度及び国と地方のデジタル基盤抜本改善ワーキンググループ(第7回)」で議論されていた内容で、現在開会中の通常国会での法案提出が検討されています。

第7回マイナンバーWG資料1P12

 手続のデジタル化等を定める法律については、以上としたいと思います。
 次回は、行政機関のシステム整備に関する主な法律の内容やポイントを見ていけたらと思います。