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第七話 侵入者との戦い

ヴラド・ドラクルはアリアが後部座席のドアを開けても、じっと荒れ果てた遠方の森々に目を向けていた。木々はまるで人間を恐れさすように乱れていて、その枝は巨大な手のようにも見えた。しかし、男が一心に見つめていたのは、目の届く場所では無かった。1700年の時という常軌を逸する時を超えてきた男にとって何もかもが新鮮であったが、人間の血を吸わなくなっていた頃なら気づけなかったであろう彼の超感覚的な第六感は、完全に復活していた。多くの事をまだ知らない男ではあったが、1つだけ絶対的に忘れないものがあった。それは彼の肌がざわつくようなものだった。強者のみが放つ独特な殺気だ。ヴラドは明らかにこちらに向かってくる統率のとれた精鋭部隊の気配を感じ取っていた。一定間隔でお互いを補佐するように徐々に距離を詰めてきていた。そして何よりも自然が作り出す匂いでは無い、人工的な初めて嗅ぐものだった。

アリアはヴラドが放つ殺意ある眼力の方角に目を向けた。彼女は三人の腹心の中では一番弱くはあったが、それを補う十分な能力を有していた。彼女の能力は一定の範囲にコウモリたちを木々に止まらせて共鳴し合わせる事によって、その領域にいる者の種族や人数などを把握できるものだった。夜のほうが昼よりも遥かにその力を活かせたが、今は昼間であった為とヴラドへの配慮を優先していた事により未だに気づけずにいた。

「アリスの棺は再び隠したのか?」主の問いかけに「はい。イオンが最終確認をしています。仕掛けを知らない者に見つける事は不可能でしょう」
アリアは答えながらも主の視線の方向を探知していた。ヨハン・レイトンは用意した空域車両の運転席にいたが、二人が何かを感じ取っている事は、どんなに優れた剣よりも青く光る眼光から敵がいるのだろうと知り得ていたが、ヴラドは完全に銀色の髪になっており、起き掛けに首を掴まれた傷は治っていたが、人口血液を飲み終わり、あの時とは比べ物にならない程の漲《みなぎ》る圧倒的な強さを感じていた。その力の先端を味わったヨハンは自分が動くに値しないと感じて、話しかけることもせずに待っていた。

「閣下。屋敷への侵入経路は全て閉じました」イオン・ヴィゼアが報告をしてきた。彼は殺気だった空気を読み、簡潔にそれだけを口にした。階段を下りながらアリアの表情を一瞥したが、彼女の表情には殺意は込められていなかった。と言うよりも、彼女は明らかに集中していた。難しい顏をして、探知する時の表情のように見えた。「こんな匂いは嗅いだことが無い」その言葉でアリアの表情は一変した。気配ならまだしも、匂いまでも彼には届いているのだと思うと、改めて別格だと思うしかなかった。

「お前たちはここにいろ。どれ程のものか確かめて来る」彼は一言だけ発すると、黒いローブの中に名匠が鍛えた剣を包み込み、そのまま上空へと頭部から下半身へとコウモリに変化しながら姿を消していった。パッと見ただけではただの蝙蝠《こうもり》の群れにしか見えなかった。

「こちらアルファ。ベータ先行隊、状況を報告せよ」全身が黒く、視界の部分だけ赤い熱源探知や通信機を有した耐久性も高い伸縮性もあるスーツに身を包んだ男たちの一人は、自分たちよりも前に進んでいる部隊に連絡を入れた。
「こちらベータ、古城近くからコウモリの群れがこちらに向かって飛び立ちました」木に身を寄せて枝の陰に入りながら報告した。
「やはりこの辺りはヴァンパイアの占有地のようだな」アルファ部隊の総隊長は警戒態勢を取った。「飛び立ったのはコウモリの群れだけか?」
ブレムは部下たちに隠れるように合図を出した。
「こちらアルファ。レジスト応答せよ」
ブレム・シュガーの声だけが静まり返った森に小さく響いた。「チャールズ部隊長のエックス、ベータと合流して何があったか報告せよ」ブレムは静かに返答を待った。
「こちらエックス。隊長、ベータ部隊は全滅していました。すぐに撤退しましょう。私が僅かな時間離れた間に、部下も全てやられていました」
エックスは興奮のせいか恐れのせいか息が荒々しくなっていた。
「分かった。撤退要請を直ぐに出す。お前もすぐに退け。合流地点はXY2311にする」しかし、エックスからの応答は無かった。
ブレムは返事の無いエックスは既に殺されたと即断して、先に部下たちに撤退命令を下した。一体何者がいると言うのだ? ブレム・シュガーはブランカ王国の最強部隊として王国の領土をウェアウルフやヴァンパイアから取り戻していた。今や英雄とも呼ばれるほどにまで、国民の声は高まっていた。

しかし、ブランカ王国の元領土と言っても近隣の地方は取り戻してきたが、この森は古より人間が入る事は禁じると言う人間が書き残したものまであった。その書には「人間は愚か故、奴等の本当の恐ろしさを忘れている」とまで書かれていた。そして今まさに、ブレムはその書の意味を身を以て知ったが、手遅れだと感じていた。彼は自分の部隊を壊滅させた敵に対して、簡単に引き下がるほど冷たい男では無かった。熱い魂を燃やしながら敵が来るのを待っていた。

上空から無数のコウモリの群れが現れたかと思うと、一人の男がコウモリの群れの中に立っていた。銀色の髪を靡かせながら、顔立ちは男とも女とも分からないほど美麗であった。その男が放つ眼光と一線で繋がった時、あまりの魅力に屈してしまいそうになった。
「貴様は我に屈しないようだな」銀髪の男がそう言うと、ベータ部隊の隊長レジストとチャールズ部隊のエックスが青い目をして現れた。
「仲間同士で争わせるような趣味は無い。お前たち人間の強さも分かったしな。こいつ等は我が城を守らせる。逃げたいなら逃げろ」
ヴラド・ドラクルはアリスの事もあってか落ち着いた声でそう言った。
「無理を承知で頼みたい。部下たちを返して欲しい。私が生きている限りは二度とこの地には誰も入らせないと約束する」ヴラドは男に目を向けた。「お前の強さ次第では返してやろう。本気でかかって来い、勇気ある人間よ」

ブレムは短期決戦を選んだ。一気にバトルスーツのリミッターを外して左右の銃を抜くとオートモードに切り替えてターゲットを銀髪の男に照準を合わせると左右の銃を上空に投げて、ヴラドが空を見上げた一瞬に、ヴラドの間合いに入ってきた。その手にはナイフが持たれていた。空中で回転する銃はヴラドに照準が当たると空中で固定され、自動モードでヴラドを狙い撃ち続けた。銃弾が何発当たろうともヴラドは微動だにせず立っていた。命中すればコウモリが一匹落ちるだけであって、男にダメージは一切見られなかった。ブレムは素早くナイフで十字に斬りつけた。確かな手ごたえはあったが、蝙蝠が落ちるだけで表情一つ変える事は無かった。短期決戦狙いで最後まで諦めず斬りつけたが、バトルスーツのリミッターを外した意味は全く無い状況のまま、息が徐々に上がり、遂にはナイフを近くの木にもたれかかった。

「もう限界だ。すきにしてくれ」ヴラドはレジストとエックスに視線を送って正気に戻した。何が起きていたのか分からない様子を見せていた。
「どういうことだ?」ブレムは木にもたれたまま口を開いた。
「お前の強さは恐らくは本物なのであろう。愉しませてもらった礼だ。だが、約束は守ってもらうぞ。人間一人でも森に近づけば、貴様の国は滅ぼす。分かったな?」ブレムはしっかりと目を見て頷いた。レジストとエックスはブレムを守ろうとしてブラドの死角から攻撃しようとしようと近づいたが、男が指を鳴らすと二人の頭は吹き飛んだ。両人の血が舞い上がり、暗い森に黒い血が吹き上がり、数秒して二人とも倒れた。
「私は温厚なほうだ。我が領土の近くにいて助かったと思え。他の奴等は容赦なく女を犯し、血を吸いまくって殺す。我が穢れた一族たちは好き放題にするが私は違う。私を怒らせないように努めよ」ヴラドはそう言うと再び無数のコウモリに姿を変えて帰っていった。



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