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【超短編小説】 3つの洋服屋

ある日、僕は隣接する3つの洋服屋に行った。

最初に入ったお店は、定規人間のお店だった。

定規人間は、僕がお店に入るとすぐにメジャーを持って現れたかと思うと「私があなたのサイズを測りましょう」と言った。

定規人間は僕の体のサイズを隈なく測り終えると

「あなたにはこの服がピッタリですよ」と頼んでもいないのにお勧めをしてくる。

「私が保証します。この服は絶対にあなたにお似合いです」と勝手なことを言ったりもする。

定規人間は僕がその服を試着すると、にっこりと微笑んで「ほら、やっぱりあなたにふさわしい」と言い、僕の思いを優先してくれなかった。

次に入ったお店は、丸人間のお店だった。

お店に入ると【どの服でもお選びください。服はあなただけの物】という貼り紙が貼られ、丸人間が出迎えてくれた。

丸人間は「あなたが着たい服なら何でもOKです」と言う。

僕がどの服を選ぼうが「その服、良いですね」と言ったり、「その服も素敵ですね」と言ったりしてなんでも肯定する。

僕が選びさえすれば、お店にあるどの服であっても似合っていると言うのではないかと思ってしまうほどである。

丸人間に服を評価されるのは嬉しかったが、どの服を着ても肯定され過ぎるのも困りものだった。

最後に入った店は、雲人間のお店だった。

お店に入ると、雲人間は「いらっしゃいませ」と言って、レジ横の椅子に腰かけていた。

僕が雲人間に話しかけても、どこかふわふわとしている。

それに僕が服を選んでいる時も雲人間は何も喋らないし、どこか違うところを見ているのではないかと思ってしまう。

雲人間に「これ、値段いくらですか?」と尋ねると「1500円になりますね」と言ったきり返事がない。

でも、なぜか分からないけど、雲人間の存在感はそこにあって何となく安心ができた。

「この服にします」

僕は雲人間に服を渡すと、レジで会計を済ませた。

お店を出ようとすると、後ろから「毎度あり」という雲人間の声が聞こえた。

「また、行ってみようかな」

僕は、3つの洋服屋の中で雲人間のお店が少し気に入った。(完)