【超短編小説】ある「私」の話
書棚から一冊の本が落ちてきた。
ページがめくれ、その本に手を伸ばした瞬間、ふとした言葉が何気なく目に留まる。
大した言葉ではなかったが、なぜか今の自分の状況を表したような新鮮さが感じられたのだ。
幾度となく読み返してきた文章にもかかわらずである。
時の流れか、私を取り巻く環境の変化によるものか、はたまた違う要素が混在しているのか、定かではない。
上手く言えないが、私は突如として現れた、この感覚に驚きを隠せずにいた。
唯一理解できることは、黒いインクではっきりと記された文字が私の存在を証明するかのようにそこに刻まれていることである。
「お前だけだ、私を分かってくれたのは」
いつの間にか、独り言のように呟いていた。
「なんで気づかなかったんだろうな」
私は本を拾うと、時計の針がどれだけ回っても、
その文字をじっと見つめ続けた。(完)