盲目、シャットアウト、狂信


色々な情報をフラットに見たほうが
いいのかもしれないが
ほんとうにそうなんだろうか
ここはよく考えた考えたほうが
いい気がしてきた。
狂信的な新興宗教は
確かに危険だったりするが
もしそれで人生が豊かになっているなら
そのほうが幸福度は高い。

同じような構図なら
完全に技術革命で神の存在が
否定されているのにいまだに
キリスト教を信じている人のことは
おかしくないという判定になるんだろうか。

洗脳という言葉は怖いが
その世界観を作ることができる人は才能がある
自分の達成したい目標に関して
盲目になり
いらない情報をシャットアウトして
狂信的に追い求めたら
そっちの方が成果が出そうなもんだ。
フラットに見ている奴に
なんか何も生み出せはしないだろう。

会社にも理念があり
実現したい世界があり
そのための行動指針がある。
その実現こそが
自分の幸福だと妄信的に信じた社員が
多くいたら
そんな強い会社にないだろう
戦略がちゃんとしていれば
コミットメントが高く
売り上げも出す会社だ。

宗教も自分たちが見たい世界
現実をどう作るかをよく考えていた。
現実は今のほうが作りやすい時代だ。

本当に怖いのは他人の目とか
常識とかのほうである
何倍も恐ろしいし
人間の機能は向上しない。
見方を変えることである。
普通の人が信じることは
コンフォートゾーンがそこにあるということだ
つまりそこには変革がないということになる。

自分が見たい世界が
実現できるものだけを選べ、他はノイズだ
盲目になり
情報をシャットダウンし
狂信的につっぱしれ

普通に生きたいならそれでいいが
それの何がおもしろいの?

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