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陸電は「進級」か?

 船のようなゆっくりした揺れだった。それが1分近くも続いた。掃き出しの戸を開けて逃げる態勢をとった。
 年始の夕方というタイミングでの能登の大地震だった。揺れから「震源は近いか?」とも思ったが、直線にして約300km。3・11東日本と似た距離であった。
 もうすでに1週間以上経ったというのに、被災地への支援は十分とは言えない心細さで、現地の被災者にとっては非常に厳しいレベルに留まっているように見える。一刻も早く必要な援助の手を届けてほしい。猶予はもうない。

気になる志賀原発

 被災者の厳しい状況があるため、あまり大きな話題にはなっていないようだが、気になるのは原発である。
 能登半島の西岸に面した志賀(しか)町に北陸電力の志賀原発がある。1993年に運転開始の1号機(54万kw)と2006年運転開始の2号機(135.8万kw)。
 3・11(2011)で両機とも運転停止となり、新基準への対応が求められ稼働できないまま来たが、2014年に再稼働のための審査を申請したところ、2号機の直下に活断層の存在が疑われ(事実なら「規制規準」で建設不可)、その見極めなどから審査は長期化、昨年3月ようやく「活断層ではない」とする北陸電力の主張が、原子力規制委員会でおおむね了承、再稼働に一歩近づいたと言われている。*1 

 しかし今回の大地震と津波に関連して気になることがいくつか浮かんできた。
 北陸電力からの状況についてのアナウンスである。

燃料プールポンプと変圧器

 使用済み燃料プールのポンプが一時停止して、プールの水を冷やすことができない状態になったが、30〜40分で復旧したので安全上問題なかったというアナウンスが1日18時30分からの臨時説明会で明らかにされた。だが、なぜポンプが停止してしまったかについては説明がされていない。
 同じく1日、北陸電力は「変圧器で火災が発生」と報告し、林官房長官がそう記者会見で述べたのだったが、翌2日に、北陸電力は「油漏れと変圧器の一部破損を作業員が火災の発生と誤認した」と訂正した。「政府が騙される」という失態を招いたのだった。スプリンクラー作動が誤認につながったというから、実は一部で短時間火災が発生していたのかもしれない。変圧器は、外部から引き込んだ高圧の電気を、原発の冷却等で使うよう適正に変換する非常に大切な機器なのだから、変圧器に事故があったというのは「重大事象」のはずである。「変圧器に火災発生」を述べた林長官が「異常なし」と言い切ったのには違和感が残った。
 翌2日には、1号機・2号機の変圧器からの油漏えい量が報告された。それぞれ約3600リットルと約3500リットルいうことだった*2 。  つまり2機合計約7100リットル。
 ところが、5日には、2号機からの油漏れが実は約1万9800リットルに上ったと明らかにし、翌6日には、漏れた油の一部は海に流れ出しているようだと述べた。
 漏れた油の量が5倍にも増え、敷地外に漏れていたことも5日間把握できていなかったということのようだ。10日の発表では、漏れた油のドラム缶への回収量(消火用水・雨水を加えた量)は、4200リットル(3日発表の、2日16時47分までに回収した量と同量*2 )というから、大半は流れ出たことになる。——「異常なし」という報告は「実に立派なものだ」と目を見はった。

激しい揺れについて

 同じく1日、政府は志賀原発の「モニタリングポストでは放射能漏れは観測されていない」と発表していたが、4日になって、原発の北15キロ以上離れたところにあるモニタリングポスト18ヶ所でデータが確認できていない、との発表があった。データが取れていないポストがあることは、1日時点で明らかだったはず。それを隠した責任は軽いとは言えない。
 地震の揺れについて、1日北陸電力は、「志賀原発1号機原子炉建屋地下2階震度5強(399.3ガル)が観測されました」としていた。
 しかし、10日の報道によれば、「原子力規制庁の報告によると、停止中の志賀原発1、2号機では、揺れに関する想定を一部でわずかに上回っていた。ただ、使用済み燃料の冷却に必要な電源などは確保され、安全上の問題はない」という。
 数字としては、基礎部分での揺れのうち東西方向の0.47秒の周期で、1号機は 918ガルの想定に対し 957ガル、2号機は 846ガルの想定に対し 871ガルだったそうだ。
 原子力規制委員会としては、「原発の安全上、重要な機器や設備が揺れやすい周期ではない」ということで、「安全性への影響はないとみられる」との見解*3  のようだが、再稼働に向けては、あらためて詳細な安全点検が必要ということだろう。
 今回の能登半島地震の最大加速度は、原発のある石川県志賀町の観測点で、東日本大震災に匹敵する2828ガルだったことがわかっている。その他でも、1000ガル以上も計7地点で確認されている。
 つまり、まだあるに違いない余震を考えれば、原発へのダメージが無視できる範囲に収まるとは考えない方が良いはず。既にどこかで支障が起きている可能性も完全には否定はできないということだろう。
 10日の時点で、北陸電力の1日の揺れの「過小」発表についてコメントを避け、「安全性への影響はないとみられる」という見解を出すというのは、科学的とも常識的とも言えず、むしろ政治的な配慮によるもののように思える。

津波

 津波の高さについても、北陸電力の発表は腑に落ちない。
 2日に、北陸電力は、原発取水口の「水位計に有意な変動は確認されなかった」と説明していたが、その後、水位の上昇が観測されたと訂正し分析を進めていたのだそうだ。
 実は、1日午後6時ごろまでの約15分間に、水槽内の計器で約3メートルの水位上昇を確認していたのに、「有意な変動は確認されなかった」と発表していたようなのである。
 住民からは「津波の情報はすぐに知らせてほしい」と要望が出されているが、当然であろう。ウソを発表したりすると、住民からの信頼は得られなくなってしまうだろう。

陸電への通信簿は?

 以上のように、現時点で既に、数項目(プールの冷却ポンプ・変圧器の火災確認・変圧器から漏れた油の量と行方・モニタリングポスト・地震動の大きさ・津波高さ)にわたって、北陸電力は、当初正確な情報を流すことができていなかったことが分かっている。

 覚えている方もいらっしゃるだろうが、実は、北陸電力は志賀原発で過去に重大な過ちを犯している。
 1999年6月、定期検査のため停止しているはずの1号機が急に臨界状態になったのだった。しかも北陸電力は、8年後の2007年3月になるまでその臨界事故が起きていた事実を隠し続けていた。
 「定期検査中に、制御棒の急速挿入試験をするための準備中に弁の操作順序をまちがえたことがきっかけで、3本の制御棒が引き抜かれた」――そう北陸電力は説明したが、炉心に深く挿入すれば中性子が棒に吸収されて炉内の核分裂反応が抑えられて出力が下がり、逆に、外へ引き抜けば分裂反応が促されて原子炉の出力は上がる仕組みの原発、車で言うならアクセル&ブレーキの役割をする安全上大変大事な棒を抜いたままにしてしまう(車ならアクセルを踏み込みっぱなし状態にしてしまう)ミス、それが15分間継続した。――「絶対にあってはならない」はずの事故だった。幸い大禍に至らぬまま済んだことをいいことに、北陸電力はそれを8年間も秘密にしていたのである。
 報告義務のある事故を隠していたのだから背信行為である。そういう「負の経歴」が北陸電力にはある。

 北陸電力は、今回の大地震への対応で、そういう過去の重大な汚点を挽回しようと頑張ったはずである。
 その努力は報われて「及第点」を取ることができただろうか? 「信頼できる原発運転者」と認定されたのだろうか?

 昨年3月の報道のように、今も「進級(再稼働)」はやはり確実な情勢なのだろうか?

*1 NHK NewsWeb 2023年3月3日記事《北陸電力志賀原発の敷地断層「活断層でない」規制委審査で了承》
*2 北陸電力 News Release 1月3日 第4報 「これまでお知らせした点検内容」より。
 冒頭の志賀原発のイメージ図もここから引用。
*3 1月10日付朝日新聞及びNHKNewsWeb

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