人生という哲学「人文学」
人生とは何なのか?これを考える上で生と死について述べなければならない。
ふと疑問に思った楽をして生きることが人間にとって良いのか悪いのか?楽して生きることにあまり肯定的ではない日本人はなぜ楽をして生きることに抵抗があるのか。
人類はこれまで進化を繰り返し今に至るのだが原始時代から現代まで人類の進化に欠かせない物それは“楽”であると考える。ホモサピエンスが狩りの時に槍を使うのも人間が車を生み出したのもすべて“楽”をするため。人類が進化をする理由は今の生活よりも便利でありたいそう考えるからである。ここで言う便利というのが楽をして生きていきたいということになる。今よりも生きやすく便利になるには人間が楽だと思えること。楽だと思えるのならそれは人間にとっての進化だと考える。この考えが正解なら人間にとって楽をすることは本能なのではないだろうか、誰しも楽をして生きたいと考えたことがあると思うのだが人間にとってそれが本能だとすれば“楽をして生きたい”と思うことは肯定されるべきだと思う。人間が楽をして生きたいと思うということは進化しようとしている象徴なのだ。
ここからは少し未来の話になるが現代ではAIが発達して、できるだけ人間の力を使わずに生活できるようになってきている。人間が今よりも良い生活にするために試行錯誤してAIという人ではないものを作り出すことに成功して人類は大きな進化を遂げようとしている。このようにAIの発達も人間が楽をして生きれるように生まれたと考えると増々人間の進化には“楽”というのが鍵だということがわかるだろう。
ここまで来て“楽をして生きる”ことに否定的になる必要がなくなったと思う。現代を生きる全ての人に楽をすることは悪いことでないむしろ良いことだとそう伝えたい、楽を求めるのは人間の本能であり、今までの人類の進化は楽を求めて生まれている。
ちょっと待てとそんな風に思う人が一定数いるだろうと思い実際に聞いて、来た質問に答えようと思います。
Q.実際に進化には“楽”は欠かせないだろうが決して“楽をして生きる”にはならないとおもうのですが。
A.そう思う人は沢山いるような気がします。実際これは進化には楽が必要だけどそれはただの手段であってそれを主軸にするのは間違っているのではという考えですね。
そうなのかもしれない。ただ楽をしたいと思うのは人間の本能であるとすれば本能のままに生きたって良い、本能に従い過ぎると危険な場合がありますがこれは違う。その証明に人類の進化があると思うので楽をして生きても心配ないと思います。
<まとめ>
楽をして本能のままで生きていたら努力で手に入れた幸せや成功は何なのか。努力して手に入る成功や幸せは所詮誰かが決めた基準であり、幸せはこうだとか成功はこうだとかそんな固定概念なんてないのに皆はその固定概念に踊らされてるだけ、本当の幸せや成功は自分自身で決めた概念の中にある。それが真意であり自己満こそが真の幸せであり成功である。
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