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「深呼吸と骨休めと印象と」

夢で殺したお前は笑ってた。罰を与えるようにこの身を撃ち抜く豪雨に僕は気づきもしなかった。目の前で生を失ったお前が僕の想像したお前じゃない事に腹が立ってそれどころではなかった。

僕はただ毎日をなんとなく過ごしてきた。なんなら死にたいなんてよく考えてたくらいだ。学校は僕を悩ませる場所でしかない。友達なんて居ないし作ろうとも思わなかった。人と関わるのが嫌いだったから。これに不満はなかった。だが、ある日いじめという行為で僕への関わりを持とうとした馬鹿がいた。いじめが辛いなんて思ったことは無い。僕に関わろうとする方がよっぽど腹立たしかった。しかし臆病な僕にやり返す勇気なんてないしひたすら無を提示した。帰っても家にいるのは仮面夫婦の父親と母親で、家さえ憂鬱だった。

そんな僕にも光が差した。それは転校してきた少女、美紅(みく)の存在だった。彼女はこんな僕が言っていいことでもないが天真爛漫な漫画のような少女とは言えなく、どちらかと言うと僕側の人間だった。そんな彼女は一つだけ僕と違うところがあった。よく喋るのだ。こちら側の人間でそんなやつ僕にとっては珍しかった。
「なにしてんの?なまえは?家どの辺?部活は?」なんだこの質問攻めしてくるエジソンのような女は…僕は固まった。ゆっくりとその質問を思い出しながら一つ一つ答えた。「名前は星亜(せあ)。家はここの裏。部活はしてない。」そう言うと彼女は「私は美紅。私もこの裏。帰宅部。」僕から目を離すことなくそう話した。
「そうなんだ。」僕がつぶやくように言うと「もう友達でいい?今日一緒に帰ろうよ」と軽く問いかけてくる。圧倒された僕はただ頷づいた。僕らが打ち解けるまでそう時間はかからなかった。

ある日の放課後、土砂降りの雨が僕らを襲った。2人で息を切らしながら走っていつもの廃墟に向かった。「あっつ。。汗かいたし濡れたし最悪…雨とか聞いてないんだけど笑」そう言って雨で濡れ、透けたスクールシャツの胸元のボタンを外し手で風を仰ぐ君を横目に僕は恋を覚えたのを隠すのに必死だった。これが年頃の性欲の所為なのかどうかは分からなかったがそれからというもの、僕の頭から君がいなくなることは無かった。夢でさえ君といた。どうしようもないこの感情に腹が立った。

そんな時、とうとう僕はいじめてきていた奴らの1人を椅子で頭を殴り停学になった。その時初めて快感を覚えた。「停学」。そりゃそうだ、あんなことしたんだから。でもこれで彼女に会う機会が減ってしまったと思うと自分を壊してしまいたい気持ちで溢れた。でもあの時の快感、あの時の感触、今でも脳と手にこびりついてる。もし、僕がいじめていた馬鹿じゃなくて彼女を傷つけたならこの快感は壮大なものになるのでは…
そんな事を考えた自分に恐怖した。すると母親が「学校の子来てるわよ」とぶっきらぼうに僕に言った。見てみると美紅だった。嬉しさと先程までの想像で、表現の難しい気持ちに包まれながらも部屋に招いた。「やるじゃん、最高だったよ。スッキリしたー。」そう笑いながら言った。僕はあんな所を見られ嫌われるのを覚悟していたから呆然とした。そんな僕を気にも止めず美紅は話し続けた。
「私はあんな事出来ないから羨ましいよ。私も思いっきりやってやりたい。」そう笑いながら言って僕の飲みかけのペットボトルの紅茶を口にした。
「僕の事、嫌いになったかと思ってた」そう伝えると彼女は「そんな事ないよ笑 やり方はあれだけど、何もしなかった星亜よりよっぽどかっこよかった。私死ぬなら星亜に殺されたいなー。」そう笑う彼女を目の前にした僕は全身が熱くなり目も合わせられなかった。

学校が終わりいつもの廃墟へと向かった。今日もあの日と同様、雨が降っている。僕はこの日彼女に思いを告げようと決めていた。彼女が「あー疲れたー」と言いながら寝転んだ。僕は隣に座り、覚悟を決め「美紅、僕は君の事が好きになったんだ。君と過ごす時間が楽しいんだ。付き合ってくれないかな?」
照れながらもしっかり伝えた。彼女は顔を真っ赤にしながら、微笑んでいた。僕は内心、これはいけた!そう思いながら返事を待っていると
「ありがとう。とってもうれしいよ。星亜といると私も楽しい。でも、これは恋愛じゃなくて友達としてなの。だから付き合えない。でもこれからも友達だよ」
僕は呆気に取られながらも愛想笑いをし、彼女に僕の心情を悟られる前に「そっか笑 まあいいや笑」そう笑って言った。僕は絶対上手くやれたと思っていた。なんなら彼女も僕の事を思ってくれていると感じていた。それなのにこの有様だ。その日の夜、僕は枕を濡らした。

そして僕は夢を見た。夢の中の僕は、いつものあの廃墟で彼女に馬乗りになって首を締めながら何度も愛を伝えていた。彼女はとても幸せそうな笑顔で「もっと言って?もっと強く」そう言いながら彼女の灯火が消える寸前の所で目が覚めた。僕は驚きを隠せないまま、興奮と誘惑に負け自慰した。
今までに味わったことの無い快感であり、幸福感だった。僕はこの夢を実行したい欲に駆られ、明日実行しようと決めた。そんな事を考えていると父親が、「明日から旅行に行かないか」と言ってきた。冗談じゃない。家族とも言えないような存在なのに、こんな奴らと一緒に時間を過ごすなんて。
「僕は具合悪いから父さん達で行ってきなよ」そう言うと父は「そうか。2、3日で帰る。金は1万くらい置いてけば足りるだろ。」そう言い自室へと去った。普通の親なら子供の心配して旅行なんか辞めるだろうな…そんな事を思いながらも僕は明日彼女に会う事で頭がいっぱいだった。

とうとうこの日が来た。僕はいつもより時間がとても長く感じた。授業、休み時間、昼休憩と、なかなか訪れない放課後に腹を立てた。やっとの思いで迎えた放課後。彼女に話しかけいつもの廃棄に向かった。「私好きな人できたんだ。あの優しい真田君。」

僕はぽかんとした。同時に全身の筋肉が怒りだした。彼女の手を引っ張り木に囲まれた廃墟の外で彼女を押し倒し馬乗りになった。ぎゅっと首を締め上げる。愛を伝えた。「僕は誰よりも君のことを思っていて誰よりも君を喜ばせられる存在で誰よりも君が好きなんだ。それなのになんであんなやつを思ってるんだよ!」彼女は苦しそうに「離して気持ち悪い!死んじゃう!」それを聞いた僕の彼女の首にかけた手は僕の生きてきた人生の中で1番力がこもった。彼女の顔は筋肉がぶっ壊れるくらいに歪み、魚の捌いた時に出る赤黒くて汚い血ような色になっていき、やがて骨の軋む音がしてぐったりと動かなくなった。
「違うじゃないか。君はもっと綺麗だった。夢で殺したお前は笑ってたよ。今のお前はただの生ごみだ」

もし君と出会った時、いつも通り君を無視していればこんな結末にはならなかったかもしれない。父親が誘った旅行に行っていたら、学校をサボり骨休めをしていたら変わっていたんじゃないか、もし深呼吸していたらぐっと堪えられたのではないか、僕から見た印象だけでなく、君にとっての僕の印象の事まで考えていれば、どうなっていたんだろう。僕は自分が大好きだった美紅の変わり果てた姿よりもこんな決断をしてしまった自分に恐怖した。あの快感を求めて実行したのにそれを超える、いやむしろ微塵の快感すら味わえなかった。

「ごめんね美紅。僕間違ってたみたい。 僕は夢の中の美紅が好きだったんだ 。ここにいる君はクローンで夢の中の美紅がオリジナルだったんだね。愛してるよ。いや、君はそこまで好きじゃない。どちらかと言うと嫌いな類かもしれないな笑」そう呟いてもしも殺しきれなかった時のために用意したナイフで自分の首を掻っ切った。
「これで本当に美紅と2人で幸せになれるんだ」
そう言いながら僕は冷たくなった美紅のクローンの死体の上に倒れ込んだ。
なぜかとても生きている心地がした。

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