Non so più (何故)

※この記事はミュージカル ロミオ&ジュリエットのイタリア演出版「Romeo e Giulietta ama e cambia il mondo」のDVD全編和訳とその感想、公演の情報やセット・衣裳などについてまとめたマガジンの一部です。シーンごとに記事を分け、投稿が古い記事から順番になっています。
※イタリア語の歌詞、台詞は掲載しておりません。記事前半はシーンの日本語和訳、後半はシーンの感想、考察で構成しています。


Sorte avversa 

〔神父〕
ジョヴァンニ修道士!
よくマントヴァから戻った!
しかし誰に、ロメオへの手紙を届けさせたのだ?

〔修道士〕
まだここに。
使者を出して届けることも、
こちらへ戻すことも出来なかったのです。

〔神父〕
何という不運な!

〔修道士〕
誰も皆ペストを怖れて

〔神父〕
ただの手紙ではないのだぞ!

〔修道士〕
しかし私は

〔神父〕
3時間と経たぬうちにジュリエッタが目覚めてしまう!
事の次第がロメオに伝わっていないとすれば、
さぞかし私を呪うだろう。
可哀想な娘よ。死人の墓場に閉じ込められて!

♪Non so più (何故)

〔神父〕
分からない
分からない
私がまだ 神を信じているのかも
もう分からなくなりました
まだ道を外れていないでしょうか
我が主よ
私は自らをも見失っています

あなたのため 全てを捨てました
この心を捧げてきました
あなたのため 肉体を諦めました
そして自分を地獄へ落とした

信じてきました あなたの眼を
しかし あなたは私の眼を閉じられた
私はもう あなたを信じられない
人々のことも 私自身さえもです
聖人たちや あなたについてゆける者
彼らはどんなに幸せか
私は多くの
何も分からぬ男の1人
そしてあなたを失った

我が主よ
私の神

私にはもう分からない
自分が誰であるのかさえ
人が愛し 落ちてゆくこと
分からない あなたはそれを望むのでしょうか
あなたのため 耐えてきました
あなたのため 与えてきました
私以外の 沢山の罪を許してきました

しかし ますます
罪は ますます
私の心に噛み付いて

この悲鳴が聞こえませんか 神よ
私のこの祈り
それを願うのは
1人の男 私もそうです
私も代償を支払います
私も あなたを失ったから

しかし私も思い出しました
私が神に背く前に
この道に私の心を
全て捧げてきたことを
調和と慎みが
あればそれで十分なのです
福音書のインクが
私の中で漂白されてゆく
人々の間の神よ
全てご覧になって ご存知でしょう
その男の声を聞いてください
自らを狂気へと引きずっている

今は もう分からない
イエスよ イエスよ
きっとあなたは あなたは望まないのでしょう
人が愛し 昇ること
きっとあなたは
あなたはそれを 望まないのでしょう

イエスよ
イエスよ
私は神を信じているのか もう分からない
私たちは皆迷子
そして私も 私もまた道に迷っています

〔乳母〕
罪は私たちの中に
それはただ 私たちの中にだけ
私は神を信じているのか もう分からない
私たちは皆迷子
そして私は 神様 私もまた道に迷っています

〔神父〕《乳母》
何故 何故(罪は私たちの中に)
(それはただ 私たちの中にだけ)
あなたは私の中に光を灯してはくださらない
私はもう決して跪かないでしょう
あなたの足元になど決して
決して

■シーンの感想と考察■

ロレンツォ神父がロメオへの手紙を託しマントヴァへ送ったジョヴァンニ修道士がヴェローナに戻っているところからシーンは始まります。
ここではいきなり「よく戻った」「しかしどうやって」と会話が始まるのですが、実はジョヴァンニ修道士は当時流行っていたペストの検閲のためマントヴァへ入れず、足止めをくらっていたのです。そこで手紙を他人に託そうにも、ヴェローナへ戻そうにもどうにもできなかった。と彼は弁解しているのですが、ここは「ロミオとジュリエット」の内容が一般教養として観客にも知れ渡っているのでしょうか。説明なしで進んでいきます。流れとしては原作の通りです。

そして♪Non so più (何故)のナンバーに入るのですが、ロミオとジュリエットの死後に歌うのが一般的なこのナンバー。神父の絶望が早い…。まだ助かる見込みはあるのに…。
2人の死の後に他のキャラクターのソロナンバーを挟まないことで死を印象つけるためや、手紙の届かなかった訳を説明するシーンと細切れにして何度も神父のシーンを作るよりまとめた方が構成がシンプルであるという理由などが想像できます。宗教色が大変強く「神と人々」の構図が繰り返し扱われる作品になっているため、このナンバーは重要なのでしょうが、主役2人の死後に入れるのは説明的で口説い。というのは大変理解できます。そこでこの位置になったのでしょう。
この嘆きの時間も、まるまる歌っている時間分あったとも言えず、あくまで神父の心情を表現したものなので「歌ってる暇あったら早く行け」とも言えないのですが…でも絶望するにはまだ早いですね。それも含めて「最後まで神を信じ切れなかった」という悲劇を招く要素になっているとも考えられます。

しかし神に対して当たりの強いイタリア版。神の沈黙に信仰心を見失うところまで描き、ここまで絶望と怒りを出しているのはかなり珍しいのではないでしょうか。
乳母のコーラスでは「罪はただ私たちの中に」とあり、我を失い自らを狂気へと引き摺る神父の様子が際立ちます。
そんな神父をじっと見つめる顔のないフードの者たち。これも凄い衣裳だな…。と思います。ライオンキングのパペットのような身体との融合性。これまでも出てきた衣裳だけに、まさかここで仕掛けがあるとは!となりますし、今まではボロを着た礼拝の信者たちか、ローブ姿の修道僧たちのように見えていたのが、人間の頭身を超えたことで一気に教会の柱にあしらわれた聖人像や故人の亡霊のように見えるのも印象的なトリックです。
ラストでは彼らの乗った部分のセリが神父をコの字に囲ってせり上がり、より一層高さを演出して全方位から神父をぐるりと見下ろしている構図になります。絶望し神に暴言を吐き、狂気に取り込まれる神父を沈黙しながら「見ている」神の視線を感じるようです。
装置、衣裳の効果的な使い方が本当に上手い…。




※注意事項(当note内共通)

・イタリア版ロミオ&ジュリエットのカンパニー、関係者の方々とは一切関係ありません。当noteの内容は1ファンによる訳であり、感想、スケッチですので公式の見解ではありません。

・私のイタリア語は超入門レベルです。1年半かけてなんとか訳しましたが、拙いものだと思います。間違いもあるかと思いますのでその点ご注意ください。

・当noteに掲載されたイタリア版のミュージカルナンバーの日本語訳のテキストや衣裳イラスト、平面図、3D画像などは筆者による訳でありイラスト作品ですので無断転載はご遠慮ください。

・それぞれの記事は公開後も随時内容を追加、修正などしていきます。ご了承ください。(テキストもイラストも時々修正・加筆されてる可能性があるので思い出したらまた見に来てくださると嬉しいです)

・記事中ではカンパニースタッフ、キャストの皆様のお名前を、イタリア語表記・カタカナ表記に関わらず敬称を略させていただいています。ご了承ください。

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