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アスリートの復活劇:スランプ脱出の真実は複雑である

一流アスリートがスランプに陥り、その後に見事な復活を遂げるストーリーは我々を魅了します。
こういったケースにおいて、メディアは復活のキーとなる「特定の1つの要因」を強調することが多いです。
また、復活を遂げたアスリートも「〇〇トレーニングを取り入れた」など、ある特定のアプローチの効果を自ら積極的に発信することがあります。
そのアプローチが目新しかったりすると、一時的に多大な注目が集まります。

ただ、競技スポーツの世界では、様々な要因がパフォーマンスに影響しますので、実態を捉えられているのかというと、個人的にはクエスチョンマークです。


2020年のある論文では、ノルウェー代表の女子クロスカントリースキーヤー(現在は引退)がスランプ(アンダーパフォーマンス)に陥った際にどのような取り組みをして再びハイパフォーマンスを発揮するに至ったのか報告されています。
対象となったアスリートは五輪金メダル8個、世界選手権優勝18回、ワールドカップ114勝といった成績を持ち、競技スポーツの世界で最も成功を収めた1人です。

きちんと記録されたトレーニングデータを分析した結果、この選手がスランプから脱出する過程で、高強度トレーニングを減少させ、中強度および低強度トレーニングを増やしたことが明らかになりました。
また、持久系トレーニングの負荷はスランプ時と同じだったものの、ストレングストレーニングの時間を増やした上、新たにスキー特有の筋力エクササイズを取り入れていました。

さらに、トレーニング以外の取り組みとして、

  • 選手の自律性を高める取り組み(トレーニング計画と調整の自由を与えること)

  • トレーニング以外のストレスの軽減

  • 専門的テストの頻繁な実施(乳酸プロフィールテストなど)

  • メンタルトレーニングの開始

  • 栄養(食事)の最適化

  • 持病に関する治療の最適化

なども行っていました。

この研究はケーススタディのため、各要因が実際にどれだけスランプ脱出に貢献したのかは不明です。
ただ、アスリートの復活が特定の1つの要因によるものではないことは明らかです。

スポーツパフォーマンス向上やスランプからの復活には、身体的、技術的、心理的側面を含むホリスティック(全体論的な)アプローチが必要です。
特定の要因が強調されて発信される行為自体は理解できますが、競技スポーツに関わる人たちは、真実は複雑であることを常に心に留めて取り組む必要があります。

引用文献
Solli, G. S., Tønnessen, E., & Sandbakk, Ø. (2020). The Multidisciplinary Process Leading to Return From Underperformance and Sustainable Success in the World's Best Cross-Country Skier. International journal of sports physiology and performance, 15(5), 663–670. https://doi.org/10.1123/ijspp.2019-0608

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