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0326:戦争と行政

 米軍撤退によってアフガニスタンでタリバンが復権しそうだ、という話をSNSでちらほら見掛けるようになったのは、数週間くらい前からだろうか。次第に「年内にタリバン政権が樹立するかも」「秋には」「夏の間は保たない」「二週間で」「数日で」と情報はどんどん短くなり、ついにカーブルが陥落。政府軍の抵抗がほとんどなく、本当に早い展開だった。

 私の世代にとっては、アフガニスタンといえばソ連の電撃的侵攻とそこから10年以上続いた激しい紛争の印象が強い。ソ連侵攻が1979年、私は中学生で、世界の非難がソ連に集中した。それはもちろん、日本で暮らす少年として日本の主要メディアの報道のみに接しての印象ではあるのだけれど。「ソ連にとってのベトナム戦争」と呼ばれる損耗の末、1988年にソ連軍撤退に関するジュネーブ協定が発効、同年には人気映画だったスタローンのランボーシリーズ三作目『ランボー 怒りのアフガン』が公開された。以来、アフガニスタンは大国ソ連に負けなかった国、というイメージが残った。

 今回のタリバン復権は世界史に残る出来事だろう。ただ、今後の世界史がどのように展開するのか、現在を生きる私たちに未来を見通すことはできない。女子教育弾圧、偶像崇拝否定に基づく世界遺産の破壊、公開むち打ち刑など、過去のタリバン政権時代に報道されていた状況が復活する可能性はある。

 教育、文化、刑罰。これらを担うのは行政組織だ。政権の交代があったとしても、新政権の指示に従う限りにおいて、行政運営のノウハウを持つ公務員に役割を引き続き担わせることが間違いなく効率が良い。この20年というもの、旧タリバン政権-アメリカ侵攻後のアフガニスタン政権-アメリカ撤退後のタリバン政権と、都度に暴力による政権交代が繰り返されてきたけれど、行政の執行機関補助職員(=公務員)がどのくらい存続し、どのくらい入れ替わったのか、興味深いところだ。

 76年前、日本でも暴力による政権の刷新が起きた。敗戦だ。新しい憲法の下で国家と地方自治の体制は大きく変化した。しかし、戦争の前も最中も後も、行政機能は常に働いていた。それを支える公務員たちがいた、ということだ。

 日本の戦後処理は現在も続いている。厚生労働省が所管する援護事務と、総務省が所管する恩給事務だ。私も自治体職員の立場で担当したことがある。

 戦争は国家事業、それに直接従事した軍人とその遺族には、恩給、遺族年金、10年(今は5年)ごとの国債給付などが続けられている。戦争で大きな傷病を負った方が、その傷病を直接の原因として令和の現在に亡くなったなら、その方は「戦没者」であり、戦没時点での御遺族には所定の給付がある。これが「戦争行政」なのだ。戦争中であっても、戦争終結後百年近くが経っても、そこには相応の行政活動が生じている。

 公務員は良くも悪くも歯車だ。もちろん長年公務員として勤めてきた私にとってそれは「良くも」の側に重心がある物言いだ。ただし、「悪くも」の側から目を背けることもできない。

 象徴的なのはナチス・ドイツの親衛隊中佐だったルドルフ・アイヒマンだろう。能吏としてホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)の運用に携わり、敗戦後はアルゼンチンに逃亡したが15年後に逮捕される。裁判で彼はホロコーストを「遺憾に思う」という一方で「自分は命令に従っただけだ」と語り、「1人の死は悲劇だが、集団の死は統計上の数字に過ぎない」とも言ったとされる。まさに歯車としての公務員の立場を示している。裁判を傍聴したハンナ・アーレントは『エルサレムのアイヒマン 悪の陳腐さについての報告』でこれを「凡庸な悪」と呼んだ。彼は社会の歯車として淡々と職務をこなした凡人であり、同時にその行為は、大量虐殺という悪でもあったのだ。なお、アーレントのこうしたアイヒマン像については、今年日本語訳が出版されたベッティーナ・シュタングネト 『エルサレム〈以前〉のアイヒマン 大量殺戮者の平穏な生活』の中で異なる視点が示されているという。

 連載執筆中の小説『やくみん! お役所民族誌』では、中盤から終盤にかけて、こうした公務員の「凡庸な悪」がサブストーリーとして物語に大きなインパクトを与える。そこには、私自身が公務員生活の中で感じ考えてきた「凡庸な悪」の姿が投影される筈だ。

--------(以下noteの平常日記要素)

■【累積48h06m】本日の司法書士試験勉強ラーニングログ
実績123分。会社法終了、次から商業登記法……あ、その前に演習か。

■本日摂取したオタク成分(オタキングログ)
『迷宮ブラックカンパニー』第6話、『はめフラ』第7話、『さえない彼女の育て方』第3~4話、『探偵はもう、死んでいる』第7話、どれもあんまり観てなかった。

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