見出し画像

0250:(GaWatch書評編003)『ダーウィン事変』第2巻

『ダーウィン事変』第2巻
著:うめざわしゅん
発行:講談社(アフタヌーンコミックス)

(1)Kindle Unlimitedで知った「うめざわしゅん」作品

 はじめてうめざわしゅん作品を意識したのは、実はKindle Unlimitedだ。

 Kindle Unlimited(以下「Unlimited」という。)は月980円でkindle書籍が読み放題のサブスクリプションだ。「全てのkindle書籍が読めるわけではない」「一度に登録できるのは十冊まで(あとは入れ替え制)」という制限さえ受け入れられれば、書店での立ち読みや喫茶店で雑誌をめくるよりも遥かに大量の雑誌・書籍をいくらでも読める、本好きには堪らないサービスだ。私の場合、欲しいkindle書籍は購入し、一度読めばいいやというものは読み放題で読むという使い分けをしている。自分では買わない各種雑誌が気軽に読める、特に1,210円の『ビデオサロン』は(2ヶ月遅れだが)読むだけで元が取れてしまうわけだ。

 そんなUnlimitedのお勧めラインナップの中に、いつの頃からかうめざわしゅんの諸作品が登場するようになった。私の読書傾向から出てきたのかも知れない。最初に手に取ったのは『えれほん』だった。150年前に書かれたダーク思想の小説『エレホン』のコミカライズかな、と思って読み始めたら。違った。完全なオリジナル、しかし社会思想とディストピアを描く硬質なその内容は非常に完成度が高く、こんな作家を自分はこれまで知らなかったのかと驚いた。次に『ピンキーは二度ベルを鳴らす』を読み、彼の実力は本物だと理解した。

 確認すると、彼の単行本の大半がUnlimitedに入っているか、もしくはkindleで紙版よりかなり廉価で販売されている。何故だ、これだけクオリティの高い作品が無料・廉価とは……。

 『ダーウィン事変』第1巻の内容の衝撃は次項に記すが、もうひとつ驚いたことがある。本作はUnlimitedには入っていない。けれども、第1話58頁丸ごとがクリエイティブコモンズライセンスにより公開され、改編せず著作権表示をすれば自由に拡散することができるのだ。

 ここに来て、ようやく理解した。うめざわしゅんの上質な作品群は、重量のある画質といささか難解な台詞回しによって第一印象のハードルが高く、手に取るのをためらう人が多いのではないか。その結果、出版不況の今、セールスとしてはこれまで必ずしも好調ではなかったかもしれない。しかし一読すれば、その確かな個性とエンターテインメント性そして思想を戦わせる知的興奮を支持し、次々と読み耽る人が出てくる筈だ(私もその一人だ)。まず世に知らせること。その手段がUnlimitedであり、クリエイティブコモンズなのだ。

 『ダーウィン事変』は、うめざわしゅんを本気で世に出そうとする作家×出版社のエポック戦略の一角なのではないか。そう思った。

(2)第1巻の振り返り──ヒューマンジーという存在

 本作の舞台は現実とは少し異なる(しかし現実をよく写し取った)アメリカ社会で、主人公はヒューマンジー、人間とチンパンジーの交雑種としてこの世に生を受けた個体だ。その名を「チャーリー」という。

 この社会では、アニマルウェルフェア(動物福祉)が先鋭化した思想が一部にある。動物の苦痛に鈍感な人間社会の在り方に警鐘を鳴らし、そして社会を変える為にテロに走るグループの存在が、物語の根底で不穏な動力を駆動する。

 第1巻では、高校に転入したチャーリーと学生たち、チャーリーを養育するビーガンの父母、チャーリーをリーダーに迎え入れようと動くテログループ、ヒューマンジーを嫌悪する保安官補、15年前にチャーリーを産み落とした後に知能が低下したとされるチンパンジー・ハンナ、そしてチャーリーの親友となった聡明な少女ルーシーが、それぞれの感情それぞれの思惑で行動する。

 その中で浮き彫りになるのは、チャーリーの独特の感性だ。人間が自明の前提としている「動物と人間は違う」という感覚を、彼は持たない。木から落ちそうになった猫と少女を共に救う。蜘蛛に囚われた蝶を救い「蜘蛛の食餌を邪魔してしまった」という。ビーガンをからかう同級生の「致死的病原菌を持つネズミが噛みつこうとしたら銃で撃ち殺すのか?」との詰問に、自分を護るためならネズミを撃ち殺す、それがたとえ人間である質問者であっても、と答え場を凍り付かせる。自分を「産んだだけ」のハンナに興味を示さない──。彼の感覚の中心には、生物種の間の区別はなく、ただ「個」がある。

 彼のこうした感性は、高校に代表される人間社会のそれよりもむしろ、テロリストのそれに近しいように見える。しかし彼はテロリストに与せず、人間社会の中で人間を観察しながら生きている。

 うーん、やっぱり凄い物語だ。ただひたすら続きが読みたいと思った。そして、2巻が発行された。

(3)第2巻の所感──現代アメリカ社会を映す惨劇

 ネタバレを控えるため簡単に展開を紹介すると、次のようになる。

①テログループは分裂したが、中核メンバーが雌伏して機会を窺っている。
②十年前のチャーリーのトラブルが明らかとなる。
③チャーリーの高校で銃乱射事件が起こる。

 私はアメリカ社会を詳しくは知らない、日本で報道される範囲で管見するくらいだ。しかしその範囲でいうならば、本作は現代アメリカ社会が抱える様々な問題を、ヒューマンジーという寓話的存在をキーとして、見事に物語化していると感じる。

 アメリカでは、胎児の中絶を巡り、女性の自己決定権を尊重する中絶許容思想と、保守的信仰に基づく中絶反対思想がせめぎ合っていると聞く。そして時折、中絶をする医師や医療施設を標的とした陰惨なテロが報道される。初めてその報道に接した時、一見生命の尊重と思える中絶反対思想が中絶を行う「敵」へのテロに結びつくことが、私には衝撃だった。しかし、現実にそれは起きたし、現在進行形で起きている。だから、私はアニマルウェルフェアに基づくテロが実在するのかどうかは知らないが、動物の権利擁護のためのテロリズムという本作の駆動機構は「あり得ること」だと、息を呑んで受けとめざるを得ない。

 そして、アメリカの高校で繰り返される銃の乱射事件は、これまでに幾度も世界を震撼させた。その度に銃規制の声が高まってもなお、規制は行われない。これがアメリカの現実だ。第2巻の後半丸々費やして、その惨劇が物語化される。その始まりのところで「そう来たか!」と唸った。伏線は1巻から既に張り巡らされていたのだ。先日『テロール教授の怪しい授業』の書評を書いたが、あの作品で解説されている「カルトやテロ組織に引き込んで後戻りできなくする洗脳手法」が、ここでも鮮やかに描かれていた。

 惨劇の最中、チャーリーの行動原理が明示される。これまでのチャーリーの様々な言動から、それはぼんやりとは窺えていたが、私の中で明確な像を結ばなかった。それが、この危急において、冷酷かつ聡明なテログループのリーダーの分析として語られる。ここでも「あっ」と思わされた。第1巻のあの場面この言葉、断片的な謎だったそれらが明確な一本の線で結ばれたのだ。そして、その行動原理があるからこそ、この惨劇は現実とは異なる結末を迎え、2巻の幕を閉じる。

 その場に居合わせた保安官補にどのような変化が生まれるのか。チャーリーに伸びる政治権力の手。うわーっ、続き早く読みてーっ!


(4)現時点での『ダーウィン事変』評

 こういう作品を読むと、マンガ好きで良かったなあ、とつくづく思う。

 うめざわしゅんの作風は思弁的だ。特に社会科学領域の造詣を窺わせる。第1巻でマムが弁護士という設定は読んでいて軽くスルーしていたが、第2巻前半で法学の実務(人間以外は法的に「人」ではなく「物」として扱われる)と哲学(動物に固有の法的権利を認めるべきか)と政治(動物の権利を確立するための行動過程)が大きくクローズアップされた。

 このように書くと「あれ、難しい話なのか、じゃあ読むの止めとこ」と思う人もいるかも知れない。まて、早まるな。その判断は君を素晴らしい読書体験から遠ざけてしまうぞ。

 こういう思弁的要素を含む物語は、下手をすると登場人物の会話だけでだらだら議論が続いて、興味のある人以外を退屈とさせてしましがちだ(個人的にはあるSF作家[故人]のいくつかの作品でその経験をした)。ここで物語表現者の力量が問われる。

 保証しよう。うめざわしゅんの力量は本物だ。これだけの硬質な思弁をこれだけ明確なキャラクター配置によりこれだけ豊かな物語として開花させるのだから。

(5)おわりに

 悪い意味ではなく、『ダーウィン事変』は他の幾人かの物語表現者の作品を想起させる。例えば押井守、例えば新井英樹、例えば三原順、例えば獣木野生(伸たまき)。もしこの中に、あなたの琴線に触れる名前があったなら、是非『ダーウィン事変』を読んで欲しい。なくても読んで欲しい。ともかく読んで欲しい。話はそれからだ。

(附)『ダーウィン事変』第1話(クリエイティブコモンズ)丸ごと掲載

 上に書いたように、『ダーウィン事変』第1話はクリエイティブコモンズライセンスにより公開され、拡散が推奨されている。以下、第1話を丸ごと掲載しよう。

ダーウィン_ページ_01

ダーウィン_ページ_02

ダーウィン_ページ_03

ダーウィン_ページ_04

ダーウィン_ページ_05

ダーウィン_ページ_06

ダーウィン_ページ_07

ダーウィン_ページ_08

ダーウィン_ページ_09

ダーウィン_ページ_10

ダーウィン_ページ_11

ダーウィン_ページ_12

ダーウィン_ページ_13

ダーウィン_ページ_14

ダーウィン_ページ_15

ダーウィン_ページ_16

ダーウィン_ページ_17

ダーウィン_ページ_18

ダーウィン_ページ_19

ダーウィン_ページ_20

ダーウィン_ページ_21

ダーウィン_ページ_22

ダーウィン_ページ_23

ダーウィン_ページ_24

ダーウィン_ページ_25

ダーウィン_ページ_26

ダーウィン_ページ_27

ダーウィン_ページ_28

ダーウィン_ページ_29

ダーウィン_ページ_30


■本日摂取したオタク成分

『東京リベンジャーズ』第8話、不良文化話が続くとちょっと飽きる面も正直あるな。『86』第8話、BGVで話が分からなかったがなんか過去譚で盛り上がってる。


この記事が参加している募集

#マンガ感想文

20,138件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?