石のなかの薔薇
垂幕を引き開け、壁龕に潜り込むと、革長靴の下で乾いた音がした。
足の裏に反発がきたのは音がしたときだけ。いまは何の動きも感じられないと、いう希望にすがりつつ、おそるおそる足をどかして下を見る。
窓のない通路から漏れこむ、燐なしの燐光を頼りに検分すると、黄金虫の死骸であった。石造りの床に屈み込んでみると、後にしてきたカドラル島でのみ見かける類だった。
『ほほーん、報告すべき発見だ。無事に帰れたらだけど』
胸に刻み込まれた黒猫がささやき、爪を食い込ませてくる。
『足元注意。希少な資料だったよ』
はいはい、わかりました。歯噛みして、改めて周りをさぐってみると、枯れ葉のように軽薄なくせに向こう側を全く見通せない垂幕が隠してくれるのは、くるぶしまでだった。
ふたたび、拱廊のほうから中身のない鎖帷子の音がやってくる。
ぞわっと鳥肌がたった瞬間、なにかが私の頭をなでた。
上を向いたが、誰もいない。振り仰いだ先は天井ではなく、四角い煙突のような竪穴だった。四辺が向かっていく先に、灰白色の四角形が見える。不本意ながら上に行くしかない。
火種の残る釜みたく温かい石壁に、両手両足を突っ張り体を持ち上げる。規則正しい拍子で上る。考えるより行動だ。
黄金虫を踏むと金を落とすが、銭しか持たないなら気にするな。母の言葉を思い出した。
『遭難して気が動転してるのかな?君の頭なんて、誰もなでなかった。風の悪戯さ』
いたずらということにしておこう。
竪穴を、もう背丈四つ分は登ったかというころ、上方に埃の玉のようなもの、それも壁をこするほどに特大のものが浮いているのが見えた。球体の中から、鈍色に輝く刃物が三振り、下向きに突き出している。玉は次第に大きくなる。
命綱なしで上る私に、処刑用具が下りてくるということだ。いたずらにしては度が過ぎる。【続く】
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